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これが俺のM騎士道  作者: 上野衣谷
第一章「盾なし勇者とスライムちゃん」
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第2話

 ドルムントの街の経済状況は比較的安定していた。王政の国ではあるが、ドルムント王国は辺境(辺境とは、モンスターがより多く住む地域を指す)に在るということが逆に幸いし、人間同士の勢力争いに巻き込まれることなく、安定した王政を行っている。王もモンスターという明確な攻撃対象が存在するため、悪政など行っている暇がないのかもしれない。

 ドルムント王国の悩みの種は、モンスターの脅威に対して抵抗するための軍隊を持たなければならないということなのだが、俺にとってはそれこそがこの地で騎士になるのを決めた理由だった。

 ──といっても、もう、その騎士も辞めさせられてしまった訳だが……。

 一方で、騎士以外にもモンスターに関わる機会は多くある。このドルムント王国の経済を支えている要素の一つにはモンスターを討伐した時に採取できる副産物である。それ故に、王国の治安を守るために戦う騎士とは別に、そういった副産物を得るためにモンスターの生息する地域へ行ったり、ダンジョンと呼ばれるモンスターの巣窟へ入ったりする冒険者と呼ばれる職種が存在するのだ。

 そんな冒険者たちが集まる場所が、ギルド。その前で繰り広げられている仲間割れを見ているのが俺、という訳だ。


「大体な、お前は理想がたけぇんだよ! ダンジョンの最下層まで行くだなんて、そんなこと俺たちは望んでないっての!」

「何を言ってるの! 冒険者たるもの、そのくらいの心構えでいないでどうなるっての。根性が足りないんだよお前らはー!」


 反論する女の声は強い。彼女は、まだまだメンバーを解散したくないように見えるが、多勢に無勢、彼女以外の男たちはメンバーを解散というよりは、彼女をメンバーから外そうとしているようだ。

 いくら彼女が反論しようとも、その意見が正しかろうとも、他のメンバー全員が、彼女を押しだそうとしているのだから、どんな正論をぶつけたところでほとんど意味はない。しばらくして、もう話てもキリがないと双方が諦め始める。それを合図にして、話し合い──一方的なメンバーを辞めさせるための通告は終わり、残されたのは女の冒険者一人となってしまった。見届けた野次馬たちは、その場を去っていき、女に声をかける者は誰一人としていなかった。彼らが冷たいという訳ではない。冒険という死を隣り合わせにして行う仕事において、チームワークを優先できない人材を欲する人間がいなかったというだけのこと。そして、彼女と馬のあいそうな人間がいなかったということ──そう、俺、一人を除いては。


「おーい、大丈夫か?」


 俺が話しかける。彼女は、少し潤んだ目をこちらへ向けて、頼りない声を出しながら、俺に一緒にモンスター狩りに出てくれないかと懇願してくる──なんてことを予想していた俺の考えは、それはもう百八十度間違っていた。


「……なに?」


 むすっとした顔、訝しげな顔で俺のことを見てくる。警戒心に満ち溢れた顔だ。俺はゾクゾクするという感覚をなんとか抑えつつ、とってもクールに振舞って、相手の警戒心を解くことを心がける。


「え? いやぁ、なんか、大変そうだなと思ってね。俺も一人だし、ほら、ギルドでお茶でもしない?」


 警戒心を解くことを心がけて話しかけたつもりが、ちょっとにやにやとした笑顔を浮かべたナンパキャラになってしまった……。案の定、相手は警戒心溢れる目つきで俺のことを観察するかのように見つめている。


「……あやしい」


 ついに、口にまでその思いが漏れている。よく見ると、まだ年は若いだろう。俺よりも、3つ、4つ下かもしれない。まだ若いのに冒険者という職業を選んでいるあたり、何が事情でもあるのかもしれない。そんな若い女の子から、ジト目を向けられて俺は溜まらず被虐心を満たされるかのような感情に犯されつつも、なんとかその思いを捨て去り、再びこの誤解──とも言い切れないけれども、特に危害を加えるつもりはないということについて彼女に証明しなければならなかった。


「大丈夫! 俺はこう見えて誰にも攻撃したことがないんだ。つい先日まで王国の騎士をやってたんだけど、今は職なしでね」

「……あやしさが増した」


 なんと、逆効果だったみたいだ。あれ、実は俺、めちゃくちゃコミュニケーション取るのへたくそなんじゃないか。い、いや、気のせいだよな……。

 すると、女は一つため息をついてから、めんどくさそうに言った。


「まあ、王国の騎士やってたってことは、金もあるだろうしー、いいよ。一杯おごってね」


 どうやら、彼女は自分の思ったことをすぐに口にしてしまうタイプらしい。他の人間たちにとっては、嫌がられるタイプかもしれないが、俺にとっては好都合。むしろご褒美、というやつだ! やったぜ! そんな思いを俺は口にするのをなんとか押しとどめて、彼女と一緒にギルド内へ入ってく。

 ギルドというのは、酒場兼冒険者専用の求職所といったところだろう。日雇いで終わる仕事もあれば、指定されたモンスターからの副産物をもってくるという仕事もある。街の中にはいろいろなギルドが存在し、ギルドお抱えの冒険者っていういわゆるエリート冒険者という者もいたりする。

 俺たちは、そのギルド内の一角、多くの冒険者たちが情報を交換したり、飯を食べたりする酒場スペースに二人で腰かける。


「ま、とにかく、先ほどはお疲れさま」

「いやいや、いいのいいの、あんなのいっつものことだから」


 どうやら、何回も仲たがいを経験しているようだ。俺は彼女に一杯飲み物を奢りつつ注文をギルドの人間へとする。その際に、彼女から飯も奢れとせがまれ、つい断り切れずにポロリと奢ってしまうと、彼女は途端に笑顔を晒し始めた。現金なものである。


「あ、そうだ。僕はノラ。あなたは?」


 自己紹介か。


「俺は、レオポルト・マルトリッツ。レオとでも呼んでくれれ」

「了解、レオ」


 笑いながら返す彼女を見ていると、とてもコミュニケーションが不自由とは思えない。思ったことをすぐ口に出してしまうという点さえなければ、きっと人と円滑にコミュニケーションを取ることが出来るであろう笑顔も作れている。しかし、その自由さこそが、彼女の魅力なのだろう。屈託のない笑顔というのは、彼女には何も秘密などないのではないのかという錯覚させ起こさせる。


「それで──なんでまた、冒険者なんてやってるんだ?」


 その思いから、俺はノラへとそう質問する。すると、ノラは、思った通り一瞬も口ごもることなく、すぐに事情を話し始める。


「あー、僕はもっと大陸の都市の方で親が戦争で死んでね。それからふらふらと盗賊家業──って言っても、この辺りじゃないんだけど──をやってて、それから転職? って感じだよ」


 全く情報を隠すことなく、初対面の俺にさらさらと言ってのける。多分、彼女の中では、彼女の行為について罪悪感をもっていないのだろう。子供は人から物を盗まないと生きていけない、そんな地域もあると聞いた事はある。


「それにしても、いいのか、そんなこと、俺なんかにぺらぺら話して」

「いいのいいの、レオは騎士様だったんでしょ? そんな人が、僕みたいな子をひっとらえてどこかへ突き出すなんてことしないだろうし──」

「だろうし?」

「そもそも、この国でやったことでもない」

「なるほど、確かに」


 王国内でどこかへ訴え出たところで、ノラを裁ける法も証拠もないという訳だ。


「だからね、僕はこの身一つで生きてる訳よ」

「はー、なるほどねぇ。それにしては、薄い装備だな」


 モンスターとの戦闘を行う者が誰しも重厚な装備を持っているという訳でもない。俺も、街を歩く時、ずっと鎧などを身につけている訳でもない。しかし、ノラは先ほど外から帰ってきたばかりにしては、まるで街内で生活をしているかのような薄い装備──というより、ほとんど普段着と言っても過言ではないような状態に見えた。

 上半身はどうやら服の下に最低限の防御は備えているようだが、下半身に至っては短いパンツに肌に密着した生地の履物、動きやすさはピカイチに見えるが……。


「これ? そう? あー、僕は後衛だからね。弓とかは得意だし、罠を解除したり、道や食料の調達とか、そういうのがメインなのさ。──ま、騎士団でやってた人には分からないかな、この仕事の重要さが」


 ふふんと見下すような笑顔をこちらへ向けてくる。心外だ! が、まぁ、確かに、少数精鋭を基本とする冒険者たちの活動と大人数で行う王国による遠征とは性質の違うところがあるというのは確かだろう。


「……ま、今は一人なんだけどね」


 そんなことを言うノラの顔は心なしか寂しそうに見える。騎士たるもの、ここで女を守ってしかるべき! と普通の騎士ならばそう考えるだろう。だが、残念ながら俺は違う。俺が行くのはM騎士道。軟弱な女は俺の世界に必要ないのだ……。


「大変だなぁ」


 だから、つい、俺は他人事のような返事をノラにしてしまう。あっ、いけないっと思った時には遅かった。

 ガツンッ! という音がした。どこから下のか。テーブルの下からした。次に、俺の足へと痛み。

 蹴られた。


「いったい! 何するんだ!」

「普通さぁ、こうやって女の子が一人で困ってたら、じゃあ俺が一緒に冒険してやるとか言うもんじゃないのぉ?」


 むっすーとしている。そういうのって、こうも直接言ってしまっていいものなのだろうか。というか、先ほどのしょんぼりした雰囲気を出していたのはわざとだったのか。この女、若いながらもなかなかの策士──隠すつもりもないのだから、より悪質。悪女? とは違うが、天性の悪女の才能を感じさせる……!


「いやー、そうかもしれないけど、まぁ、俺は──」


 ここまで言って、言うのをためらう。まぁ、俺は、ドMだからなぁ、なんてことを言ってしまってはいくらノラといえども、後は俺にひたすら軽蔑的な視線を送り続けるだけの軽蔑的な視線マシーンになってしまうかもしれない。


「俺は?」

「あー、俺はー、そのー、そう! モンスターに恋をしてるからな!」


 とっさに出た俺のとんでもない言葉だったが、どうやらノアはそれをジョークとでも思ったらしく、いきなり笑い始めた。しばらく笑った後、ようやく笑いが収まったのか、それでもまだ笑いをこぼしながら言葉を吐きだす。


「ヘンタイだ! だ、だから、はは、王国の騎士を、ははは辞めさせられたとか?」


 ぐぐっ、大体合ってるのが心苦しい。反論はあえてしないでおこう……。しかし、俺は気づいてしまった! 自らマゾを公言しないことによって、こんなにも自然に辱めを受けられるだなんて! 唯一寂しいことといえば、自分の変態的行為に突っ込みを入れる人がいなくなってしまったことくらいだろうか! セルフ突っ込みでケアしていこう。

 話が盛り上がり(?)始めた頃、俺たちの席へと一人のギルドの人間──眼鏡をかけた職員らしき男が近づいてきた。どうやら何か仕事があるように思えた。


「あの──見ない顔ですね、いいですか?」


 きっと、ギルドの人間は、俺たち二人を共にモンスター狩りをする仲間とでも見ているのだろうか、俺たち二人のテーブルの空いている席へと腰かける。


「今、この人と話をしているんですけど」


 ノラは露骨に不機嫌そうに言う。


「あぁ、ノラさん、どうも」


 どうやら二人は知り合いのようだ。まぁ、ノラはギルドで仕事を貰っていたであろうから、知り合いであったとしてもそんなに違和感はない。


「どうも、じゃないよ。僕はね、忙しいの」

「おや、先ほど、いつも一緒にお仕事をされていた人たちはもうお仕事へ行ってしまったように見えましたが……」


 はて、と不思議そうな顔をするこの男。どうやら、ノラの事情を把握しているらしいが、言い方がどうにも厭らしい。ノラはむすっとしつつも、俺が黙っていることを気にしてか、それ以上は職員につっかかることはなかった。職員は、次に視線を俺に送ってくるとこう言った。


「見たところ、王国一の騎士──最高の騎士、マルトリッツさん、ですよね」


 その言葉に、一番意外そうな顔をしていたのは、他でもないノラである。え、こいつ、そんなすごい奴だったの? と今にも俺の顔を突き抜けんとするばかりの勢いの視線を俺へと突き付けてきていた。


「一応、そうだ」


 もう、今は騎士ではないし、そもそも、俺は最高の騎士ではなくて最硬の騎士な訳だけけれども、まぁ、大体間違ってはいないだろうし、せっかくご指名で声をかけられたのだ、無下にするのも悪い。


「そう、あなたにお願いがあるのです。これは──そう、言うなれば裏の仕事とでもいいましょうか。国の騎士団では行いない仕事──ですが、国から言われてギルドが総力をあげ達成しなければならないとされている仕事でもあるのです」


 なんだか、大変なことに巻き込まれようとしているのではないか、と俺の直感はそう告げていた。

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