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私の引いたクジの結果。

翌日は朝早くから、運転免許の違反者講習があった。


加奈子の免許の受け取り番号は四番だった。


寝起き頭で、ボーっと列に並んだのだ。


周りの受講者はその番号を避けていた事に、加奈子はスタンプの押されたプリントを受け取ってから気づいた。


全く、こんな事にも世間は、巧妙で、こすっからい。


免許を受け取る順番さえも、周りの人々は考えて行動している。


そんな世間からすると、加奈子は大間抜けだ。


講師は早口で講義した。

時おり使い慣れた冗談を挟むので講義自体は加奈子には面白かった。


受講中、どうしても何度も居眠りしてしまう青年がいて、講義している教官は、その人を三度起こした後


「別の所で、講義中、いびきをかいて寝てる人がいて、起こそうとしたら脳溢血でしてね。

いびきって、怖いですね。」


と冗談を言った。


他の受講者達は、一斉に小さな笑い声を上げた。


四番を受け取った加奈子の父は、脳溢血で亡くなっている。


いびきをかきながら、亡くなっている


加奈子は笑い声を上げる事はなかった。


「一度に皆さんが免許を取りに行かれると、大変なことになりますので、十人ずつお呼びします。


では、一番から十番の方会場を出て、免許をお受け取り下さい。」


加奈子は

「四番です。」

と言って免許を受け取った。



昼過ぎに、加奈子は部屋に戻った。


違反者講習の内容が、しっかりと頭に入っていた。

そして、番号の事を気にして、加奈子の帰りのバイクの運転は、とても慎重だった。



サイレントにしていたスマートフォンを起動させると、コバちゃんからメールが来ていた。


文章のおかしなところを指摘したメールだった。


「しつこい」


加奈子は思ったが、これは、もしかして、もしかすると。


私に興味があるけれど、そういう風には言えなくて、昨日の続きという形で、コンタクトを取っているのでは。


会社員のコバちゃんは、貴重な昼休みの時間を使って、こうしてメールしてくれているのだ。


少なくとも、私に添削してくれ、と言われたことがコバちゃんの頭から、離れてはいないようだ。


コバちゃんの少し小柄で、プレーンなファッション、細長い顔立ちは加奈子の好みでもあった。


そして、メールで品評するコバちゃんは、嫌な奴だけど、一緒に居た時のコバちゃんは楽しかったのだ。


「ありがとうございます!直しますね。


こうやってメールで意見交換するのって、少しじれったくありませんか?


ノートパソコンを持っていくので、直接会ってお話聞きたいです。」


思い切ってメールをすると。

コバちゃんから


「おーいいですね。今度の土曜日とかどうですか?」

好意的な返事が来た。


土曜日の夕方、新宿のルノアールの喫煙席で、コバちゃんは加奈子の文章を大いにいじくった。


結果、加奈子が書いたものではなく、コバちゃんが書いたものみたいになってしまったが、加奈子は、気にしなかった。


ちゃんとオリジナルはバックアップをとっているし、コバちゃんが満足すれば、それでいいのだ。


そして、細かい所ばかり気にするコバちゃんを、あまり文章的には合わないと思った。


しかし、親切に時間を割いてくれているところ。


何よりも、休憩時間に話す、作品のことから離れたコバちゃんは、やっぱりいい奴だと加奈子は思ったのだ。


しかも、コバちゃんは加奈子の書いたものに、自分式の味付けを出来たことに大変満足したみたいだ。


さて、と加奈子はノートパソコンをトートバッグに入れながら考えた。


「お時間があったら、場所を変えてご飯でもどうですか?」



サイゼリアに腰を落ち着けて、ふたりは食事をした。


「サイゼでいいよね?」

加奈子が食事に誘った時、コバちゃんは言った。


コバちゃんはあまりふたりの食事にロマンチックさを求めていないようだ。


その事は加奈子を少し、ガッカリさせた。


しかし、食事している時に話す、コバちゃんの、この夏の沖縄旅行の話は面白かった。


途中で、加奈子は旅行の話を、こんなに興味深く話せるなんて、コバちゃんはなんて素敵な人なんだろうと思った。


酒の飲めないふたりはドリンクバーとテーブルを何度も行ったり来たりした。


そうしている間に、加奈子の終電の時間が迫ってきた。


「そろそろ帰ります。」


加奈子が言うと。


「明日仕事?」


以前聞いた言葉をコバちゃんは言った。


「仕事じゃないのに帰るの?」



ふたりはラブホテルのベッドでタバコを吸っていた。


加奈子は、ほぼ一年ぶりのセックスに満足していた。


そして。コバちゃんの事をすっかり好きになっていた。


何よりも、久しぶりに彼氏が出来たことに満足し、誰に向けるでもない勝利感に酔っていた。


「明日は、何しよっか。」


うきうきしながら、加奈子がコバちゃんに言うと


「彼女とデート。」


タバコをもみ消しながら、コバちゃんは言った。


それは、「四番です」と加奈子に告げられた言葉のように思えた。


コバちゃんを含む世間は、全く世知辛いのだ。


これからも、生きていけるだろうか。

加奈子は思った。


ああ、生きていけるよ、これまでと同じく、間抜けな調子でね。


加奈子は誰かに言われた気持ちがして、もう一本のタバコに火をつけた。



果たして四十五歳の、離婚歴のある加奈子に、チャンスは来るのだろうか。


ただ、加奈子にチャンスが来ていたとしても、そのチャンスを掴むことが出来ないのは明らかだった。


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