第20話
魔王が出現したという情報は、明確にドルムント王国全体に伝わった。サイグネの村には優秀な魔法使いが数人いたことにより、アルマネの村の悲劇の時とは違い、サイグネの村は消滅、騎士団の一個部隊が全滅という知らせも同時に伝わったのだ。事前準備の賜物だと言える。大きな犠牲を出した戦闘ではあったが、これにより、王国側は対策を検討する時間を稼ぐことができたと言えよう。
また、この情報は、アルマネの村の出来事が単なる偶発的なモンスターによる攻撃ではなかったということを王国が知るために十二分な材料となった。
モンスターの中で、人間の領域へと攻め込んでくるような連中というのは、これまでドルムント王国が経験してきた歴史の中においては、何も考えていない烏合の衆だ、というのがこれまでの通説であり、知性あるモンスターなどというのは伝説上の悪魔だとか、魔王だとか、そういうレベルで語り継がれてきたおとぎ話のような存在であると思われていた状況が一転したのである。
王国はすぐにモンスターと戦う態勢を整えることを要求された。国が亡ぶ危機なのだから、当たり前のことと言えよう。
「──ってな具合で話は進んでたんだけど、正直、モンスターたちを統合するような存在、即ち、魔王を相手にして、辺境の一国が本当に立ち向かえるかっていうのは甚だ疑問よね。こんな小国で魔王に立ち向かうなんて、無理無理」
そう語るのはノラ。ここはサイグネの村のギルド。着々と復旧工事が行われている。復旧工事を行っているのは、ドルムント王国の中央付近から派遣されている何人かの人間と、一部この地から早めに逃げていた村の人たち。
「だから、今見たいな状況になってる訳だよな。魔王の交渉が上手かったとか、そういう問題じゃなくて、落としどころがこれしかなかったんだ」
俺が言う。その結果が、サイグネの村の復旧であり、また、この辺り一帯の魔王による支配なのだ。ちなみに、俺、ドロリス、ノラがこうして生きているのは、また別問題ではあるが。
「それはそうと、私は見直したよ、レオ。気に入ったね」
俺に対してそう言ってくるのはドロリス。
「別に、俺は誰かに気にいられようなんて思ってないんだけどな」
俺のそっけない返事に、ドロリスは続ける。
「結果として私たちが生きている。そりゃ、多分、レオが望んだことじゃないかもしれないが……」
「まぁ俺から見ても今回の結果は──」
その時、ギルドの扉が吹き飛ばされんばかりの力で押し開けられた。ガダァアン、という轟音をあげて開けられた扉の音に、ギルドの中に少数いたギルド職員や冒険者たちは身構える。
入ってきた者の正体を見て、驚き、恐怖した。けれど、この場にいる人間たちの中で、彼女がこの場に来ないだろうと思っていたものなど存在しない。皆、彼女がここに来るという可能性くらいは頭の片隅にでも持っていたのである。それでもなお、驚く。無理もない。
その理由は、そこにいるのは、黒い髪を持ち、全身に黒衣を纏った女性──魔王だから、である。
「あー、諸君、諸君……って言葉であってたっけ? そんなに身構えなくていい。ボクは、そこのレオに話があるだけだから」
「また来た」
また、と言ったのは俺だ。ノラやドロリスは決して良い顔をしてはいないが、攻撃をする様子はもちろんない。
「またとはなんだ! キミ! ボクはまだキミのことが理解できてないんだ、今日もじっくり教えてもらうぞ!」
「あのな、一言言っておくけど、ここにいる奴はまだ魔王、お前のことを良く思ってない連中ばかりなんだぞ。そんなに頻繁に顔を出すもんじゃないだろう。いつ狙われるとも限らないのに」
「それはもしかしたら正論かもしれないけど余計なお世話。それで、なーんか、引っかかるんだけど、キミさぁ、ボクに対する態度変わってない? ねぇ?」
魔王が俺の横の椅子に腰かけながら俺に問う。そんなもんは簡単だ。俺が魔王に対する態度を変えたのはたった一点の原因による。
「そりゃ、あそこでとどめを刺さず、いや、とどめを刺しはしただろうけど、それで、俺どころか、ドロリスやノラまで生き返らせちゃってるんだからな。それの何が魔王様、か。残虐性のかけらもない! その辺のモンスターちゃんにも劣るんじゃないか? 一回はお前を信じた俺が馬鹿だったよ。それになんだ、街まで復活させちゃってさ。話に聞くと、ここが済んだら今度はアルマネの村まで復興させるっていうじゃないか」
「そんなこと言われてもー」
魔王がぶすーっとしている。こんな顔をするようになってしまった。前は意味不明だったのに、一体何が彼女を変えてしまったというのだろう? 人間との付き合い、だろうか。うん、そうだろ、それしかない。おのれ、人類め。
「……あなたがレオに興味があるように、実は私もあなたに興味があるの。三つ質問をしてもいいかしら?」
口を開いたのはドロリスだ。珍しい、これまで、俺が魔王を適当にあしらうのを見ているだけだったのに。彼女としては、未だに魔王を許している訳ではないらしいが……。俺の目線を感じたのか、ドロリスが俺に向けて告げる。
「敵を倒すには、まず敵を知らないといけないの」
「はー、なるほど、じゃあ、どうぞどうぞ」
ちなみに、ノラはずっとムスッとしている。彼女は今すぐにでもこの魔王に攻撃したいと何度も語っていた。勝ち目がないから今は倒さない、けれど、いつか必ず、らしい。今勝てないから戦わない、感情を殺してなんとかやり過ごす、というのは、彼女らしいといえば彼女らしいかもしれない。
「まず一つ。これはとっても根本的な問題。何故あなたは言語を持つのか、知性を持つのか、ということ。二つ目は、今後、このサイグネやアルマネの地をどうするか、ってこと。そして、最後に……何故、なんで、どうして! 私たちの命を助けたか、ということよ!」
最初こそ冷静を装っていたドロリスであったが、言葉の終わりになるにつれ、語調が荒くなっていった。
「答える必要があるの? 分からないの?」
子供を見るかのような目で見る魔王。俺はドロリスが暴れ出すのを抑えるため、助言してやる。
「俺だってお前に色々教えてるだろ、ほら、ちゃんと答えろって」
俺自身も多少興味はある。あくまで知的好奇心を僅かにくすぐられるというだけのことであり、ドロリスのように必死になって知りたがっているというほどではないが。
「いいよー、教えてあげる。ボクはね、ある日突然生まれたんだ、モンスターたちの中でね。突然変異、ってやつ? 周りには、多少意志疎通できるモンスターがいて、でも、そいつらも結局大したことは知らなかったんだよー。ボクはね、色々なことを知りたかった。でも、その周りのやつらはそんなボクをおかしいって言ったんだ」
「知的好奇心……」
ドロリスが呟く。人間が発展した理由の一つ、知的好奇心だ。偉大なパワーである。ビバ、好奇心。そんな人間固有のものだと思っていた好奇心を持ち合わせたモンスター、ということか、と俺は頭に落とし込む。
「だから、何で僕が言語を使えるのか、知性を持つのか、なんてことは分かんないや。でも、言語だけなら、知性だけなら持ってるモンスターたちも持ってるよ。えっと、次は、この辺りをどうするかー、か」
魔王は少しうーんと考える。
「そうだな~、どるむー、なんだっけ?」
俺に忘れている単語の続きを教えるように求める視線。こいつ、頭はいいようだが、固有名詞を覚えるのが苦手なのだろうか? それとも、興味がないのだろうか。
「ドルムント、か?」
「そう、それ。ドルムントの王様と約束しちゃったからなー、この辺りはボクの領土、それで、なんだっけ? 支配についてはしてもらって構わないが、ドルムントには手を出すな、なんて」
ドルムント王国は、この魔王と盟約を結んだのである。モンスターたちの中から生まれた特異な存在と、盟約を結んだのだ。無論、望んで結んだ盟約ではないだろう。しかし、これ以上自国の領土を荒らされることは国そのものの消滅を意味するということと、何より、魔王の意志は人間を滅ぼすということにはなく、ただ、好奇心を満たすためにあるという点から交渉の余地ありと判断したが故に結ばれた意味ある盟約であった。
「でも、その代わりに、国が持つ技術はぜーんぶ教える、だなんていうんだから、ねー」
ドルムントは辺境の国であるが故に、大した技術力がある訳でもない。もっと言えば、国が保有する人間による人間のための技術なんてものが、魔王にとって役に立つものだとは到底思えない、のだが、なんとも幸運なことに、この魔王様はそんな知識を欲しがっていたのだ。
ここに双方の利害が一致し、なんとも奇妙な形で、人間と魔王による平和が実現しようとしてるのであった。
「それで、本当に、攻め込むつもりはないのね」
ドロリスが確認するように問う。
「え? そんなことを確認する意味があるの?」
と、首を傾げて答えるのは魔王。その様子は、まるでドロリスを小馬鹿にするような態度であるが、続けて放たれた魔王の言葉によって、それもまた頷ける態度だと俺は感じた。
「だって、そんなこと、そっちだって一緒でしょ?」
そっち、というのは、無論、俺達人間サイドのことを指す。
「それは、そう、だけれど……」
ドロリスは、悔しそうな顔で答えた。一理ある。ドルムント王国が、いや、人間たちの世界がこの事態をずっと沈黙して眺めているだろうと考えるのはあまりにも楽観的過ぎる。そのことは、魔王自身が良く分かっていた。
つまり、訪れたのはかりそめの平和に過ぎない。いつまで続くかは分からない、かりそめの平和だ。
「あ、でもねー、ボクは、くにづくり、ってのにちょっと興味があって。そーだなーしばらくは大丈夫だと思うんだよねー。人間の一生って短いでしょ? あ、それに、くにづくりもそうだけど、忘れてないからね、ボクは、レオについても理解しないといけない! 今の難題だ!」
「よーし、それは分かった、次の質問、ほら、次の質問に答えて!」
俺は、俺に対してひたすら接触を求めんばかりにぐいぐい近づいてくる魔王の顔を押しのけるようにして、話を強引に逸らす。
「えーっと、最後は、なんだっけ? うん、なんで助けたか、だっけか」
なんでだ? これについては、俺もまだはっきりとした確信は持てていなかった。
「なんでって、それはー、レオ、キミの行動理由を知りたかったから」
「そんなんで、納得できるとでも!?」
反論したのはドロリスだった。納得できると言えば、納得できるし、出来ないと言えば、出来ない。これには、一つの明確な答えがあると俺は考えていた。魔王が答える。
「確かにねー、ボクもそう思うし、その意見も分かるよ。ただ──」
魔王はそこで、少し考える。視線を宙に漂わせ、数秒の間が空く。
「そうだね、じゃあ、例えば、お前、なんていったっけ? 魔女。お前が、ボクに対して立ち向かったのはなんでなの?」
「それは──」
ドロリスはいらだちを抑えながら答える。
「私の信条だ。私は力を持ち、人々を、この国を守らないといけないという──」
「じゃあね、それは、果たしてその場で命をかけて行うべきことだったの?」
「それは……」
言い淀むドロリス。魔王は、平然とした顔で答える。
「同じだよ、あの行為は、ボクの趣味」
「趣味……」
俺はそれを聞いて、ははは、と笑った。なんだ、そうか、深い理由なんて必要ないじゃないか、と笑ったのである。勿論、理由がなかった訳じゃない。先に述べたように、そして、今現在この魔王が俺に問いを投げかけるためこの場に来ているように、魔王には魔王なりの俺たちを蘇らさせた理由がある。何の理由もなしに、俺たちを蘇らせた訳ではなく、きちんと、俺の行動が理解不能であったからそれを理解したいという理由がある。
けれど、その最終判断、即ち、例えば、魔王が逆に倒されるかもしれない、一度破壊したのにもう一度復活させるなんて馬鹿げたことである、といった反対に位置する理由と比べた時の判断をつけた理由を、彼女は趣味だと答えたのだ。
「それはうまい答えだな。俺はもうお前に対してなんら特別な好意を抱いている訳でもないけど、その答えは、正直、気に入ったよ」
俺は笑いながら言う。魔王が満足気な笑いを俺に向けてくる。それにバカバカしくなったのか、ドロリスはため息をついた。
「やっぱ、そうだよな、俺から見ても今回の結果は、運が良かった、そんだけのことだよ。ドロリスやノラにとってはな」
「……そうね」
「…………」
ドロリスもノラもおおむねその事実については否定しないようであった。
「あー、そうだ、そうそう。俺も一つ聞きたいことがあるんだった」
「なんだ、今度は」
魔王が眉を潜めて聞いてくる。心なしか、俺はこいつの表情が読み取れるようになっている気がする。なんだろう? もしかして、モンスターを人として見る能力が復活したとかだったりしちゃうのだろうか? それはともかく、俺が確認しておきたい事というのは、こうだ。
「さっき、自分以外にも知性をもったモンスターがいる、って言ってたよな?」
そいつらは、本当にいるのか、否か。そして、
「言った」
もし、そんな素晴らしいモンスターたち、モンスターちゃんたちがいるとするならば、
「どこにいるんだ?」
という事を知りたかった。もう俺の心は決まっているんだ。
「どこって、そんなの、モンスターが住む領域の、その更に奥──」
魔王が言い終わるよりも前に、俺は立ち上がり、言う。
「やっぱりか~! よーし!」
もうしばらくの間この街にいて、ドルムント王国の行く末を見守ろうとも考えていたが、どうやら、そんなことをしている暇はないようだ。人生は長いようでいて短いんだ。のんびりしている暇は、あんまりないっ!
思い立ったら即行動! 自分に嘘はつきたくない。どーせ救われた命だ。ある意味、この命を救われたってのは、俺の望む最後を神が与えなかったとも取ることが出来るだろう。そう考えると、神は俺に天罰とやらを与えたのかもしれない。やるじゃないか、神様。けど、残念ながら、俺はこんなことくらいで罰だなんて思わないんだな、これが。
「お、おいっ、どこに行くつもりなんだ!?」
ノラが慌てて俺を止めようとする。その慌てた表情を見て分かる。聞くまでもなく、ノラは俺の答えを知ってるんだ。口を出さずに俺のことを見ているドロリス。彼女もまた知ってるに違いない。分かってるんだ、俺のことを。魔王だけが、不思議そうな顔をして俺のことを見ていた。
「どこって、そんなの、決まってるだろ」
せっかく神様が気まぐれにくれたもう一つの命だ。贅沢に、そして、ありがたく、それはもう大切に使わないと損だろう? 怯えて暮らすってのも一つの使い方かもしれないが、俺にとってはそんなもの、使ってるとは思わないんだ、すまないな、神様。俺は出来る限りの笑顔を浮かべながら答えた。
「モンスターちゃんのいるところへ、だよ!」




