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6/8

降臨

 ブラックオークを退けて以降、アンリは終始無言だった。

 先ほどまでの饒舌からは一転、押し黙ったまま何かを考え込んでいる彼女から、マサキは不穏な空気を感じ取った。


 ――まずい。アンリは疑っている。バレてないにせよ、なにかが不自然であることは気づいている。次、似たようなことが起これば確実にバレる。ごまかしようもない。そうなれば――「うぷっ!」


 突如馬が歩みを止めた。マサキはそのたてがみに思いきり顔を埋めた。

 何事かと前方を見ると、樹木に巨大な戦斧がめり込んでいた。


「――へっへ、ここらじゃ見かけねえ、上等な身なりのヤツがいるじゃねえか。よお、命が惜しけりゃ金目のモノをおいてきな!」


 斧の陰から、バンダナで顔を覆った大男がぬうっと姿を現した。

 

「山賊か、くそ、今日に限って次から次へと!」

「おやおや、子どもとオンナ連れとはな。親子水入らずのピクニックってか? ちょうどいい、一番弱そうなガキから相手してやるぜ!」


 斧をかついだ山賊がタケルの前に歩みを進めた。


「やめろ! 僕が相手――」


 言いかけて、マサキは山賊の様子がおかしいことに気づいた。

 身体はタケルの方を向いているが、殺気が微塵もない。それどころか視線はずっとマサキに据えられていた。


 ――なんだ。こいつ、なんで僕を見ている。


 マサキが視線を返すと、山賊は意味ありげなウィンクをしてみせた。

 マサキはハッとした。その仕草に見覚えがあった。

 鍛え抜かれた鋼の身体に無骨な顔を持ちながら、似合わぬウィンクを好む男を、ただ一人しか知らなかった。


 マサキは構えを解くと、タケルに向き直った。


「――タケル。あの山賊は、お前に任せる」

「え、えっ、ぼ、ボクに?」

「そうだ。たしかにあの山賊は強敵だ、めっちゃ強い。さっきのオークなんて相手にならないぐらい強い。だがお前なら勝てる。お前が真の勇者ならば必ず勝てる! 逆に言うと勝てたら勇者!」

「ボクが勇者なら……わかったよ。ボク、やってみる!」

「ぐわっはははは、貴様のような小僧がオレの相手だと? この俺様もナメられたものだな。勇者でもなきゃ俺様を倒すことなんざ出来やしねえぜ、この巨大戦斧のサビにしてくれる、喰らえーーーー!」


 山賊が斧を大きく振りかぶった。


「わ、わわ、えっ、わっ」


 突然のことにパニックを起こしたタケルがキョロキョロと左右を見渡した。


「さーどうしたガキー! 俺様は斧を今にも喰らわせようとしているぞーー!」

「タケル、相手は喰らわせる気持ちでいっぱいだぞ! よけろ!」

「よ、よけ、よけるって、ど、どっち」

「右だ、右から喰らわせようかな! 迷うけど、俺様の気持ちは右から喰らわせることでほぼ決定しているぞーーーーー!」

「タケル、相手の動きをよく見るんだ。相手の呼吸……筋肉の動き……風を読み……大地を感じ……気の流れを自分のものとして……いいから左によけろ!」

「ひ、ひだりっ、ひだ、ひだ、ひだ、左、こっち!」


 タケルは思い切り右に避けた。

 山賊が首を横に振った。


「こ、こっちだった?」


 タケルは恐る恐る右に避けた。完全にタケルが避けたのを確認すると、山賊が思いきり斧を地面に叩きつけた。地面が抉れ、濛々たる土煙が起こった。


「――なに、い、いない……? どこに行きおった!」

「タケル今だ! 相手はお前のあまりの素早さに戸惑っている、不意をつけ!」

「わかったよパパ――げっほげほ! げほっ、げぇっほ!」

「タケル落ち着いて。砂が口に入ったらぺっ、しなさい。ぺっ、してから不意をつけ!」

「げほ……う、うわあああああ!」


 背後からのタケルの一撃が、山賊の肩をほんのりかすめた。


「――ぐぼぁああぼげぇ!?」


 山賊の巨体が凄まじい勢いで吹っ飛び、木々をなぎ倒した。


「よおし!」


 マサキはガッツポーズを取り、同時に確信した。

 この山賊は間違いなくローランだ。アンリが姿を消したことをいち早く察した彼は、マサキたちの後を追い、そして出征式では納得できないアンリを満足させるため、やられ役を買って出てくれたのだ、と。


「く、くそ、このガキの動きが全然見えねえ。まるでオレの攻撃を的確に避けた上に、死角から鋭い一撃を放たれてたみてえだぜ!」

「いいぞタケル、お前は昔から攻撃を的確に避けた上に、死角から鋭い一撃を放つのが得意な子だったぞ!」

「これが……ボクの力……?」

「そうだ! まあ、今日のところはとりあえずそうだ!」

「野郎……ちょっとばかし勇者の器だからって調子に乗りやがって! 次の攻撃はさっきのようにはいかねえぞ。右にも左にも避けられない攻撃だからな! だが攻撃が始まる前に、真正面から来られるとオレは致命傷を受けるかもしれねえが、そのことに目をつぶれば無敵の一撃だ、喰らえーーーーーー!」


 山賊が振りかぶった隙に、タケルはとことこと間合いを詰め、すれ違い様にその脇腹へ剣を走らせた。


「はぴぼぎゃッ!」


 さらに背後から剣を横様になでつけた。


「めんぷっちょぎゅぴッ!」


 最後はトドメと言わんばかりに、逆袈裟に剣を空振った。


「ぬっぽこ、ぴーーーーー!」


 断末魔と共に、木々の間をピンボールのように跳ね回りながら山賊は姿を消した。

 マサキは心の中でそっと手を合わせ、口の中で「ローラン、ありがとう」と呟いた。


「……やった。ボク、やれた。パパ、ボク一人でやれたよ!」

「すごいぞタケル。あんな強い山賊を一人でぶちのめしちまうなんて、勇者の名に恥じない戦いだったぞ! ――なあ、アンリ、君もそう思っただろ!?」

「……ねえ、こんなこと言いたくないんだけど」


 アンリが顔をあげた。強い眼差しがマサキを見据えていた。


「へっ、えっ?」

「やっぱり、どうしても我慢できないから言うわね」


 アンリは短く息を吸うと、一息に言い放った。


「タケルちゃんが完璧主義なのは私に似たんだと思う」


 ……。


「その話、今しなくてもよくない!?」

「ごめんなさい。オークを蹴散らしたあたりからずっと考えてて、あなたには悪いと思ったんだけど、言わずにはいられなくて」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、それじゃ君はずっと考え事してたのか? 今のも見てなかったってこと?」

「今の、って……えっ、なに、なにかあったの」

「なにかじゃないよ、タケルが一人で山賊を倒したんだよ! 本当に見てなかったの? タケルが鮮やかに相手の攻撃を避けたのも? 鋭い一撃が相手の脇腹をえぐったのも? 山賊が個性的な断末魔を残してやられていくのも!?」

「えっと、ごめんなさい、山賊……?」

「えーそっから?」


 マサキは馬からずり落ちそうになるのをすんでのところで堪えた。


「ママ、ボクが戦ってるところ見てなかったの……?」


 タケルがしょんぼりとした顔をした。アンリは慌てて駆け寄った。


「あっあ、そんな顔しないでタケルちゃん。大丈夫よ、ママはちゃあんと心眼ではとらえていたからね?」

「しんがん?」

「アンリ、難しい話はよそうね」

「本当にごめんねタケルちゃん。また、山賊に襲われるといいわね」

「母親史上初めてのセリフだと思うよ、それ」


 マサキは臓腑を全て吐き出すほど深い溜息をついた。


「まったく……君ってやつは、どうして肝心な時に……」

「タケルちゃんはそんなにスゴかったの?」

「そりゃあもう! タケルの倍ぐらいある斧を軽々扱う、見上げるほどの大男の山賊だぞ。一撃で地面にクレーターを作ってしまうほどの怪力だぞ? 僕だって手こずるような相手を、スピードで翻弄して手玉にとったんだぞ!? それを見てないなんて……君は、はあ……」

「ご、ごめんなさい。タケルちゃんがそんな強敵と戦ってたなんて……。でも安心して、代わりをすぐ呼ぶから」

「呼ぶって、何を」

「変異古龍種」

「やめてマジやめて勘弁して」

「タケルちゃんの相手が務まるかわからないけど、呼べばすぐ来るチョロくて強いのがそれぐらいしかいなくて」

「いいからわかったから気持ちは充分伝わったから呼ばなくていいから!」

「ぐわーっはははははは! 強い奴をお探しかい!?」


 聞き覚えのある哄笑が響き渡った。「あっ」マサキとタケルは互いに顔を見合わせた。


「さっきの山賊おじさんだ!」

「アンリ、あれだよ僕が言ってた山賊は! きっとタケルに負けたのが悔しくてリベンジしに来たんだな。よしタケル、またボッコボコにしてやれ!」

「あれ、王都にいたローランとかいう下民じゃない?」

「はー!? いや違うし全然真逆だし一切関係ないし!」

「はー!? いや違うし全然真逆だし一切関係ないし!」

「めっちゃハモってくるわね」

「勘違いするな、俺様はマジでそのローランとかいうハンサムとは無関係だし、まして今回は戦いに来たのでもねえ!」


 ローランは手をひらひら振って戦意のなさをアピールした。


「強ええやつを探してんだろ? 己の力を示してえんだろ? だったらちょうどいい相手がいるぜ。俺様はそいつを教えにきたんだ」


 そう言うとローランは、森の奥を指さした。


「ここから少し西に行ったところに、キュクロプスの住まう地下洞窟がある。その最奥にいるキュクロプスの王を倒せたなら、本物の強者を名乗っていいだろうな」

「キュクロプス……一つ目の巨人族か。一匹でも攻城兵器に匹敵する戦闘力だぞ。いくらタケルが勇者といっても……さすがに……」

「パパ、ボクなら大丈夫、ゼッタイに負けないよ」

「うんうん、その意気よ、タケルちゃん」


 アンリの目が爛々と輝き始めた。キュクロプスの巣で巨人を蹴散らす勇者タケルのストーリーが彼女の中でできあがっているのだろう。しかしマサキは一抹の不安を拭いきれないでいた。キュクロプスにも多少知性があるとはいえ、魔物の域を出ない。ローランのような茶番を演じてくれるとは到底思えなかった。


「しかし、お前はどうして俺たちにそんなことを教えるんだ?」


 マサキは言外に『なにか策があるのか?』と聞いていた。


「なあに、俺たちもキュクロプスに縄張りを荒らされて困ってんのよ。みっともねえ話だが、そのガキなら倒せるんじゃないかと思って頼みに来たのさ」


 そう言ってローランは背を向けた。マサキの望む答えは返ってこなかったが、去り際にローランは妙なことを口走った。


「ま、俺様からひとつ忠告させてもらうとよ、道に迷わないように気をつけるんだな。キュクロプスの洞窟は迷宮そのものだ。もしもはぐれたら二度と会えないぜ。はぐれたら――な」


 そう言うと、意味深なウィンクを残してローランは去った。


 *


 果たしてローランの言うとおり、森を進んだその先に、深淵がぽっかりとその口を開けていた。


「く、暗い、なにも見えないよ、パパ」


 タケルが怯えた声を出した。確かに、洞窟の入り口は墨を貼り付けたように光を拒んでいた。それは不自然なほど暗かった。馬を進めようとするも、彼らの野生が何かを察知しているのか、テコでも動こうとはしなかった。


「馬は置いていこう。アンリ、タケル、おいで。パパの後ろについてくるんだ」


 マサキを先頭に、一行は洞窟の闇の中へとその身を滑らせた。


 キュクロプス族の体躯に合わせて作られた洞窟は暗いながらも、広大だった。ところどころに設置された粗末な燭台が、頼りない灯でその広さを伝えてくれる。


「やけに暗いわね、なにも見えないじゃない」


 アンリがぼそりと愚痴をこぼした。

 マサキは気づいていた。この不自然な暗さが魔法によるものであることを。

 茶番でタケルを勇者にすることは不可能だと悟ったローランは、無理やりタケルとアンリを引きはがす策に出たのだ。暗闇に乗じて意図的にアンリとタケルをはぐれさせ、そのまま身を隠す。あの去り際の一言はそれを意味していたのだ。


 ――魔王姿のアンリには通用しないだろうが、人間に変身している今なら――能力が格段に落ちている今ならチャンスはある。いけるかもしれない。


「――わ、こ、ここにも」


 タケルが闇の中で悲鳴をあげた。

 洞窟に入ってから、気絶したキュクロプスたちがあちこちに転がっていた。

 おそらく、道中が危険でないよう、ローランが配慮をしてくれたのだろうとマサキは思った。


「せっかくタケルちゃんが来たのに寝てるなんて、本当に間が悪いわね」

「ま、まあしょうがないさ、きっと王様は起きてるだろうから――」


 突然、足下が支えを失い、浮遊感と共に目の前の景色が反転した。「――う、わぁ!」落下する暗闇の中、マサキは咄嗟に受け身を取った。


「洞窟の中に落とし穴、だと……」ハッとしてマサキはあたりを見回した。「タケル? アンリ? 大丈夫か?」

「う、うう……パパぁ……」


 背後から弱々しい声が聞こえ、マサキは駆け寄った。


「タケル、大丈夫か?」

「おしり打ったぁ……ねえ、ママは……?」


 そう言われてマサキはアンリの姿がないことに気づいた。

 ふいに、前方の燭台がぽう、と灯った。それを合図に、洞窟の最奥に向けて燭台が次々と灯り始めた。まるでマサキを誘おうとしているかのようだった。

 マサキはタケルの手を取った。


「タケル、行くぞ」

「えっ、でも、ママは?」

「ママなら大丈夫だ。あとで合流できる。さあ、立って!」


 ローランの策がうまくいった、マサキはそれを確信した。

 ――おそらく落とし穴に落ちたのは自分たちだけで、アンリはあの暗闇の中を堂々巡りしているだろう。出口は前方の、燭台が灯ったその先だ。アンリが気づく前に洞窟から出て身を隠さねばならない。


「ま、待ってよ、パパ――ねえ、パパ、これ!」


 タケルがマサキの手を強く引いた。見ると、傍らに人影が倒れていた。


「タケル、キュクロプスのことは気にするな。今は前に進むことだけに集中しなさい」

「ち、違うよ、これ、あのおじさんだ、山賊のおじさんだよ!」

「――なんだって?」


 マサキは倒れている人影に駆け寄った。

 タケルの言うとおり、紛れもなくそれはローランだった。


「おい、大丈夫か、おい!」

「う……う……マサキ、か……?」


 見ると、ローランの胸当てが一撃で粉々に砕かれていた。キュクロプスの仕業ではない。なにか細く、鋭く、それでいてとてつもなく重い一撃を喰らったような痕跡があった。


「に、げ、逃げ、ろ……」

「いったい、どういうことだ。誰にやられた、おい!」

「――もろいものだなニンゲンは。後を尾けてくるから少し遊んでやったらそのザマだ」


 闇の向こうから声。同時に、マサキの全身を悪寒が貫いた。


「そ、その声、まさか、まさか」


 燭台に照らされた無数の触手が、大蛇の群がごとき影を落とした。

 その中心で赤い舌をちろりと出して、彼女は微笑んだ。


「我は魔王――魔王アーリ・ナザエル。勇者タケルちゃ……タケルとやら、貴様の真なる力、この魔王に見せてみよ!」

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