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これが俺のM騎士道  作者: 上野衣谷
プロローグ「最硬の騎士とゴブリンちゃん」
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第1話

 ゴブリンとは、小さく小人のようでいて、その外見は恐ろしく、自分より弱いものを好んで狩り、また、大きな脅威に対しては団結して狩人のようにして襲いかかる習性を持つモンスターの一種である──。

 ──と、人は言うが、俺──レオポルト・マルトリッツはゴブリンのことをそのようには考えていない。

 ゴブリンとは、俺にとって小さな天使である! 小さいのに果敢にこちらを攻めてくるありがたい種族であり、人間が重厚な装備をして戦おうとすると、それに負けじと大勢で攻撃してくれるモンスターの一種なのだ。この攻める姿勢は、俺の被虐心を大きく揺さぶるものであり、何より魅力的なのはその数にある。多勢なのだ。大人数プレイという面において、ゴブリンに匹敵する種族は限られる。

 俺と、俺が所属する王直属の騎士団は今、そんなゴブリン退治に来ていた。

 ギエェー、という叫び声を上げながら攻撃してくる小さな集団はそんなゴブリンども。

 俺はゴブリンの攻撃を受けながら、敵をなるべく引きつける。しかし、決して反撃はしない。反撃なんてものは実に意味がない。敢えて言おう、逆転シチュとはドM最大の敵である。俺自らがそんな失態を犯すなんていうことは絶対にあり得ない!


「ゴブ~!」


 なんていう愛らしい声(俺の想像)をあげながら俺に対してこん棒での攻撃を試みてくる。それも一匹ではない。大量。この数こそが正義。小さい上に大量ということが何を意味するかといえば、大きな敵の大量よりも、俺の身体に触れることのできる人数が多いということだ。それは小さければ小さいほど多くなる。多いということは、それだけ多くの敵対心、攻撃心が俺に突き刺さるということであり、数の暴力は、一つ一つの思いは小さくとも俺の嗜虐心を満たすのに十分な強さになり得る。


「ほらほら~もっと攻撃してきてぇ~」


 なんてことを言ってもどうせゴブリンには伝わらないが、声を発することでゴブリンたちはより俺を特に狙って攻撃してくるようになる。俺の隣には数人の騎士がいて、どいつも俺と同じく重厚な装備に身を包んだ奴らだが、まだまだなっちゃいない。


「うわぁ! や、やられるぅうう!」


 なんてことを叫びながら肉弾戦を行い続けるもの、ゴブリンごときの攻撃によろめき、転倒し、仲間に窮地を救われる者など、てんやわんやしているのが良く分かる。守るべき騎士失格の行いだ! 騎士失格!


「ほらほら~ゴブリンちゃん! こっちだよ~」


 俺はそんな傍から聞いたら頭が狂ったのではないかと思われるような声をあげながら、実に数十匹のゴブリンたちに囲まれ、攻撃を受け続ける。しかし、何度も言うように決して反撃はしない。ゴブリンの特性ゆえ、武器を持たぬ俺の元へは他の騎士たちよりも多くのゴブリンが集まってくる。俺はその攻撃を受け続ける。重厚な鎧に身を包んでいるといっても、執拗な攻撃は徐々に俺の体力を蝕んでゆく。

 だが、それがいい!

 攻撃を受けることで俺の興奮ボルテージはたまってゆき、俺の嗜虐心は満たされてゆくのだ!




 ──なんてことを出撃命令があり戦闘が行われる度に考えながら、王国の騎士として仕えはじめてしばらく。仲間内では、俺のことを最高の騎士ならぬ最硬の騎士と呼ぶ。だが、残念ながら、これは俺を敬ってのことではない。俺は相手を攻撃せずに耐えることのみを行ってきた。無論、鉄壁という意味において俺の右に出るものはいなかった。守ることに何の意味があるのかといわれればそれは決して無意味ではない。何故なら、守り抜くことで、後衛の魔術師たちが大きな攻撃を行うことが出来るのだ。その一方で、王国の騎士には、守ることと同時に、攻撃をすることも重要な仕事の一つであった。

 これが何を意味したかといえば、俺は、王国の騎士としては十分な仕事を果たすことが出来ないということを意味していた。しかしながら、俺の強固さは他の騎士たちとは比較にならないほどであり、王国騎士団内においては、それなりの地位を確保し続けることが出来ていた。

 新入りの中には、俺のことを、最高の騎士だと間違えて、アドバイスを求めてきたり、話しかけてきたりする奴らもいる。


「あのー、マルトリッツさん……どうして、そんなに敵の攻撃をおびえることなく受け止められるんですか?」


 これは、俺がよくされる質問の一つだ。俺は、笑顔でこう答える。


「それは、俺がマゾだからさ!」


 説明しよう。

 俺はマゾだ。これまで話した内容から、なんとなくそういったことを察することも出来たかもしれないが、ここで改めて明言しておく。故に、モンスターたちからの攻撃はご褒美であると言える! だから耐えられる、いや、耐えるというか、もっと攻撃して来るんだというまるで世界を救わんとするばかりの慈悲深き気持ちである。


「……えぇ」


 だが、非常に残念なことに、この俺の崇高な思いを理解する人物は今のところ表れていない。なんとなく、引きつり気味の表情を俺に見せてくる奴らが多いのだが、気のせいだろうか。孤高の天才とはよくいったものだ。


「で、でも、例えば、ゴブリンとか……あの、気持ち悪くないですか?」


 そして、最大の俺の力はここにある。


「そんなことはないぞ! あんなに愛らしい子たちを気持ち悪いだなんてとんでもない……」

「……えぇ」


 俺の堅固さは、この能力のもと成り立っていたりする。

 その能力──俺には、モンスターたちがどれも美少女・美人・美少年などなどに見えるのだ! 擬人化ということが分かりやすいかもしれない。この能力を手に入れたが故に、俺はこうして騎士という職業についているのである。

 詳しく話をし始めるととても長くなってしまうので悲しいながらある程度は割愛させて頂くが、説明させていただこう。

 人間というのは思いの力で大体のことは成し遂げることが出来る生き物である。意思の力はインフィニティ。

 心頭を滅却すれば火もまた涼し、という言葉があるように、要は考え方次第なのだ。俺はとにかく、虐められたかった、肉体的、精神的苦痛を受け続けることによってのみ俺の精神は満たされる。それを学んだ際に、ではどうしたらその目標が達成出来るかを考えた。

 人に頼んで、お願いして、どうか私を虐めてください、なんてことを言ったとしても、果たしてそれが本当に俺の被虐心を満たすのかといわれると、全力でイエスとは答えがたい。相手には全力で俺を攻撃してもらわなければ困るのだ。その考えにたどり着いたとき、同じ人では俺の心を満たすのは難しいという結論に至った。

 まだ続くのかって? まだまだ続くぞ! 頑張ってついてきてくれ、遅れるな。

 では、誰が俺の心を満たしてくれるのか。今俺の目の前に立っている見習いの騎士、それに類する身内にはとても難しいといえよう。天賦のドSの才でもなければ人間には無理。そこで俺が目をつけたのがモンスターだ!

 モンスターはいつでも人間を全力で襲ってくる。だが、えてしてその容姿はあまり良くない。中にはサキュバスをはじめとした人型のモンスターも存在するが、多くのモンスターは不気味な外見やいかつい外見をしていると言える……。

 けれども、もし、そのモンスターを、美少女などなど、擬人化して見られるようになれば、俺の心を満たす攻撃を受け続けることができる! そんな強い強いとても強い思いを抱き続け、精神修行に明け暮れた結果、俺はその能力を手にしてしまったのである、恐ろしや。これぞ、煩悩の持つ力なのだ。煩悩のパワーはすごいんだ。無限の可能性を持っているんだ。

 俺にとって、騎士は天職だ。理由は言うまでもなく、騎士こそが、モンスターとの戦いの最前線に立つ職業であり、つまるところ、モンスターからの攻撃を一手に引き受ける役割を持つ職業だからである。モンスターちゃんたちの攻撃を受けながら、

 だから、告げられた突然の通知に、俺はしばらく立ち直ることができなかった。


「──ゆえに、残念だが、マルトリッツ、貴殿は王国騎士団から去ってもらわなければならなくなった」

「なんでですかぁ!?」


 俺にそんなことを言ってきたのは、騎士団長。彼もまた非常に優秀な騎士の一人であるが、こと守備力という点だけを見れば、俺も決して負けず劣らずである。国トップレベルの守りを誇る俺が、何故そんな目にあわなければならないのか、この時の俺には全く理解できなかった。


「自分は、この国のために──あー、はい、そう、この国のために、身を捧げて絶対防御を誓っております! その功績は隊長殿もよくご存じのはずでしょう!」

「本当にか?」


 隊長の目は、とても冷たく俺を捉えていた。思わずごくりと唾を飲む。心の中で謝る、うそです、ごめんなさい、と。自分のためです、俺はモンスターちゃんからの攻撃を受けたいがためにこの騎士団に入ったのです、と。


「……は、はい」

「あのなぁ、普通、騎士ってのは、こう、誰かを守りたい! だとか、そういう大義名分をもって憧れるもんじゃないのか……まぁ、それは人それぞれだからいいが。なに、お前ほどの腕ならもっと強大な力を持つ魔術師とかが必要としてくれるさ」

「納得できませんよ! なんでですか! 俺はこの通り、鉄壁の守備を誇る男です、嗜虐心ならだれにも負けません!」

「そこだよ、そこ。あー、そう、人間関係、というか、な。分かるだろう」


 俺はあちゃーと言う顔をしながら、両手で顔を覆った。盲点だったぁ~、そこだったかぁ~、そこだった。俺は忘れていたのだ、マゾというのは気持ち悪がられてしまう生き物だということを。マゾが背負った悲しみの十字架、マゾが背負った悲惨な宿命、マゾが背負った絶望の爆弾を……。




 ──という訳で、俺は、解雇され、今、こうして、一人で悲しみにくれているのであった。

 俺は確かに強固な防御力を誇る騎士である。その防御力、無限大と称しても過言ではない。俺は騎士として、膝をついたこともなければ、敵の攻撃の前に屈したこともない。王国の騎士団には、回復を行ってくれる治癒術師がいるが、その回復魔法を受けこそすれ、その回復を受ける前に倒れたことなど一度もないのだ。

 絶対防御。この点に関しては、騎士団内に俺を超える者は一人もいなかったのは確かな事実である。

 反省点はただ一点。俺がマゾであることを公言してしまったことにあろう。無論、マゾを恥じるつもりはないが、それが失敗の最大の要因であった。

 俺はそんなことを街の広場に設置されている休憩用のベンチで噴水を前に一人嘆いている。街の中は平和だ。この平和を守っているのは、王国騎士団である。そんな名誉ある職についていた俺がいつの間にか無職のプー太郎。

 そして、そんなことを考えながら自分を見つめなおしている時に、公言してしまっていたことの問題点をもう一つ発見する。


「公言してたら虐めてもらえないじゃん!」


 そう、モンスターからは攻撃してもらえるものの、仲間からそれとない攻撃、被虐心をくすぐる言動をされることはきっとないであろう。心なしか、女性隊員と話す機会も全くもって奪われ尽くしていたような気がするし……。

 もう俺のマゾ心を人間相手に話すことはやめよう、そんな誓いを新たに、俺は再びモンスターたちの攻撃を受けるため、己の心を満たすため、一人で野外へと繰り出そうとしていた時だった。


「──そんな困るよ! ボクの何が不満だっていうの!? 君たちみたいなぼんくらでもボクの盾になってくれるだけでモンスターに負けずに、罠にもかからずに探索できるって言うのに!」

「そういう態度が気に入らないっていってんだよ!」


 何やら、ギルドの前で争いをする声が聞こえてくる。片方は若い女の声。それをはねのけるのが男数名。ギルドというのは、冒険者の集団が集まる店のことであり、俺も少し顔を出してみようと考えていたところであったが、やはりまだ人と組むというのには抵抗感があったため、通り過ぎようとしてたところだったが、途中吐き出されたぼんくらという素敵ワードに引っかかって足を止めてしまう。

 その声を発していた一人の女は、見た目十代後半くらいの若い女。強気な姿勢に見えるが、どうやら、一緒に旅をしているメンバーに見限られようとしているだろうことが伺える。何事か多少の人だかりが出来ている隙間から、俺の目が、女の目に一瞬合った、ような気がした。

 恐らく、サポート役、後衛に徹しているのであろうと思われる薄手の装備をした、かなり明るい肩にかかる程度の短めの茶髪の、小柄な女。その小柄さは、どことなくゴブリンちゃんに似ているような、似ていないような。本人に言ったら間違いなく凄まじい攻撃に合うであろう失礼な思いを抱く。

 強気で、自信に満ち溢れたような目と、俺の目が、合ったような気がしたが、すぐに女は言い争いに戻ってしまう。俺は、なんとなく、待ってみることにした。どうせ暇なんだし、もしかしたら、今言い争っている連中からはぐれ者が出るかもしれない、そしたら、手を組みやすいだろう、なんてことを考えながら。

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