第3話
「だけど、俺は、今先ほどからモンスター狩りを始めようとしているような人間だぞ──そんな初心者に頼るのはギルドとしてどうなんだ?」
「それは承知しております。だからこそ、です。なんというか──そうですねぇ、そういうことなんですよ」
ギルドの職員が煮え切らない態度を取っている。俺には良く分からないのだが、どうやらノラには心当たりがあるようで、何か分かった風な顔をしているように見えるのは気にし過ぎだろうか……。
「……?」
俺は良く分からないままに、とりあえず話を聞くことにした。
ギルド職員が言うにはこうだ。
なんでも、近頃、モンスターの大量発生の報告が相次いでいる。このドルムント王国自体が辺境に位置する国ではあるため、こういったことは度々あるのだとか。その度に、国は人の居住地区へ押し寄せようとしているモンスターについては、騎士団を派遣して、その侵攻を食い止めている。
ここまでは、良く分かった。何せ、俺自身がその騎士団に所属していたのだから当たり前だ。
だが、ここから先の話は、俺にとって初めて耳にする話だった。
「それがですね、つい、この間、ここ数百年で一度も起きていなかったと言われることが起きたんです。ドルムント最果てに位置する村がね、壊滅させられたんですよ」
通常、より辺境の地域には砦と言われる国が管理する防衛用の施設が建設されている。村が壊滅するということは、その砦も落とされているということを意味していた。
「へぇ、それは初耳だなぁ」
隣で聞いていたノラも少し驚いた顔をしていた。それもそのはず、ここしばらく、モンスターはそれぞれの種族がそれぞれの種族のテリトリーを守って生活しており、もちろん、中には人間の住むところへ攻撃をしかけてくる場合もあるのだが、その多くは騎士団などを初めとしてある程度装備を整えた人間に勝つことはなかったからだ。
「ええ、そうなんです。私もギルド職員という仕事柄、過去モンスターがどのようなに生きてきていたのか、彼らの特性も文献を多く読んだうえで把握しているのです。過去、文明を持たない我々人類は、それらモンスターたちに集団で立ち向かう術を持たなかった。しかし、今は違う。この地、ドルムントにおいてもそれは同じ。モンスターたちが多く住む地を開墾するとなると、彼らの抵抗は非常に強くなりますが、我々のテリトリーを守る分には、我々人類が負けるということはここ数百年においてなかった……」
「それがなんでまた?」
騎士団に所属していた俺は、モンスターの性質なんてそんなに知らない。けれども、数百年の間に自然につくられた人類とモンスターのテリトリーというのは、不可侵に近いものになっており、多少の進退はあれど、砦を超えて村一つが潰れるということはなかった、はずだ。
「ここからは私個人の推察なんですけどね──あ、だれにも言わないで下さいよ?」
職員は、神妙そうな顔をする。自然と俺とノラの注目はより職員へと集まる。
「魔王──かな、と」
「魔王……?」
話には聞いた事がある。魔物の王、魔王。モンスターを統一する存在だ。しかし、そんなものは神話上の話とも言われている。そんな時、ノラがぽつりとつぶやく。
「──国は勇者を求めてる、でしょ」
その呟きにギルド職員は、急に神妙そうな表情を解き、元気に、そう! と相槌を打つ。
「よくわかりましたねぇ」
「まぁ、ね。冒険者して、長いから」
ノラが得意げな表情で職員に言ってのけるのは、何か裏でもあるのだろうか? 職員は、少し訝し気な顔をしているが、俺にとっては何がなんだか話が飲み込めない。
「とにかく、ですよ。そういうことなんです。勇者が欲しい。──あなたのような、強い、勇者になりうる存在が、ね」
そう言うギルド職員の目には間違いなく俺が映っていた。
俺に対して、勇者になれ、とこの職員は言っているのだ。
「でも、なんで、国が騎士団を派遣しないんだ? 俺は、騎士をやっていたけれど、魔王討伐なんて話にも聞いたことなかったぞ」
それが疑問だ。何故国が動かないのか。国が総力をあげて魔王を倒せばいいんじゃないか、と思った。ギルド職員が言い淀んでいると、ノラが、わかってないなぁ~、と口を開く。
「言いにくいこともあるんだよぉ、職員さんには、さ。じゃあ、僕が代わりにヒントをあげよう。騎士様、騎士、ってなんですか? ほら、答えて答えて」
いきなり言われて俺は戸惑った。
騎士とは──。俺にとってとても難しい問題だ。分かる、分かるんだ。ここで、モンスターの攻撃を受けるためのドM的存在ですっ! と言うことが間違った回答であるということくらいは。俺は俺なりに必死に思い出してみる。騎士、ナイト。騎士道精神……。
だめだ、頑張って考えても、俺に考えつくのは、ちょっとスカした気取った言葉くらいだ……。仕方ない、それを言うしかない。あ、そうだ、隊長の言葉でも借りておこう。
「誰かを守りたいという強い気持ちを持った人のこと、かな」
ふふん、と恰好つけて見せる。ノラは一瞬ひるんだような表情をしていたし、ギルド職員に関しても同様に、うわぁ、なにこのひとぉ、見たいな目をしていたような気がするが、ノラはすぐに表情をもとに戻し、笑顔でこう答える。
「正解っ!」
「えぇっ!」
「ええっ! ってね……。そう、騎士ってのは、人を守り、国を守るための存在なんだよね、国としては、自国の領土を守るための戦争、戦闘は国民に言い訳が立つけど、いるかどうかも分からない魔王を討伐するために、モンスターの巣窟へ大部隊を送り込みます、ってんじゃ、嵩む負担に国民は反発を覚えるでしょう? それこそ、もっと守りを固めればいい、って言い始める人たちも増える──そうですよね、職員さん?」
ノラの的確な解説に、ギルド職員も、苦笑いしながら半分肯定したような首の振り方をする。ここでしっかり肯定してしまうのは、立場上難しいということだろう。
「理由は理解出来た!」
俺はちょっとだけ強がって言ってみる。まぁ、大体分かったし。
「でも、そんなことはどうでもいいんだよ」
そして、もう口から思うがままに言葉を出してみる。その言葉に、ノラは大丈夫か、こいつ、という視線を俺に向けてくる。痛いっ、痛いぜ、その視線。ぐっさぐさ俺の心に響いてくるぜ、最高だ!
「重要なのは、俺が今、何をするべきか、それなのさ」
いつの間にそんなキャラになってしまったのか、自分でも理解できないが、なんとなく、格好良く見せておいた方がウケがいいと思ったための発言──。それが功を奏したのか、ギルド職員は、小さく拍手をしてから、嬉しそうに言う。
「ズバリ! 魔王退治、です! もちろん、賞金は弾みますよ。なんたって、勇者様ですからね! えーと、額は──」
職員はいつの間にか懐から取り出したそろばんを弾いて、すっと俺の前に指しだす。
「……金?」
俺は貨幣の単位を確認する。
「もちろん、金です。銀なんてことありません。きっちり金でお支払い致します」
目もくらむ額だった。俺が騎士として勤めていた時に貰っていた報酬を全て併せても到底及ばないような額。だが──だが、しかし……。
俺は考える。
さて、俺の目的とは一体何なのか、ということだ。俺はモンスターちゃんたちの攻撃を受けたいだけなのではないか。そのために騎士になったのだ。そのついでにモンスター狩りをするというのなら、俺一人では無理だし、仲間がいる。それで生計を立てていきたいという願望はある。しかし、今目の前に出されている依頼というのは、少し贅沢過ぎる以来ではないだろうか。俺は魔王を倒したいのか……。いや、そうではない、はずだ。
「そもそも、俺ひとりじゃ──」
難しい、と言おうとするよりも早く、職員は、
「それについてはお任せください! 必ず、必ず、素晴らしい後衛の仲間を当ギルドが集めてみせますから!」
あ、早いお返事で……。俺は少したじろぎながら、再び考える。仲間についての心配はこれで恐らくなくなった──のだろうか。
仲間がいて、冒険させてもらえて、目的はなんだっけ? 魔王? 魔王を倒すということらしい。魔王。魔王に会える。それが何を意味するのか考えよう。
魔王に会えるということは、当たり前ながら、魔王と戦うということだ。
魔王と戦うということは、つまり、モンスター界で最も強いモンスターと戦えるということと言い換えてもいいだろう。
それすなわち、最も強い攻撃、魔王ちゃんの攻撃をこの身で受けられるということだ! サイコー! ヤッター!
こうして、俺の思考回路は無事、この依頼を受けるイコールとってもすごい攻撃を受けることが出来るという結論にたどり着くことに成功する。そうなってしまえば、俺が出すべき返事というのは一つしかなくなる。
「よーし! 分かった! その依頼、このレオポルト・マルトリッツにお任──」
「ちょーっとまったー!!」
俺は勇者になろうとしたその瞬間、ノラがいきなり声をあげて交渉成立を阻んでくる。ギョッとしている俺と職員に、ノラは言う。
「その話ー、ちょーっとおかしいよね?」
にんやぁ~、として俺の方は全く見ないで、ひたすらその視線をギルド職員に向けるノラ。職員はそれに対して、何を言うか、と言わんばかりに反論しようとするが、ノラはその反論の隙さえ与えず、さらに続ける。
「前払い。報酬の一部は前払いしてあげなよ、ね。騎士さんだって、いるかどうかも分からない魔王に何の見返りもないまま倒しに行くんだ~、ってそれ、おかしいでしょ」
ノラの言葉を聞いて、ようやく、今までノラがにやにやしていたり、訝し気な表情をしていたことに納得がいく。これらのことをノラは分かっていたのだろう。俺は、ただ、己の欲望を満たすためだけに、いいように利用されようとしていたのだ──って、文字にするとなかなかに自業自得な気がしないでもないが、しかし、職員は俺の性癖を知っている訳でもないし、やっぱり、利用されようとしていたことに代わりはないっ! 精神を強く持ちなおす俺。
「し、しかし、それはですねぇ……」
ノラの的確な指摘に対してしどろもどろする職員。俺が何を考えているかといえば、そう、それはただ一つ! いいなぁ、この職員、詰問されてるよぉ~、いいなぁ~、だ。……失礼。それはおいといて……。
ノラと職員の言い合いは続く。なるほど、俺みたいな初心者ならば、ギルドの相場というものもわかっていないし、二つ返事でこの依頼を受け入れ、ギルドの為に働いてくれるとでも踏んだのだろう。
しかし、ノラがそうはさせなかった。ノラに一体何の目的があるのかということについてはこの後すぐに分かるが、結局、二人はしばらく言い争ったのち、
「──では、その、経費はお支払い致しますので、副産物等は低い相場で買い取らせていただく、と」
という形で、交渉が成立しようとしていた。
「……まぁ、旅の経費や生活費を面倒見てくれるなら、それで十分かな、僕は」
いつの間にか、ノラまで一緒に行くことになっているような気がするが、今回の働きといい、サポート面に関して任せられる人が一緒に冒険をしてくれるというのは俺にとってプラスはあれどマイナスは少なかろう。ノラは一緒にモンスター狩りを行える人間を探していたということなのだろう。俺に恩を売ることによって、より有利な依頼内容を引きだし、ついでに俺という最高の騎士を手にしたいという算段なのだ。最高ではなく、最硬だが。
こうして契約は成立し、俺は晴れて勇者になろうとしていた──のだが、
「あ、このメンバーのリーダーは僕だからね!」
なんていう尻に敷いてやる発言の前に、俺の勇者職への憧れはいとも簡単に瓦解し、俺は勇者ではなくただの騎士として生きることが決定してしまう。……まぁ、その点に関しては、俺としては、モンスターちゃんの巣窟へ行ければ特に他に望むものはないため、特に問題はなかった。
「よーし! それじゃ、さっそく、冒険へ行こう!」
「よし、行くぞ!」
俺とノラはそう言いながら旅立つ。
「あ、僕はサポート専門だから、前はよろしくね!」
なんていうノラのとっても不穏な言葉を聞いた気がしないでもないが、もはや後戻りはできぬ。いいんだ、いいんだよ、俺は、ただ、モンスターちゃんたちと戦うことが出来ればそれいいんだから。
「レオ、君は僕の盾なんだ!」
なんてことをにこにこしながら言ってるが、いいんだ、いいんだよ──そう、大丈夫大丈夫、なんたって、俺は、M騎士。守ってみせよう、勇者様。
ちびっこ元盗賊女勇者(仮)とM騎士の冒険が今ここに始まる、らしい。