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王都防衛戦

「――それでは、これより勇者タケル・ナツルの出征式を行う!」


 住民を起こさない程度の声でローランが開式を宣言し、続いて控えめな拍手が響いた。


「いやあ、とうとう始まったなあ、感無量だなあ! ねえ、アンリ!?」

「……なんだか、人が少なくないかしら」

「えっ、そうかい? そうかなあ? 出征式なんてこんなものだよ毎回!」

「私、ニンゲンの儀式には詳しくないけれど、普通こういうのは国民の祝日に王宮前広場のような場所で満場の観衆に見守られつつ、国王直々に執り行うもののような気がするんだけど」

「アッハッハッハまったくアンリったらアッハッハッハ! 全然違う! ぜーんぜん違う! 一個もあってないカスリもしてない冷や麦とそうめんぐらい違う!」

「太さの差だけじゃない」

「あーほらほらほら、誓いの儀が始まるぞ! ほらタケルも準備して!」


 ふいに名前を呼ばれ、タケルはびくりと身体を痙攣させた。「ぱ、パパ……」緊張しきった面持ちでマサキを見上げた。マサキは笑顔で優しく息子の頭を撫でた。


「大丈夫だ、パパも隣にいるからね。あのおじさんが『誓うか?』と聞いてきたら、元気よく『誓います!』って言うんだよ」

「う、うん、ガンバる……」


 慣れない鎧と緊張でがちがちになりながらもタケルは登壇した。ローランは、そんなタケルに向かってにこりと微笑むと、誓いの剣を天高く掲げた。


「――本日、一人の勇気ある者が、不遜なる魔王を誅戮せんと剣をとった! この善き日に、この慶ばしき日に、瑕疵かしがあるとするならば陛下が御不在であることだろう! しかしながら不肖このローランが、王の隣を預かる者として、陛下の代わりに誓いの儀を執り行――」

「ワシ、ここにおるけど」


 ローランの背後から酒瓶を持った老人が姿を現した。

 一瞬、時が止まったようだった。

 酒瓶をぶら下げ、簡素な草履に水玉のパジャマという出で立ちではあったものの、手入れの行き届いた豊かな白ヒゲと、指輪に刻まれた王族の印は、王都に住む者であれば見まごうはずもなかった。


「へ、陛下ーーーーーー!?」


 ローランは反射的にひざまづいた。


「ど、どうしてこちらに、まだお休みになられている時間では!?」

「いや涼しいうちに散歩しようと思うてな」

「……ハッ、まさかボケによる徘徊が始まっている……? これはいけない。おい、誰か国王を王宮までお連れしろ!」

「おい、やめろ、何するんじゃ!」

「暴れないでください! ほら、おうち戻りますよお爺ちゃん!」

「ボケとらんわい! ワシはただ、朝っぱらから酒呑んで川でザリガニ釣りながら、出勤する労働者を見るのが趣味なだけじゃ!」

「それはそれで天下泰平だなクソジジイ」

「ちゅうかお前らこそ何をやっとるんじゃこんなところで……ん」


 王は、出征式の祭壇とマサキとを交互に見たあと、なにかを察したように柏手を打った。


「お、おお! そうか、なるほど、そうかそうかそうか!」

「え……いや、えっ」

「言うな言うな、みなまで言うな! 最近の勇者候補どもは全員軟弱でな、みな口には出さねど勇者としてふさわしいのは誰かなど決まりきっておったわい。ワシは嬉しい! とうとうその気になってくれたんじゃな!」

「いや、誤解なんです陛下、これは――」

「そうと決まればさっそく出征式じゃ! ――おい、そこの者!」


 王が唐突にラッパを持った衛兵を指さした。


「は……はっ、な、なんでありましょうか陛下」

「なんで、じゃないわい。はようそのラッパで民に勇者の出征を知らせんか!」

「はっ、えっ、いやでも」衛兵はちらとローランの方を見た「あの……そんなことしたら……みんな、起きちゃうのでは……」

「起きちゃうってなんじゃ。起きちゃっていいじゃろ。むしろ起きちゃわせるために吹くんじゃろが」

「し、しかし」

「つべこべ言わんと吹けぃ! 国王命令じゃぞ!」

「は、はいっ!」


 ヤケクソのようなラッパの音色が暁暗に響き渡った。

 家々にぽつりぽつりと灯がともり、人々が何事かと顔を出した。


「なんだ、こんな朝早くに……出征式……?」「跳ね橋に誰かいるぞ」「あれは、マサキ・ナツルだ。伝説の勇者だぞ!」


 あれよあれよという間に、跳ね橋の周りは国王と同じく誤解をした人々で埋め尽くされた。寝間着姿のまま、マサキに声援を送る人々を見て、王は満足げに頷いた。


「やはり出征式はこうでないとな、ほれ、どけい。こっからはワシがやる!」ローランから誓いの剣を奪い取ると、マサキの前に歩みよった。「――勇者よ! 旅立つ者よ! 暴虐の王を撃つためにその身を全てを賭すと、仁愛を持って忠を尽くし天下安らかならしめんと、その名と誇りにおいて誓うか! 誓っちゃうか! 誓っちゃう系か!」

「いや、あの……」

「あれ、どしたの。誓わないの? 数年前は普通に誓ってくれたじゃん。ワシに誓うのもう嫌になっちゃった?」

「陛下、今回はちょっと事情がありまして……」

「――誓います!」


 右手をあげ、高らかに宣言したのはタケルだった。

 マサキは思わず片手で顔を覆った。


「マサキ、この子は?」

「僕の、息子……です」

「誓います!」

「えーと、あのね、ボクちゃん?」

「誓いまぁす!」

「うん。元気いいね。でも今お父さんとお話してるからちょっと静かに」

「誓いまーす!」

「すっごい食い気味に誓うね。その歳でめちゃくちゃに誓ってくるね。えーと……おーい! 誰かこの子をお母さんのとこに戻してあげて!」

「あっあ、違うんです陛下。今回出征するのは、僕ではなく……息子のタケルなんです」

「この子が……勇者? この子が!? おい、どういうことじゃローラン!」王が訊ねるも、ローランは渋い顔をしてうつむいたままだった。「知らんぞ、ワシは聞いとらんぞこんな子が勇者なんて!」


 王のその言葉に場が騒然としはじめた。

 マサキの総身から脂汗が吹き出た。

 観衆の囁き声に混じって、刺すような視線を背後に感じた。


『アンリ……さん、あの、怒ってらっしゃいます』

『怒ってないわ』


 振り向いた瞬間、髪の毛を逆立てたアンリが目に入った。


『めちゃくちゃ髪の毛ふわっとなってますけど! 根元のボリュームがすごい! 湿気強い日の天パの人みたい! 絶対怒ってますよね!』

『怒ってないわ。あなたには、ね』


「陛下、あの、これはですねちょっとした連絡の行き違いがあってですね。とにかく今回は息子のタケルを勇者として出征するということでどうかひとつ!」

「いや無理じゃろこんなちっちゃい子じゃ。めっちゃ弱そうじゃもん」


『あなた、残り一本よ』

『な、なにがでしょうか』

『堪忍袋の緒』


「――陛下! お願いしますどうかお願いします! もう何回かブチ切れてらっしゃるみたいなんです! 堪忍袋にリーチかかってるんです!」

「なんの話じゃ。知らんもんは知らん! 勇者でもない者に、誓わせるわけにはいかん!」


『アンリ、違うんだ。国王はちょっとボケてて記憶力が落ちてるだけで』

『なるほど、じゃあそいつから少し離れてくれるかしら』

『な、なにをなさるおつもりで』

『そのヒゲパジャマの脳天を風通しよくしてやるだけよ』

『やめてお願いホントやめて! あとヒゲパジャマじゃなくて国王陛下だから』

『その国王陛下ヒゲハゲパジャマとやらが、どうしてタケルちゃんのことを知らないのよ!』

『ヒィー! もはや一文字も合っていない!』


「マサキ、どうするんじゃ。誓うのか、誓わないのか!」

「いやあのですね、だから僕は――」

『説明してもらえるかしら、あなた!』

『だから、その、違うんだアンリ』

「マサキ、声に出してハッキリ答えを聞かせてくれい!」

『あなた!』

「マサキ!」


「――陛下ぁ!」


 マサキと王の押し問答を、ローランの絶叫が遮った。


「マサキは――マサキ・ナツルは! 唯一魔王に刃を届かせた伝説の勇者! 彼はかつての出征式において、その身命を全て賭すと誓い――また文字通り全てを尽くして彼の責務を果たしました! つまり彼の命は、すでに誓いによって国家の礎となっております! その誓いに新たに誓いを重ねることは、不忠の極み! そうではありませんか!」


 ローランは諸手を広げ、王ではなく、集まった民衆に呼びかける形でさらに続けた。


「彼は――マサキはこう言っておるのです。誓いを重ねることはできないが、新たに誓いを立てる者はいると――それこそは、彼の血と誇りを受け継ぐ者、勇者の胤裔であるタケル・ナツルであると!」


 ローランの大演説に、人々は水を打ったように静まりかえった。

 王は一度ふかく頷くと、タケルに向き直った。



「君は、偉大な父親の代わりに誓いを立てようとしていたのじゃな。魔王を討つ剣や盾としてではなく、その勇ましき心を受け継ぐものとして。その覚悟の深さも知らずにワシは……どうか無礼を許してくれ。君も、父上同様立派な勇者じゃ」

「誓います!」

「あいわかった。ではこの剣はキミに授けよう。父上の力となってくれ」

「はい、ちかいまーす!」


 タケルに誓いの剣を手渡すと、王は民衆に向き直った。


「今ここに、誓いは果たされた! 旅立つ彼らに――勇者ナツルの前途に幸あれと! みなで祝福しようではないか!」


 どこからか小さな拍手が起こった。それは稲妻の速さで伝播し、跳ね橋はあっという間に万雷の拍手で埋め尽くされた。

 マサキはアンリを見た。さっきまでの様子とは打って変わって、今にも泣きださんばかりの顔で拍手をする妻の姿があった。


「――よし、跳ね橋あげろ! 勇者の出征だ!」


 間髪入れずにローランが号令をかけた。跳ね橋がゆっくりと動き出した。


「マサキ、城外に馬を用意しておいた。使え! 俺は奥方を連れて城内に戻る!」

「ありがとうローラン、本当にありがとう!」

「あ、おい、ワシまだ跳ね橋から降りてないんじゃけど、ねえ!」

「――よし、タケル。こっちだ、おいで!」

「あ、パパ、ま、待ってよ」

「ワシも待ってほしい! おーい誰かワシが跳ね橋から降りるの手伝って! ねえ! ワシの扱い雑じゃない!?」


 マサキはタケルを連れ、逃げるように城外へと姿を消した。


 *


「は――ああぁぁ……」


 跳ね橋が完全に上がり、誰も城外に出てこないのを確認したマサキは、深い溜息とともに馬上に突っ伏した。その一方でタケルは目を輝かせながら醒めやらぬ興奮に身体を揺らした。


「パパ、パパ、勇者ってすごいんだね。あんなに大勢の人に見送られて、王様にも話しかけられて!」

「ああ……そうだな。お陰で生きた心地がしなかったけどな」

「ボク、がんばって魔王を倒すよ。誓ったんだもん、頑張るよ! ボクも勇者だって、王様も言ってくれたしね!」

「え? ハハ……そうだな。でも魔王は強敵だぞ? とても強いし、とても怖いぞ?」

「ま、ママよりも?」

「あー、だいたい同じぐらい。ていうかほぼイコール。まあ、だから今日のところは近くの村で一泊しよう。それから――」

「それからいよいよ魔王討伐に向かうのね、うふふふ」

「そうだなあ、魔王と戦うのはしばらくこりご……り?」


 いつの間にか三頭目の馬がマサキの横に並んでいた。

 馬上で、純白のエプロンドレスに身を包んだアンリが微笑んでいた。

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