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これが俺のM騎士道  作者: 上野衣谷
第三章「魔の影とドラゴンちゃん」
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第12話

 ──剣。俺の腰に収められていた、一度も抜かれることのなかった剣。本来、白兵戦において必要となる騎士の代表的な装備である。騎士団に所属していた時から、一度も使わなかった剣は、ギラリと輝き、よく研ぎ澄まされていた。武器の目的とは、相手を攻撃することにある。防具とは逆の存在。そして、俺は、これまでその武器を手にしようとはしていなかった。

 それは、決して、俺が人を傷つけたくないだとか、そういった綺麗な理由で彩られてなどいない。そこにあったのは、俺の私利私欲を満たすためには必要なかったというマイナスな要素のみ。しかし、今の俺は違った。

 今の俺には、俺の仲間を守りたいという思いがある。その思いは、俺が今、この場で剣を握るための理由としては十分過ぎるものであった。

 俺は、手にした剣を、思いっきり、力の限り、ドラゴンへ向けて、投擲した。ドラゴンの足元へ駆け寄って切り付けるという動作を行うには余りにも残された時間が少なかったし、何より、俺はそんな訓練をしたことはほとんどない。とにかく、ドラゴンの注意を俺に向けるという目的を果たさなければならないというその一心であった。

 距離は決してそんなに離れてなどいない。近い距離。投擲した剣がドラゴンの視界に入る。


「当たれ!!」


 俺が思わず叫んだ。巨体で避けようなんてないし、それにしたって当たったとしても、大したダメージは与えられないかもしれない。だが、俺は渾身の思いで叫んだ。

 ドラゴンは、チラリと一瞥すると、ブレスを吐こうとする動作を一瞬止め、前足で、その剣をひょいと薙ぎ払う。終わりだった。俺の攻撃は、そこで終わり。


「くっ……!」


 けれども、俺が何とかして稼いだそのわずかな時間は、戦況を覆すのにはあまりに十分過ぎるということに、俺はその直後、その事実に気が付くことになる。

 訪れたのは終わり。鳴りやまぬ轟音、連続的な爆発、ズォオン、ドォオン、という爆音が、雷が落ち続けるかのように、ひたすらに鳴り続ける。どれだけ続くのか予想がつかない程に、ドラゴンの回りで破裂し続けた。

 ドラゴンの悲鳴が聞こえる。いや──もう、それは、悲鳴なんかじゃない。鳴き声だ。俺の前にいたドラゴンは、決して人の姿を取り戻すことなく、もがき、苦しみ、そして、ついには動かなくなった。

 圧倒的な威力だった。あまりの出来事に、俺はしばし呆然としていた。ドラゴンは最後まで人の姿を俺に見せることなく、けれども、どこか寂しそうな顔をして死んでいった、ように思えたが、もう俺にはドラゴンの顔を人の顔として見る力はなく、果たしてそれが事実なのかどうなのかということについては、恐らくこの場の誰もが分からなかったことだろう。


「ふぅ……今、回復魔法かけるから」


 まず先にノラが動き始める。俺とドロリス二人に回復魔法をかける。


「…………」


 俺は、ずっと押し黙っていた。


「どうした?」


 話しかけてきたのはドロリス。


「……ん、ああ」


 俺は曖昧すぎる返答をする。何が、どうした、というより、何も考えられていなかったというのが正しい。そして、しばらくして、ノラの回復魔法によって傷が癒える頃になってようやく俺に、ノラ、ドロリスが無事生存し、ドラゴンを倒すことが出来たんだという実感が宿ってくる。


「勝ったんだな」

「ええ、そうね」

「こ、怖かった……」


 二人の返答があることで、やはり、この戦いには無事勝利したんだということを飲み込む。長かったような、短かったような、そして、俺の中で、モンスターに対する見方が大きく変わった戦いでもあった。

 騎士団に居た時とは違う。あの時、人の死を見てこなかった訳ではない。当然、悲しみもした。しかし、今は、それとは違う。俺の盾にかかっているんだ、と強く思った。


「ありがとう、二人とも」


 俺は、自然とお礼を言っていた。ドロリスはきょとんと顔をしていたし、ノラは照れくさそうな顔をしながらも、


「何言ってるの、今更!」


 なんていう照れ隠しを大きめの声で言う。俺が、幸せを感じた瞬間であった。


「よし、後は、このドラゴンを倒したってことを通信魔法でサイグネの村へと連絡して、報酬貰って、と」


 ノラが一人手続きを手早く始める。その横で、ドロリスが思い出したかのようにぽつりと口を開く。


「……あ、そうそう。戦闘中は言う暇がなかったのだけれど」

「ん、何だ?」


 ノラが手続きを行っているため、俺が代わりに話し相手になる。ノラも目線を向けて、聞いている旨はアピールしている。


「あのドラゴン、おかしかったと思わないか?」


 ドラゴンに対する違和感。確かに、ない訳ではない。俺も戦っている最中に感じていた。それは、あのドラゴンの表情──だが、ドロリスはそれではない重大なおかしさを指摘する。


「黒いドラゴン──もちろん、私が見たのは初めてだ……。私はこれでも、沢山の書物を読んできたし、沢山の真実を知ってきた身でもある。しかし、その中でも、黒いドラゴンで、且つ、ブレスの攻撃が熱気によるものというドラゴンは、見た事がない」

「……確かに」


 表情は読み取れないドロリスだが、その言葉には、少しの説得力があった。ドラゴンとは、身体の色によって、どういった環境に住んでいるだとか、そういったことが分かるのだ。


「でも、新種ってことは?」

「もちろん、その可能性はある。だけど、もう一つおかしいところがあってね」


 ノラもごくりと息を飲む。


「ドラゴンが、人里に、ああも積極的に侵攻してくるなんてことを、私は過去聞いた事がない」

「あー、うん、たし、かに」


 ノラも同意のようで、無言での肯定。彼女が知らないとなれば、少なくとも、最近の冒険者の間では起きていなかったことなのだろう。


「知ってるように、ドラゴンという種族は、自然を守る、いわば守り神のような存在。無論、食物連鎖の頂点に立つが、故に、自らの食物連鎖のピラミッドを崩そうなどということはしない。ドラゴンが戦う時は、決まって、何かがそのピラミッド、バランスを崩そうとした時だ」


 ドロリスが語る言葉におおよそ間違いはない。ドラゴンによる冒険者の死亡例はいくつもあるが、そのどれもが、冒険者達が果敢に、そして、無謀に、ドラゴンの支配する領域へと侵入した時なのだ。ドラゴンは決して温厚な生物などではない。それは、先の戦闘において、十二分に経験できた。しかし、その一方で、戦いをひたすら好む好戦的な種族ではないということは、歴史が物語っていた。


「……進もう、やはり、確かめないといけない」


 ノラの連絡が終わったのを確認して、ドロリスは、歩みを進め始めた。向かう先はアルマネの村。




 アルマネの村に最初に足を踏み入れたのはノラ、続いて、俺。ドロリスが心なしか重そうな雰囲気でそれに続く。

 アルマネの村に差し掛かるにつれ、徐々にモンスターは数を増して行き、その事実が、アルマネの村という名前の村は既に人の住む所ではなくなったということを意味していた。

 死体は白骨化している。正しくは、食べられるところは全て食べられた、だろう。がさ、がさ、と村の中には生き物の動きが伝わってきて、沈みゆく夕日がより一層不気味さを際立たせる。

 歴史上、人の領域がモンスターに侵されたことがなかった訳ではない。しかし、それは大昔の話。まだまだ大陸中央では人同士の戦いが繰り広げられているという話も聞くが、辺境の国にずっと身をおいている俺からすれば、こうした廃れた村というのを見るのは、当然初めての経験であった。

 死にゆく人は見てきたが、こうした景色を見るのは、それとはまた別の、虚しさというか、そういった灰色の感情を抱かせた。それは何故だろうか、何がそうさせているのかと言われれば、この景色全てと、聞こえる音、光の量、はたまた気配、全てが原因となっているのだろう。

 人の住む場所として成り立っていないながらも、夜を越すのには、森の中よりは余程マシと言える。壁がある建物があるだけでも、夜の見張りの人間が少なくて済むからだ。夕日の中、村を散策しながら、さて、俺はいよいよ、ドロリスに確かめなければいけないことを聞いた。


「──それで、何か、目的のものはあったのか?」

「……ええ、分かった。残された魔力……間違いないわね」

「魔力?」


 謎めいた物言いに興味を引かれたノラが俺の代わりに尋ねる。


「原因──そう、原因。それは、私の推測で間違いなかった」


 ドロリスの中では、色々な事実が結びついているのだろうが、俺から聞くと何も手がかりが足りていない。まず、そもそも、ドロリスは何を調べにここまで足を運んだのか、そして、何より、


「……そもそも、ドロリスは、一体なんでここまで来たんだ?」


 ということ。明確な目的を俺は知らなかった。それは、ノラも同じ。ドロリスは、俺のその言葉が聞こえていないかのような様子で、村の建物の壁、かつてそこにあった穀物、などなど、見渡していたが、ふと、何か思い出したように表情を変える。ほんの少しの笑みの後、ドロリスは口を開いた。


「ドラゴンを倒してもらったし、それに、レオにだったら、話してもいいか……女に聞かれるのは少しイヤだけれど」

「な、なんですって!」

「まぁ、まぁ」


 こんな時に喧嘩をしている場合ではない。俺はノラをなんとか宥めると、ドロリスが続きを話し始めた。


「私は、このアルマネの村の外れ、モンスターの領域により近い場所に住んでいたわ。そして、この村が襲われるということを、モンスターたちが来る少し前に知った」

「知った? なら──」


 俺が言おうとしたのは、当然、それなら、村に早く知らせて回るなり、もっと言えば、国へと急報を知らせればなんとかなったのではないか、ということ。しかし、それがそれを口にするよりも前、ドロリスがそれらの可能性について否定する。


「もちろん、したかった。だけど、あまりにも遅すぎて──そして、私の力が弱すぎた。私が知れたのは、モンスターの領域にそれなりの数、私の観測用術式を敷いてあったから。単純なことでは破壊なんてされないし、もっと言えば、その存在を察知出来るは相当な魔力を持った、知性を持つくらいのモンスター……。だけど、その術式は破壊された。だから、私は、村の危機を悟ったのよ」


 俺がなんとも言えない顔をしていると、ドロリスはさらに続けた。


「さらに言うなら──私は村の中で一番力があった。だから、本当は、私は、村を守らなければいけなかった……」


 ドロリスは、けれども、その乾いた表情を変えようとはしていなかった。あくまで、仕方がない、どうしようもなかった、という顔をしているように思えた。


「結局、私はその敵の正体が何かということを観測するよりも前に、観測用の術式を破壊されてしまった。そして、私は誰よりも早く、この地を去った。だからこうして、現地に来て、その痕跡を見なければいけなかったの」


 ドロリスは口にしていないが、俺はその行動理由についてなんとなくの察しはついていた。つまるところ、守らなければいけなかったという責任感からの調査だということだ。守れなかった罪悪感を拭い去るための行為──報酬といった面も勿論あるのだろうが、それは二の次で、彼女は、自分が守らなかったこの村に対して、嘆いているのだろうということが推測出来たし、今の俺には共感もできた。


「大変ね」


 ノラがぽつりと呟き、問う。


「……それで、敵は?」


 ノラの質問に、ドロリスが答えようとして、突如、その表情がこわばる。まるで、何かに気付いたように、普段とろりとしている目が丸く見開かれる。その視線の先には、何がある訳でもなかった。宙を舞う視線。何か見えているかのように、表情が悔しそうなものに、いや、悲しそうなものに変化していくのが分かる。


「お、おい、どうしたんだ!」


 俺は、その表情の変化から、今、ドロリスの身に何かとんでもないことが起きているのではないかと悟った。この表情の変化はノラの質問に対しての返答ではないということ。俺はとっさに、この場で治療などの行為を得意とする唯一の存在ノラを呼びかける。


「ノ、ノラ!」

「えっ、なっなに!?」


 ドロリスの様子がおかしいのはもう誰に目にも明らかだった。ドロリスは、とんでもない失敗をしてしまったかのように頭を抑えている。あのドラゴンからのダメージが彼女の身体を蝕んだのか、あるいは、もっと違う何かしらの原因があるのか。ノラが、すぐにドロリスの様子を伺い、身体を調べようとした時、ドロリスは顔をあげ、表情を何とかいつものものに戻そうとしていた。



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