第11話
さぁ、始まるぞ、ドラゴンちゃんとの戦いが……! 俺の心は昂っていた。まずは、拝顔!
ドラゴンが近づいてくるにつれ、その顔が明らかになってくる。ドロリス、そして、ノラにはとても凶悪なモンスターに見えていることだろう。全体的に黒っぽいのが分かる。こと、ドラゴンというモンスターについては、色とは力の源の種類、特徴を表していることが多い。例えば、赤を基調とした色を持つドラゴンならば、ブレスは熱に関するものだということが予想できるし、青を基調とした色ならば、ブレスは冷気に関するものだということが予想できる。
では、黒を基調としたドラゴンは一体何を意味するのか。答えは一択ではないが、恐らく、恐らくだが、俗に闇の力と言われる悪魔系統のパワーを宿しているのではという推察ができる。
「……汚染されているのか?」
ドロリスが呟いた一言。汚染とはなんだろうと考える。毒、だろうか? 確かに、毒による攻撃を行ってくるという可能性も捨てきれないが、ドロリスの言葉は何やらもっと重要な意味を持っているような気がする。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
後数秒もしたらドラゴンによる第一撃が開始されると思われた。大きさは──家が一つ、程度だろうか? ドラゴンにしては小ぶりのように見えるが、大きさだけで強さを把握できる種ではない。大きければ強いという訳でもなければ、小さければ弱いという訳でもない。
俺の前の前に迫るドラゴンちゃん。そのお顔は──一言で言えば、これまでに感じた事のないような、狂気。俺の能力は相手を人間として、人型にして見ることができるというもの。だからこそ分かるその表情。人は人の顔から表情を強く読み取ることができる生き物だ。しかし、普通、人間以外の顔の生き物に対してその表情を読むということは困難である。しかし、俺はモンスターが人型に見える。だからこそ、その表情が、ドラゴンちゃんの表情が、我を失い、狂気に陥り、何かに怯えるような、それでいて、その怯えを拭い去るために何も振り返らずにひたすら破壊をするのだというような壮絶な怒りに苛まれているものだということが良く分かった。
表情だけではない。感じるのは強すぎる殺気。
次の瞬間、ドラゴンが熾烈な攻撃を繰り出そうとする。そのあまりの勢いに、俺は、思わず身構えた。
「ぐっ……!」
大盾を全面に押し出し、いつものように衝撃をうまく受け流そうとうまく傾斜をつけることさえ忘れて、ドラゴンの直接的な攻撃のダメージをもろに受けてしまう。
なんとか両足を踏ん張って耐えたものの、肉体がギシギシといい、身体を動かせ、次の攻撃に備えろという俺の脳からの指令を身体が拒否をするという状態が数秒続く。一撃でこんなことになってしまったことを反省し、なんとか踏ん張り、状況を確認。
ドロリスは、俺の様子を少し見ながらも、呪文の詠唱を続けているようだ。その詠唱はまだまだ続くと思われた。何せ、敵の強さがスライムクイーンの時とは桁違いである。威力を上げようとすれば上げようとするだけ、詠唱はそれに比例するようにして長くなる、そういうものなのだから、仕方がない。
ノラは、後方から俺の体へと補助魔法をかけるタイミングを伺っている。どうやら、攻撃される時を見計らってダメージ軽減、及び、肉体の損傷を回復するという魔法をかけてくれているようだった。ありがたい限りであると同時に、そんな行為をちょっとばかり自分の劣情のために利用している自分に対して罪悪感が沸きつつあった。すまん、ノラ。先ほどの第一波が、俺の身体を打ち壊してしまわなかったのも、彼女のサポートがあってこそなのだろうと予想できた。
俺は再びドラゴンに向き直る。
「い、いいぞ、いい、はず、だ!」
俺は考え直す、恐れるな、と自分に言い聞かせる。
目の前にいるのはドラゴンちゃんのはずなのだ。うん、確かに、恐ろしい顔をしているが、可愛く見える、そう思えるはず、なのだ。
彼女の壮絶な攻撃を受けることで、俺は、快楽を得ることができる、はずなのだ。ドラゴンちゃんの攻撃は、憎しみを込めた一撃。その一撃は、俺を粉砕せんとばかりに重たい。しかし、ドラゴンちゃんは一撃で攻撃をやめることはなく、俺の生死を確認するよりも先に、次の攻撃モーションへと入る。
その巨体を使い、四肢を使い、薙ぎ払うかのように繰り出される一撃は、しかし、薙ぎ払うのではなく、常に俺を潰し、動かないモノへと変えようとしているという意図が汲み取れた。
「……大丈夫!?」
後ろからかかる声はノラのもの。俺へのサポート魔法を送り続けているのだろう。しかし、俺はそちらへ返事をする余裕さえなくなっている。攻撃を楽しむ、という感情が俺からなくなろうとしていた。死んでもいい、なんてことを考える余裕さえなくなっていた。
けれども、一方で、ノラの心配はしっかりと心へと届いていたし、最初は逃げようとしていたノラがこうして立ち向かっているということに対して、俺はいささかの感動を覚えていた。
「ギァアアアア!」
という、こちらを威圧するかのようなドラゴンの鳴き声は、悲鳴にさえ聞こえる。
そんなドラゴンちゃんの表情は凶悪。凶悪過ぎる。恐ろしい。こちらが少数ということを考えてか、ドラゴンは、今のところブレスを使おうとしなかった。あまり連打する魔力の蓄積量を考えると底をつきかねないブレスという凶悪な攻撃を温存していてくれるのはこちらとしては非常に助かることであり、その間になんとかドロリスの詠唱が終わってくれないかということを祈るばかりだ。
俺の肉体は悲鳴を上げていた。うん、気持ちいい、かもしれない、しかし──あまりの強敵に、俺の意識はドラゴンというよりは、仲間へと注がれていた。
何故だろうか、先ほど感じた罪悪感が、じわじわと俺の心を蝕みつつあるような気がした。
ドラゴンの攻撃を凌ぎつつ、俺は、今考えても仕方のないことを考えようとしていた。重たい一撃が意識を朦朧とさせようとしていたということがその思考を引き起こしてしまったのかもしれない。
かつて、俺は騎士団に所属していた。その時の方が、今よりもたくさんの仲間に囲まれていたし、戦闘の時も、自分が好き勝手やっていても他がなんとかしてくれるというちょっとした安心感があった。安心感、といえど、その当時にそんなことを考えていた訳ではない。今だからこそ、そう感じるというだけの話だ。
けれども、今はどうだろうか。ドロリスの魔法はとても強力なものだ。きっと、詠唱を終えることが出来れば、このドラゴンを倒すということも可能なのだろうが、けれども、それも俺という盾があってのこと。ノラもとても優秀な冒険者だが、彼女一人ではなかなかモンスターのテリトリーの奥地へたどり着くということは困難であろう。互いにとって、互いが必要不可欠、そんな関係になっているというのは考えなくても明らかなことだ。
「そ、そうか……」
俺は、ドラゴンの攻撃を、ノラのサポートを受けて、なんとか凌ぎつつも、そんな独り言をつぶやかずには居られなかった。
俺は、気づいてしまったのだ。今、自分が置かれている現状に。俺が、俺のために冒険をしたいと思っていたあの頃、俺が、俺のためにモンスターちゃんたちの攻撃を受けて、被虐心を満たそうとしていたあの頃とは、全く違う状態に置かれているということに──。
刹那、ドラゴンが、これまでの攻撃とは異なる動作をしようとしているのが目に入る。それは、ドラゴンが俺の守りを突破するのには、同じ方法では何ともならないと判断したということを意味していた。
「あ、あぶないっ!!」
埒が明かないと判断したであろうドラゴンが行ったのはブレス攻撃。それは、俺一人の大盾で凌ぎきるには非常に難しく、広範囲に広がろうとするブレスを、一歩前に出ることによって何割か、なんとか凌ぐものの、残りのブレスは俺のかなり後ろに構えていた他のメンバー、ノラ、ドロリスに向けて散っていく。
「きゃっ!」
「────!」
ノラがなんとか補助魔法にてダメージを軽減しようと試みたが、俺に守りを集中させていたためにその動きは遅れ、また、軽減量も小さい。ドロリスは詠唱をやめないながらも、なんとか堪えているようだったが、次はないだろうというくらいのダメージを受けているように思えた。二人の顔は険しく、その傷は決して小さいものとは言えない。
ブレスはものすごい熱気であった。同時に、何かしらの魔力が込められていたように感じた。いずれにせよ、その威力は高いと言わざるを得ない。
俺は視線を戻す。メンバーからドラゴンへと向き直り、再び、この凶悪なモンスターの攻撃を受け続けなければならないと身構えようとする。もはや、俺にとって、このドラゴンは、モンスターのドラゴンだった。もうドラゴンは、ドラゴンちゃんではなくなっていた。
つまり、俺が視線を向けた先にいたのは、紛れもなく、正真正銘の──ドラゴンだった。
「……な」
どういうことか、そのドラゴンは、人型をしていなかった。始めてみるドラゴンの姿。俺の目は、確かにそのドラゴンの形を、今、ノラやドロリスが見ているであろうドラゴンの形として捉え、脳もそのままの形を認識していた。
そこに居たのは、黒く、硬そうな鱗に全身を囲まれ、赤い鋭い目をこちらへと向け、口元からはブレスの微かな残りがシュワ、シュワ、と吐き出されている凶悪な生物だった。殺意を溢れんばかりにこちらに向け、排除する以外の思考をしているとは思えないそれは実に禍々しく、このモンスターの進路に立たされた者はただ蹂躙され、破壊され尽くすことを意味しているかのように思えた。
その進路上には、サイグネの村があったし、何より、今現在、すぐ目の前に俺──そして、何より、ノラ、ドロリスという大切な仲間がいた。まだ一緒に過ごした期間は短いながらも、もはや俺にとってノラとドロリスはなくてはならない存在であり、同時に、彼女たちにとっても、俺という騎士はなくてはならない存在となっているのだと俺はこの時、この窮地に立たされて、ついに初めて気づかされた。
俺の前にいるモノは、俺の被虐心を満たすような存在ではなかった。こんなものに攻撃されたところで、俺の被虐心は満たされるはずなどない。
俺は、いつかの上司の言葉を思い出していた。
「誰かを……守りたい……か」
案外、そういうのも悪くないんじゃないか、と俺は思った。格好いいことなんじゃないかと、この時、俺は思った。今この状況においては、何よりも大切なことなんじゃないか、と俺は考えたのである。
目の前に立ちふさがる敵は、とても強大で、ちっぽけな人間である俺が立ち向かえるのかと考えると、足が震えそうになる。しかし、ここで引けば、自分はまだしも、ノラやドロリスの命はなくなるといっても過言ではないだろう。
立ち向かうしかない。
俺の頭には、その結論だけが残った。ノラのサポート魔法を受けつつ、俺はドラゴンの攻撃を一歩も退かずに、奮闘を続けようとする。
体が蝕まれていくのを感じた。感触事態は、スライムクイーンと戦った時のものと変わらない。しかし、俺は恐れていた。俺が死ぬということを、そして、何より、仲間が死ぬということを。俺は、失うということを恐れたのだ。
突如、ドラゴンが咆哮を上げる。咆哮は耳をつんざかんとする怒声。憤怒。それが誰に向けられたものかということを想像する。
「……もう少し、詠唱!」
後ろからのノラの声で、その答えが分かる。ドロリスから溢れ出る魔力に、ドラゴンがその身の危機を察知したのだろう。ドラゴンがもう一度、ブレスを吐こうとする動作、俺はそれを見逃さない。
ドラゴンのブレスが放たれてしまえば、次こそドロリスの詠唱は止まってしまうだろうと思われた。先ほどの、一度目のブレスで、集中を切らさずに唱え続けられたということ事態が相当なものなのだ。二度目はない。
俺は考えた。どうしたらいいか。このブレスを全て受けきることは、何をどう考えても不可能に思われた。たとえ、一度目よりも早い段階でこうしてブレスが放たれるということに気付いていたとしても、それでどうこうなる問題ではない。広範囲に及ぶブレス攻撃を俺一人で全て受けきるというのは無理、これは、曲げようのない事実なのだ。
「どうするどうするどうする、考えろ、考えるんだ」
独り言は呟かれ、そして、俺は盾を片方の手だけで持ち、地につけた。そうすることによって、もう一つの手が空く。俺は、その空いた手に握りしめる。




