第13話
ドロリスが落ち着くのを見て、ノラもドロリスの身体を触るのを止める。身体の不調ではない、ということが明らかになったが、依然、何が起きているのかは分からない。
少しの間を置いて、ドロリスがポツリポツリと話始める。
「違うの、私は、大丈夫、だけれど──」
「一体、何が?」
「いい? 私は、この付近、特に、私が普段生活している場所付近に沢山の観測用の術式を置いているの。そしてね、それは、勿論、今私が生活拠点にしているサイグネの村にも置いてある──」
そこまで言われて、俺はハッとする。
「まさか」
「そのまさか、だと思うわ。サイグネの村に、モンスターが押し寄せてる。詳しい状況までは分からないけれど、まだ村の中まではたどり着いてないみたい……だけど」
「だけど?」
「……私の観測用の術式を破壊した何者か──そして、この村に残された痕跡、それらを携えた何者か──そいつが、いる」
何と言えばいいのだろうか。まず、第一に、その敵とは、ドロリスがここまで恐れる存在だということ。その事実だけでも、俺を震え上がらせるには比較的十分だった。無論、昔の俺なら違っただろうが、今は、その敵に、仲間をどうにかされてしまうのではないかという悪い予感ばかりが俺の頭に渦巻いていた。
「なんとかしないと」
俺より先に言ったのはドロリス。
「そんなもん──なんとか、って言ったって! 国の軍隊にでも任せておくしかないだろ……」
俺の発言に、ドロリスは嫌そうな顔をする。反対に、ノラは一際驚いたような顔をして、俺に問う。
「えっ! レオのことだから、またドラゴンの時みたいに戦いたいとか言い出すと思ってた!」
そう言われてみれば、そうかもしれない。そこにどんなモンスターがいるのか分からないが、もしかしたら、俺が見た事ないようなモンスターがいるかもしれない。ドロリスの話を聞けば、物凄く強大な敵がいるらしいということは確かなようだ。
だが、もう俺にはそんな気は、ほとんどなかった。ほとんどではない、全くなかった。
「い、いやな、でも、ひとまずここは、少し距離は離れるが、万全の体制を整えるためにも、一旦ドルムントにでも退いて、このことをドルムントに伝えるっていうのが重要なんじゃないか? それに、サイグネの村はアルマネでの一件があって、それなりに国の軍も駐留しているはずだし、砦だって築かれてたはずだ。そんなにすぐには──」
俺の口から出てきた言葉は言い訳ばかりだった。その情けない事実を、俺は理解できていた。けれども、だからといって、ここで譲る訳にはいかなかった。俺の頭に思い浮かぶのは、かつて、ノラに問われた、騎士ってなんですか? という質問。
それにその時の俺は「誰かを守りたいという強い気持ちを持った人のこと」と答えた。勿論、その時は、そんなこと何も考えていなかった。けれども、今の俺にはその言葉の意味が良く分かる。
守るというのは、何も、この身を張って守らなければいけないという訳ではないんだ、と考えていた。時に逃げることも必要なんだ、と思っていた。少しのわだかまりはあれど……。
「らしくないな」
続いて言うのはドロリス。彼女からそんな言葉をかけられるとは意外だった。俺は少し唸るが、再び、同じような主張をする。
「おいおい、二人ともどうしたんだ、冷静になって考えてもみろよ。今、俺たち三人が行って何ができる? さっきのドラゴン相手でさえあれだけの苦戦を強いられたんだ。そりゃ、俺は、ドロリスの魔法の力はとても強いものだということは知っているよ。けど……だからってな、もっと──こう」
うまいこと言葉が出てこない。俺は、敵から逃げたがっていた。その事実は嘘偽りない俺の今の思いだろうと思う。だけど、なんだろう、この胸につっかえるような──。
「自分を見失ったらダメだ」
ドロリスの言葉がどこに向けられたものなのか、さて、その意味は理解できなかった。ドロリスは、背を向けて、ゆっくりとサイグネの村へ向かって
「……そうだな、僕からも一言いいかな?」
さて、この場所から動こうとしない俺に対して、声をかけてきたのはノラだ。
「僕は、まぁ、昔、盗賊とかやってた身ってのは話したことあったと思うけど──。そうだな、僕は、レオの隣にしばらく立ってきて、なんだか良く分からないけど、真っ直ぐな人だなとは思ってたよ。だからね、ちょっとだけど、僕も、今、立ち向かおうとしてるんだ。ドラゴンの時みたいにね」
ノラが言う表情は決して俺を怒るような、叱責するようなものでもなく、ただ事実を述べただけという淡々としたものだった。だから、俺は彼女が何を言いたいのかということを察しきるころができずにいた。
けれど、その言葉を言い残すと、ノラもまた、ドロリスに続いて歩きだす。目的地は決まっている、サイグネの村だろう。
俺は逡巡する。さて、ここで一歩踏み出してよいものかどうか。この場の雰囲気に流されてよいものかどうか。雰囲気に流されるのではなく、自分で決めなければいけないんじゃないのか。
迷った末、俺が出した結論は、一歩前へと歩みを進めることだった。彼女たちについていくことを決めたのだ。もう止めても無駄だろう。ノラもドロリスも、強い決心によってこの先へ向かおうとしている。出来ることなら、まだ、俺は彼女たちを何とかして一旦ドルムントへと連れて行きたいと思っていた。歩き続ける今でもそう思っていた。
しかし、それは叶わない。
俺は先ほどサイグネに砦もあるし国の軍も駐留しているはずだと言った。そんなものは、勿論、口から出まかせだ。いや、半分は正しい。おそらく、国の軍は駐留しているだろうし、もし俺が騎士団に所属していたとしたならば、そこに派遣されていたかもしれない。一方で、全軍がそこにいる訳もなく、先ほど俺たちがなんとか倒した──といっても、ほとんどドロリス一人の力で倒したドラゴンくらいの強さのモンスターが出てきたら、その一匹の対処で精一杯といったくらいの規模だろうと予想出来た。
勿論、応援の要請がドルムントへと入るのは確かだ。いくら魔法技術が進歩していると言えども、ある一定の距離が開いていれば、中継諸々の時間を考えても伝達には多少の時間が必要だろうし、それ以上に王国騎士団の本部隊がサイグネへと移動してくるには、あまりにも時間がかかりすぎる。
つまり──サイグネの村を救える可能性があるとすれば、ドロリスほどの力ある者が、サイグネに駐留している軍に合流するしかないというのは俺も分かってた。
そのことを、ドロリスはもちろん、ノラも分かっている。そのうえで、彼女たちはサイグネの村へと向かっているのだ。だから、もうそれを引き留めることは俺には出来なかった。
そして、そうなってくると、彼女たちを守るには、俺は彼女たちと行動を共にする他ないという結論に至る。
アルマネの村を出る。
サイグネの村への道のりは、さほど困難なものではなかったが、道中のドラゴンの死体は依然としてそこに君臨し続けており、サイグネの村のギルドが回収を行えるような状態にはないということを示していた。
流石に一日歩き回ったということ、既に日が落ちてしばらくたっていたということから、俺たちは道中で数時間の休憩を取る。本来ならば、アルマネの村で取りたかったところだったが、村を出てしまった以上仕方がない。メンバー全員が、ノラも含めて、そういった冷静な判断をできるような状態ではなかったということが、移動というちょっとした頭を休める時間において自覚出来た。
「このまま行っても何の役にも立てない」
という俺の言葉は、ノラとドロリスの冷静さを取り戻させ、数時間、交代で見張りをして休みを取る。ほんの数時間でも、俺たちの体からはそれなりに疲れが取れ、朝日が昇るよりもかなり早く、俺たちは再び行動をスタートする。
「……戦闘は──まだ続いてる、みたい」
ドロリスが定期的に観測用術式からの微かな情報を得ていることから、まだサイグネの村が陥落していない情報を得つつ、俺たちは歩みを進めていった。
サイグネの村へ差し掛かるにつれ、モンスターの数は次第に増えていった。
俺は、その度に、剣を握った。大盾という特殊な防具は、まるで俺に剣を握らせることを拒むかのように、障壁として俺の前に立ちはだかっていたが、それでも、俺は剣による攻撃を諦めなかった。
現れるモンスターたちは、良く見たことがある、ゴブリン、スライム、はたまたオークといった、一般的に辺境の村周辺に住む何の変哲もないモンスターたちだったから、俺の剣の実践相手としては実に都合が良く、両手で大盾を振り回しつつ、隙を見て剣を取り攻撃、大盾に収納し敵のカウンターを防ぐ、といったような俺なりの戦闘スタイルを確立していく。
後ろでは、ドロリスやノラがバックアップをしてくれていたし、付け焼刃ながら身につけつつある俺の新しい戦い方は、下級程度の力しか持たないモンスターたち相手には非常に有効そうに感じられたし、手ごたえもあった。
俺が剣を取り戦う姿を見て、ノラやドロリスは少し怪訝そうな顔をしていたが、それもきっと最初だけのはずだ。もう少ししたら、この俺の強さが彼女たちにも伝わるに違いない、俺はそう考えていた。
「……ついた、わね」
到着したのは砦だ。最近築かれたばかりの砦は、街への主要通路に位置しており、城壁とまで呼べないながらも、急ごしらえで積み重ねられた土塁、それの前面に掘られた簡易な掘りは、モンスターが押し寄せてくるであろう方面を中心に、アルマネの村一帯を囲むようにして築かれている。
俺たちがその視界にそれら砦を収めた時、既に、その場は静まり返っているように思えた。朝の僅かな霧が視界を遮り、その先にあるはずの村の様子は、この距離では窺い知ることができない。
「……終わっているのか?」
歩きながらら、近づきながら、俺はぽつりと誰に問うでもなく呟く。朝日が微かに俺たちの姿を照らし、それに伴って、砦の周りに大量のナニカがいることに気が付く。いや、正確には、いる、ではなく、ある、だった。
ナニカはすでに動いてなどいなかった。それは──死体。死屍累々、あるのは血の海、肉の海──。
ナニカとは、人であり、モンスターであり、それら全てであった。それが意味するのは、ここで戦闘が行われたということ。白兵戦が行われたということ。中には、王国の鎧を見につけた連中も多く在る。だが、それらは決して動くことなく、沈黙していた。
「……ッ!」
俺だけでなく、ドロリス、ノラの頭の中には、戦闘が終わっている、というワードが浮かびあがった。同時に──その終わりとは、果たして自分たちにとって、良い終わりなのか、悪い終わりなのか、そのどちらなのかということを知らなければならないという思いに駆られた。
確かめなければならないという思いは、俺の頭ばかりを焦らせ、一体どうしたらいいのかと、身体を動かさせることさえ許してくれない。見渡すばかり。死体、死体、死体。血、骨、異臭。それらが、早朝特有の薄い霧の中に沈んでいる。
ガサッという音がする。俺を含めた全員がその方向を向く。そこに見えたのは──人間。
「ん? なんだ? おぉう、君たち、そんなところに立って、どうした」
声をかけてくる。よく見れば、土塁の向こう側には、かなり大勢の人がいるように見えた。距離が離れていたということと、目の前に広がる無数の死体に目を奪われ気づいていなかったのだが、耳を澄ませば、微かに、人々の生活音が聞こえてきていた。朝になって、人が動きだした、という具合だろうか。どうやら、俺の不安は、杞憂に終わったようだ。
「あ、えーっと、僕たちは、アルマネの村へ調査に行ってて、サイグネの村が襲われていたと聞いて、戻ってきたんです」
あっけにとられている俺より先に、今の状況を判断したであろうノラが俺たちに近づいてくる数人の人間に話しかける。すると、相手は少し驚いた顔をしてから、
「おぉ、おぉ! あ、そうかぁ! じゃあ、ほら、ギルド行ってさ。そこで詳しく話聞くといいよ。見ての通り、その通りの状況なんだがな……今は少しでも人が必要だ。良く戻ってきてくれたよ、ホントに」
苦笑しながら言う。その言葉で、ようやく、俺は、サイグネの村が窮地を脱していたことを認識し、少しだけ安心感に包まれる。今から行われるのは、この戦闘によって出来てしまった大量の死体の山の処理であったり、破壊された砦や防壁の修理だったり──そういったことなのだろうと予想できたし、その事実は俺の心の僅かな平穏を呼び込んだ。




