女友達2000円
「男運は悪いけど、一生食うのには困らないよ」
霊感がある、という女友達にそう告げられて、加奈子は二千円払いながらしょんぼりとした。
加奈子の数少ない女友達も、しばしば加奈子から金を取るのであった。
加奈子は、裕福に見えるのだろうか。
ヴィトンの財布を見つめながら、加奈子は思った。
「この財布がいけないのかもしれない。」
加奈子の唯一持っているブランド品、ヴィトンの財布。
加奈子が三十歳になった記念に当時、夫だった拓がプレゼントしてくれたものだ。
以前、加奈子は生活に困り、質屋に持っていったら
「本物という事には間違いないが、三千円」
と言われてそのまま持ち帰った財布だ。
加奈子は、決して裕福ではない。
しかし、と加奈子は思うのだ。
お金はそんなに欲しくないけれど、いい彼氏は欲しい。
果たして四十五歳の、離婚歴のある加奈子に、そんなチャンスは来るのだろうか。
加奈子を操るのは、ひどく簡単だ。
少し加奈子に親切にすれば、加奈子はたちまち相手を「いい人」だと思って好きになってしまう。
仲間の家で宅飲みしてた時。
少し遅れて来た初対面の「コバちゃん」と呼ばれていた男は、酒を飲まず、ウーロン茶を飲んでいた加奈子のペットボトルを見て
「俺も酒飲まないから貰ってもいい?」
と言ってしばらく、加奈子のウーロン茶を飲んだあと
「これ、自腹?」
と聞いてきた。
加奈子がそうだ、と答えると
「無くなったら、今度は俺が買ってくるよ。」
親切にも言ってくれたのだ。
実際、ウーロン茶が無くなると、コバちゃんは走ってジャスミン茶を買ってきてくれた。
そして、終電を気にして帰ろうとする加奈子に
「明日仕事?」
と聞き、違うと加奈子が言うと、
「明日仕事じゃないのに、もう帰っちゃうの?無理はしないでいいけどさ」
と言ったのだ。
実際終電まであと一時間あった。
加奈子は場が楽しかったのもあり、もう一時間そこで話を楽しむ事にした。
コバちゃんは加奈子に積極的に話しかけ、二人は話が合った。
いよいよ、終電の時間になり、加奈子が帰ろうとすると
「えーもう帰っちゃうの?」
コバちゃんは言った。
帰りの電車で加奈子は、自分がコバちゃんに対して、ほんのり好意を持って居ることに気づいた。
翌日コバちゃんをフォローすると、コバちゃんもフォローを返してくれた。
ツイート内容も、加奈子も好きな映画の話が多く、好感が持てた。
しかし、そこで加奈子は、直久の言葉を思い出した。
「すぐに信じちゃダメ。疑ってかからないと。」
加奈子は、加奈子なりの「入団テスト」をコバちゃんに課すことにした。
話が合うことと、
自分のことを知ってもらうこと、
連絡先を手に入れて、
人間性を確かめて。
どんな言葉を投げかけてくるか。
何がいいだろう。
どんな方法がいいだろう。
しばらく考えて、
「文学賞に応募するので、作品を読んで欲しい。」
加奈子はコバちゃんにダイレクトメッセージを送った。
「おーいいですよ、メールアドレスを教えてください。」
いい感じだ。
「小早川です。」
加奈子のスマートフォンにメールが届いた。
加奈子は、若干緊張しながら、日頃書き溜めているものの一つを送った。
コバちゃんから何通かメールが来た。
細かい句読点に関する注意だった。
「あの・・・・全体の感想は・・・・」
加奈子がメールを送ると
まだだ、と返信がきた。
「何だか、随分神経質なのかな・・・・
いや、これだけ細かく読んでくれているのは、真剣だからだ。」
加奈子はいつもそうしているように、物事をいい方に考えた。
すると。
「このオチって○○?」
作家の名前を出して質問があった。
ラストシーンは落としどころがあったが、決して「オチ」などつけていないし、加奈子にとって未読の作家だ。
「未読の作家さんです。どこか、似てますか?」
とだけ返すと。
「作家の名前じゃなくて、映画の作品名だよ。」
「未見です。」
「そうかな?加奈子さんはよく映画を見てると言っていたから、昔見て、見たことを忘れちゃったんじゃないの 笑」
「見た覚えは本当にありませんが」
「こういう話だよ、そっくりだよ。」
URL が貼られていた。
出てくる物に共通性があった。
加奈子は、剽窃疑惑をかけられたような気がして震えた。
指摘するのであっても、もうちょっと言い方っていうものがあるだろう。
「神経質」「嫌味」だ。
コバちゃんのことを加奈子は心のスコアボードに書き込んだ。
最後のトドメを刺すような
「この映画ヒットしたみたいだから、加奈子さんのもイケるんじゃない?」
というメールに
「ありがとうございます!」
と返して加奈子は心を閉じた。