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これが俺のM騎士道  作者: 上野衣谷
第三章「魔の影とドラゴンちゃん」
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第10話

「──だからね、立ち位置的に、勇者っていうポジションは僕な訳。ね、そうでしょ」

「うーん……まぁ、確かに、俺は魔王を倒そう、と心に決めている訳じゃないしなぁ」

「若いわね。勇者と呼ばれるのが一人だなんて誰が決めたの?」


 くすくすと笑うドロリス。まるでかつて勇者を見たかのような口ぶりである。うーん、何歳なのか、いよいよ気になってきたぞ……。


「ところで、この先は、結構危ない、んだよな?」

「ギルドに聞いたところによるとね……」

「なに、私がいるんだ、大丈夫」


 周辺のギルドは、アルマネの情報収集にも力を入れ始めたらしく、今回、自分たちがアルマネ付近へ行くと言うことを告げると、是非何か分かったら教えて欲しいという依頼を受けていた。

 その代わりといってはなんだが、アルマネ付近の現状について、今の段階で、サイグネのギルドが保有している情報を開示するということで、情報を多少なりとも受け取っていたのである。といっても、だ。魔王が出たのでは、なんていう不確定な情報がドルムントにまで届くくらいに情報が不足しているようなあやふやな状態なので、あまりアテにはならない。

 冒険者の連中としても、それなりに高い報酬が貰えるのならまだしも、みすみす危険な地に踏み込む連中は少ないということなのか、この地に来た冒険者たちがことごとくこの地に倒れてしまったのか、その両方か……。いずれにしても、警戒して進むに越したことはない。

 ゆえに、先頭はもちろんノラ。サイグネとアルマネを結ぶ、細いながらも通商路として使われていた道を歩いてもう結構な時間が経っている。通商路である訳だから、見渡しはそれなりに利く。であるがゆえに、雑談をする余裕も生まれているのだ。もう一つの理由として、俺もノラもサイグネとアルマネとの間の正確な距離を知らないということがある。ドロリスはそれなりに知っていそうなものだが、俺とノラは方向こそ知っているものの、どこあたりに砦があって、どこあたりに元アルマネの街があるのかを知らない。故に、雑談でもしないと暇なのだ。


「……ドラゴン、だったと思う」


 ふいに、ドロリスが呟く。ドラゴン──モンスターの中でも古くから知られる伝統的な種族の一つである。


「ドラゴン……?」


 俺はその言葉が何を意味しているのか知るべく、ドロリスに聞き返す。ノラが、少し不穏な──一瞬、歩みを止めたような気がしたが、それは、気のせいだろうか?


「そう、ドラゴン、街を襲ったのは、ドラゴンだったと思うの。確証は、ないけれど」

「ドラゴン、って言ったら……俺は戦ったことがないな」


 そうなのだ。モンスターたちの領域の深いところや、山の奥深く、もしくは、洞窟の深部といった場所に生息していること、基本的には好戦的ではなく、ドラゴンと一言に言っても多種多様のドラゴンが存在し、それらは自らのテリトリーを守りこそすれ、人間の領土に侵略してきたという話はおとぎ話くらいでしか聞いた事がない。古くからいるモンスターだということもあってか、とても多くの文献が存在するが、その多くは、ドラゴンの身体から取れる幻の秘宝などなど、そういったものを何とか手に入れようとする言ってしまえば醜い人間の冒険譚によるもの。恐れられてはこそすれど、ドラゴンが人間のテリトリーに侵略したという事実は伝説上の出来事くらいでしかないと言える。

 だから、俺は戦ったことがない。騎士団として戦うのは、あくまで国を守るため。ドラゴンなどというモンスター群とは遭遇のしようがないのである。

 つ、ま、り、だ。

 戦いたい! ドラゴンちゃん、文献によれば、灼熱の炎であったり、もしくは、凍える冷気、はたまた毒、等々──ブレスと呼ばれる種固有の攻撃を行ってくるモンスター。その巨体は、俺の想像するところによれば、とてもとても大きい。どのくらいだろうか、家が一つじゃ済まないだろう。二つ、三つ……。大きい子は好きだぞ、俺は! つまり、繰り出される物理的な攻撃は、一撃で俺の身を踏みつぶさんとするばかりの攻撃だろうということが予想できる。

 普通の騎士なら、まず、恐れをなして逃げ出すだろう。勇敢な冒険者といえど、ドラゴンの巣に潜り込んで生きて帰ってきただけで伝説級と呼ばれるくらいだ。それくらいに強い。力強い、尊い、パワフル、マックス! グレート! そんなモンスターちゃんであるドラゴンとは、是非、死ぬまでに一度対面してみたいものであり、攻撃をしっかりと受け止めてみたいものである。


「どふぅ、どふふふ!」

「……ど、どうしたの」


 ドロリスがおびえたような目で俺を見てきたため、俺はゴフンと一つ、咳払い。俺としたことが、つい、よだれが垂れてしまった。我を見失うというのはこういうことか。前を歩くノラが無反応なのが少し気になるが、彼女もたまにはセンチメンタルな気分にでもなるのだろう。一人前を行く者の特権、今は一人にしておいてあげようなんて俺の騎士道精神(大嘘)がささやいているぜ。


「……引き返さない?」


 その時聞いた声。

 一瞬、俺の心の中の声かとも思えるほどに、その声は低く、男、とまでは言わずとも、少年が発したような、女の子にしては低い声だった。声の低さは、調子の悪さ、気分の悪さを表していたようである。

 前を歩く、ノラの足が止まったということに俺はすぐに気が付いた。ぶつかりそうになる前に俺もドロリスも一旦は歩みを止める。同時に、引き返さないか、という提案をして来たのは俺の心の中の声などではなく、ノラの呟きだったということに気が付く。ノラが足取りを止めなければ気づかないほどに、その声は、普段のノラの明るい様子とは違った暗いものだったからだ。


「おい、どうしたっていうんだよ」


 うつむいて歩みを止めているノラ。止めているというよりは、その場から動けないのではないかというような雰囲気にも感じられる。


「……トラウマ、ってのかしら」


 ドロリスが平坦な顔のまま問う。ノラはゆっくりと頷く。


「とにかく、そのだな。事情を話してみればいいじゃないか。このまま引き返しても、俺たちの冒険者としての仕事がどうにかなるって訳でもないしな」


 引き返すわけにはいかない、という思いが俺にはあった。何故か、うん、言うまでもない。というか、さっき述べた。


「……いいわ、話す」


 ノラの話は思ったよりも重たいものだった。一言で言えば、それは、ドロリスが発してた、トラウマという言葉がちょうどぴったり当てはまる。


「──なるほどなぁ、ドラゴンに仲間を、ね」


 冒険者の死亡率というのは、それはもう高い。それなりの危険を冒しているからこそ、それなりの収入を手に入れることもできれば、時と場合によっては、勇者という名声を手に入れることだって出来る。そういう職業なのだ、冒険者、というのは。

 いなければ成り立たない世界かと言われたら、正直微妙なところだろう。魔法の研究の材料、はたまた、身近なところでは薬を作るための材料、といったように、モンスターたちによって生み出される副産物は経済の細かいところにまで行き届いている。冒険者たちがいなくなれば、それらの恩恵は失われてしまうだろう。そうしたらそれらの素材の価格は跳ね上がる。そうなると、必然的に、また、命を張ってもいいかなという奴らが、冒険者の世界へと足を踏み入れるに違いない。故に、冒険者の数というのは、ある一定くらいの人数を常に保っているのではないかと言われている。

 つまるところ、冒険者の死亡率が高いからといって、冒険者が減る訳ではなく、すなわち、ノラの話のような悲劇というのは、今日もまたどこかで起こり続けているのだ、悲しいことに。

 ノラは話をして少し落ち着いたのか、絶望に浸っていたかのような表情からいつもの表情へと少しだけ戻ったような、微妙な表情で続ける。


「だからね、僕は、メンバーは絶対に優秀じゃないといけないって思ってるの」

「ほう?」

「へぇ?」


 俺とドロリスが、ちょっと気の抜けた返事。


「てことは、あれか、俺とドロリスは、その腕には見あっている、と」

「あら、光栄ね」


 俺は、ふと、ノラが喧嘩別れをしていた時のことを思い出す、だからあんなにズケズケと物を言っていたのだろうか。その時のハングリーさというのは、彼女が相手を見極めるためには必要不可欠な要素だったのだろうと考えられた。

 ちなみに、ドロリスは、というと、なんとも読めない顔をしながら、空を見ている。一体何を見ているというのか。うん、分からん。謎少女だ。中身が何歳なのかは知らないけれど……。よくいえばミステリアス。悪魔と契約してそう。あ、いかん、見られた。俺は慌てて視線をノラへと戻す。


「うーん……でもなぁ、引き返す訳にもいかないしな」

「……そうね」


 ドロリスが少し間を置いて同意してくる。そもそも、彼女が言い出したことなのだし、彼女が同意するのは当然のことなのだが、どうにもその言い方が引っかかるような気がする……。


「……でも」


 納得がいかなさそうなノラ。それはそうだろう、トラウマのせいで歩みが止まっていたのだ。俺がここでしなければいけないのは、うーん、なんだろう?


「励ますことよ」


 ドロリスが呟く。心でも読まれているのだろうか。怖っ!


「そうだな! そうそう、だって、お前は俺とドロリスの実力をそれなりに買っているんだろう? なら、問題ないじゃないか」

「そういうこと」


 ドロリスがさっきから同意しかしてこない。深い意味はないのだろう、多分、自分で考えるのが面倒なのだ、そういう感じの顔をしてるもの。

 そして、俺としては、どうしてもこの先に進みたいのだ! だって、ドラゴンちゃんと戦いたいもん! ブレス受けてみたいもん! 凄まじい威力の物理攻撃をこの身で感じてみたいんだもん! い、いかん、また我を見失うところだった。

 俺が我を見失おうとしていたその時、突如、ドロリスが、あ、と声をあげる。


「それにね……やっぱり、どうやら、もう引き返すっていう選択肢は取りにくいみたいよ。ほら」


 ドロリスが、いきなり、前方を指さす。前方というは、俺たちが向かっていた先のこと。進む予定だった先のこと。


「……ん、なんか、見える? 来る? ん」


 なんとなく、予想がついてきた。差し迫ってくる、点。いや、正確にはきっとそれは点などではない。徐々に大きくなってきているのが分かるから、差し迫ってきているということが分かるのだ。点だ、黒い丸。今は、まだ。

 何故、迫ってきているのかということが分かるのか、その理由は、ドロリスから告げられたからかは分からないが、俺の肌にピリピリと感じる、緊張感、そして、威圧感、魔力の気配。それは、小さなモンスターのものなどではなかった。とにかく、凶悪なものだという予感だけがした。本能からくる感覚だ、理屈なんてものはない。そして、同時に、それは、前方から近づいて来ている何かだということも分かった。


「……うそ……」


 ノラの発見がドロリスよりも遅れたのは、予想するに、彼女の精神的な不調にあったのだろう。普段なら、より早く危機を察知することの出来る彼女だが、体調が万全でないということは能力を押し下げるのに十分だったということであり、その発見の遅れは、彼女を更にこの場に釘付けにするのには十分過ぎた。

 俺は、思わず、ノラの前へと歩き出る。途中すれ違うノラの手は不安げに片方の手で片方の手を覆い隠すようにして、胸の前へと構えられており、甚だ戦うという状態にあるとは思えなかった。俺は何と声をかけていいものか悩んだ末、彼女の一歩前へと無言で進む出ることこそが、声をかけることに匹敵することだと思い、その通りに行動する。

 黒い点は、かなりの速度でこちらに向かってきていることが分かった。どうして向かってきているのか、そんなことは分かったものではないが、とにかく、向かってきているのだ。ドロリスのもつ強い魔力に反応したのかもしれないし、ただ単にこの場を通り過ぎ、どこかへ行こうとしているのかもしれない。

 だが、後者であったとしたら──狙われているのは、──サイグネ。

 そして、そのいずれであるにしても、ドラゴンがこうも縦横無尽に空を駆けるという事態そのものは、異常、という一言につきる。

 しかし、ドラゴンの行動の原因がどうであれ、やるしかない、戦うしかない、今は。


「……やろう」

「もちろん、そのつもり」


 俺の呼びかけに賛同したのはドロリスだが、ノラもまた、コクリと頷いていた。


「……今度こそ、ね」


 ノラが小さく呟いた。そして、ドロリスは詠唱を始める。彼女の魔法は発動までに時間がかかる。しかし、敵がもうこちらへと向かってきていると分かれば話は別だ。こちらに接近するまでに詠唱が終わるとは思えないが、しかし、ドラゴンの攻撃をしのぐための時間は十分に短くなると思われた。

 あ、ゴーレムはもう出さないんだ、なんてことを思いながら、俺は、より前へと進み出る。あまり固まっていては、大きなドラゴン相手に俺が盾の役割を果たせないから。そして、俺が絶対に、ドラゴンちゃんの攻撃を独り占したいから!

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