兄弟物語(1)コタツ編
これは、俺の仁義なき戦いだ。
「おい、俺のみかんを食うんじゃねぇ」
「え、これあたしのだよ。あんたのみかんはユージが食べてる方よ」
「違うだろー。オレのはお隣のミチコさんにもらったみかんー。お前らのスーパーで買ったヤツと間違えるんじゃねー。シュウのみかんはタケルの腹ン中だ」
「何言ってるのさ。何でも僕の所為にしないでよね。シュウ兄のみかんなんてこれっぽっちも興味ないし」
俺は注意深く周りの面子を見渡した。どいつもこいつもそ知らぬ顔して……似たような顔してやがる。……当たり前だけど。
俺の真正面には茶髪の男。耳にじゃらじゃらとピアスをつけている。ついでに首とか腕にもなんかくっついてやがる。見てるとうぜー。
そのくせ中身は…………うん、俺に兄貴との接点を欲しがった女子共、ざまーみろ!!
左には家で唯一の……女といっていいか憚れるんだが。
肩より少し長めの髪を毎日こて?とかいうヤツで巻いている。おかげで朝はコイツが遅刻するとかぎゃーぎゃー騒いでて煩い。こんなのが俺より年上と言うのがなんか虚しくなる。
そして俺の右側にはまだまだ幼さを残す少年。むしろ姉貴よりも女みたいな顔してんじゃねぇかな。言ったらめちゃくちゃ睨まれるけど。
そのわりに時々言ってることが俺たちの誰よりも大人な時がある。なぜコイツがこんな性格になったのか……いや、分かる気がする。
「ちょっと。シュウの足が邪魔なんだけど。セクハラで訴えるわよ」
「俺の足じゃねぇ。それになんで姉貴に、しかもお前なんかにそんな気色悪いことしなきゃならないん」
バキッ。
「あーあ。どうしてシュウ兄っていっつも学習しないのかな。あんな事いったらルリ姉怒るにきまってるじゃん」
「シュウはお馬鹿だし。ま、そこが可愛いんだけどな」
「ちょっとユージ兄、今手に持ってるのは間違いなく僕のみかんだよ。どさくさに紛れて食べないでよ」
そんな会話の間に俺は姉貴の手によってボッコボコにされていた。姉弟ケンカを止めようと思う気持ちすら、兄貴にもタケルにもないようだ。……もう、今更だけど。
俺はひりひりする頬を手で押さえながら座布団の上に横になった。こうなったら不貞寝してやる。
「ルリー。台所に茶菓子あるから取ってこいー。それから、もうポットにお湯がないから沸かしてきてー」
「いやよ!なんであたしが!それなら、シュウかタケルに命令しなさいよ!」
「嫌だなー、可愛い弟たちに命令なんて出来ないぜー」
「あんた、そのブラコンどうにかしなさいよ!キショいのよ!しかもあたしはハブかよ!」
「あらやだ。ルリちゃんヤキモチ?だいじょーぶだよー。オレ、ちゃんとルリちゃんも大好きだからー」
バキッ。
「……俺さ、なんで兄貴が姉貴を含め、兄弟に抱きつこうとするのか理解できないんだけど」
「さぁ。ちょっとほろ酔い気分でストリートに出てきちゃった40代欧米人のノリなんじゃないの」
すまん。どんなノリか良く分からん。
そして結局、コタツから出る羽目になったのは……俺だ。
「何故だ……」
流れからすればユージが犠牲者になるはずだろうに。
俺は冷える足を震わせながら素早く台所に駆け込み、やかんに冷水を突っ込んで火にかけると、食卓の上にある茶菓子を引ったくって定位置にもぐりこんだ。この間約43秒!
茶菓子をテーブルに置いた瞬間のびてくる手たち。ヤツラを見渡せば何事もないかのようにそれぞれ口を動かしてテレビを見ている…………ちっとは礼とか遠慮をしろ!!
だがもう怒る気にもなれず、そのまま寝転んだ。せっかく暖かい場所にいるのに一方的に怒ったところで無駄なのは俺の経験が良く分かっている。
「ちょっと、やかんの音がピーピー煩いんだけど」
「えー?オレが行くの?シュウが火をつけたんだからお前行ってこいよー」
「…………俺は可愛い弟じゃなかったのか…………?」
あきらめて再び腰を上げる。はぁ、天国から地獄だね、こりゃ。
台所はコンロの周りが微妙に温かかったからちょっと和んだ。いやいや、ガスがもったいない。俺は火を止めてやかんを持ち上げた。面倒だったが、ポットにお湯を移さなきゃならない。この家に「電気ポット」なる未来の道具は存在しないのだ。
だが、俺はかじかんだ手で上手く指を動かせなかった。
「あ」
ビシャッ。
一瞬「寒い」という感覚と混ざり合ってよく分からなかったのだが、すぐに熱湯の熱さに悲鳴を上げた。
「ぎゃ―――ッ!!!!???」
熱湯が胸から足元までほぼ全身にかかったっ!熱い!冗談じゃねー!!!
すると俺のただならぬ悲鳴に兄貴たちが台所に飛び込んできた。
「どうした!?シュウ!泥棒か!?」
「チカン!?あんたを狙う趣味の悪いチカン!?」
「…………何があったの?」
なんか言ってやりたかったが、俺はそれ所じゃなく、セーターを手でつまみあげて少しでも肌から離すことしか出来なかった。皮膚がヒリヒリするッ!
しかし俺の様子から事態に気がついたのか、兄貴たちは一斉に俺に……襲い掛かってきた?
「シュウ!!脱ぎなさい!今すぐ早く!!全裸になりなさい!!」
「僕、新しい服とって来るね」
「ギャ――――!!!シュウが傷物になっちゃう――!!!シュウがお嫁にいけない――――!!」
「アンタ煩い!!邪魔!!」
ボコッ。
確かに俺の悲鳴よりも声のでかいユージを黙らせてくれて良かった。というか、近所に聞こえたらかなり恥ずかしい!!
姉貴は素早い動きで俺のセーターとシャツを脱がし、……そしてさらに俺のズボンのベルトまでに手をかけた。
「や、やめろ!!お前も一応は女だろーが!!!」
「一応とは何!?えーい!!男なら黙ってあたしに脱がされなさいッ!!」
「い、嫌だ――!!本気で止めてくれ!!!やめて……」
この時のことが俺のトラウマになったとは、きっとルリは全く気づいていまい……。
その後、なんとか涙を拭って自力で動けるくらいになった俺は、タケルが持ってきてくれた服に着替えた。…………この歳になって姉貴に見られるなんて、見られるなんて……ッ。
「良かったね。シュウ兄の火傷、たいしたことないみたい」
ああ、むしろ俺の心の方が大火傷だよ。
兄貴は半泣きで俺に抱きついてきた。キモイッ!!!
「良かったー。シュウの怪我がなんともなくて、良かったー」
引き離そうと俺はしたけど、ユージの顔が本当に安堵からの泣き顔だって分かったから諦めた。
だがそこにルリまで抱きついてきやがった。
「ほんとよ!なんでこんなに心配させるのよ!お馬鹿!」
馬鹿で悪かったな。そもそもお前らの所為じゃねーかよ。ふざけんな、姉貴のせいで俺が立ち直れなかったらどうするんだよ。……とかまぁ、言ってやりたかったけど。
「あ、皆ずるい。僕もやる」
タケルまで抱きついてきやがった。なんだかんだいって、コイツって歳相応に甘えたがりやな所あるんだよなぁー。
「重いんだけど……」
なんだよ、この状況。兄弟共に抱きつかれてる俺って一体なんなのよ。
ま、でも。
「こういうのも、た――――まには、いいかもな」
後日、姉貴にこの日の事をからかわれて、俺の傷口が深くなったのは言うまでもなく。
こういうコメディ色の強いお話は書きやすく、書いていて非常に楽しいです。
短編ですが、続編が書いてみたいですね。
お読み下さって有難うございました。