第57話 別行動
エタらない!
強い光と共に住宅地の中のごく普通の夜の公園が、地平線が見えるのでないかというほど開けた夜の草原に変わる。
地平線が見えるというのは訂正しよう。少し目を凝らせば、草原には生々しい物体が大量に横たわり、鼻を効かせばそこには戦場の空気が流れているのが分かる。
だがまあ、俺にそんな余裕はない。
「あがあ、ががああ!」
かなり焦りながら、口の中に突然入れられた物体を取り出そうともがくが、固定された口は上手く開か無い。
「うわっ、シューヤさん!レベルアップして、傷が癒えたんですね!あっ!向こう向いちゃダメですって!」
「あが、がががが」
「何言ってるんですか?とにかく、目は閉じてください」
メイによって、頭蓋骨のに穴の空いた目の部分が石で塞がれる。
もちろん俺自身の頭蓋骨ではなく、『緑竜の頭蓋骨』のである。
俺はこの『緑竜の頭蓋骨』によって顎を十分に開けられず、口の中の異物を除去でき無いでいるのだが、頬が横に引っ張られるわ、顎は閉じられ無いわで、とても辛い。「これ、はずして」と必死に呼びかけているつもりなのだが、メイからしたら“あ”と“が”の羅列にしか聞こえ無いだろう。
「コウさん!私のコートを!」
「……ありがとう。でもそれより宇宙人の頭蓋骨!外してあげて!」
田上は優しいな。
異世界に突然移動して、戸惑ってるはずなのに俺の心配なんて……いや、田上は俺の口の状況を知ってるのか?そうだ。そもそも俺が連れて行ってもらったのはほとんど人の来ない公園。
そして、俺の口にこの何かを入れた奴は、『異世界へ出発』ボタンを押せば本当に異世界に来ることを知ってた奴じゃないか?
普通に考えて犯人、田上じゃん!
「どうしたんですか?魔王は倒して、傷も癒えたのにそんなに慌てて。まぁいいですけど。《ヒール》」
手をかけて外そうとしていた頭蓋骨が嘘のように俺の頭からスポリと抜ける。
そして俺は口に手を突っ込んで異物を取り出し、そこらに放ると、自由を得た口を動かす。
「おい!田上!どういうことだよ!教科書は?」
「……宇宙人の作戦、失敗する。だから教科書は持ってきてない」
「ハァ?なんでだよ!根拠も証拠もはっきりしてたじゃねぇか!そもそもできないならそう言ってくれれば……」
「あのー、シューヤさん。田上さんの作戦は成功して、魔王は倒せたんだし、ここは終わった作戦を議論する前に、他の戦線を助けに行きましょう?」
困ったような寂しげな顔で俺の言葉を遮ったメイに、何言ってんだ?と一瞬思ってしまったが、発言者のメイには俺たちはニッポンという、遠い国から来たと伝えている。
異世界の話はしたことがないし、俺たちにとっての向こうでの2週間も、メイからすれば一瞬なのだ。
正確には分からないが一瞬もないのかもしれない。
そんなメイの前で俺が田上に作戦だの何だのと文句を言い始めたら、魔王の倒し方についての対立だと思ってもおかしくないだろう。むしろ自然である。
「……メイの言う通り」
田上も同じことを思ったのか。
理性的に考えればここで言い合うべきではない、素直に引いておこう。しかし……
「田上、この話は後で話そう」
この話をなあなあにするつもりはない。
俺が進んでやられたならまだしも、眠ってる時に襲われたも同然なのだ。その上、テスト前にこっちの世界に来る権利までも使ってしまった。留年の危機である。
まぁ、これらの理屈もあるが、学校外で勉強という普段ないストレスと、何より睡眠を阻害されたことによって、美少女には寛大な俺も田上が隠れ美少女であることを知りながら珍しく怒っているのだ。
しかしながら、耳をすませばここから少し離れた地では、未だに戦闘音が続いている。
動かしていた魔王が消えたところで魔物は本能に任せて動くということだろう。
確か、メガネのギルド員の話では魔物が戦線を超え始めたのは魔王の襲来が直接的な原因というよりは、魔王によるその数の増加が原因と言われていた。
実際に田上とメイが、敵の最高戦力の魔人、魔王と戦っていたにも関わらず、戦闘が有利に進んでいる気配はないのだから、俺たちの助けは必要だと考えるべきだろう。
「……私とメイで南寄りをやる」
「じゃあ俺も」
「……私もメイもレベルは上がった……周りの魔物は高くても800レベルいかないくらいだから、宇宙人は北をやって」
相手が大したことないから心配しないで別れた方が効率がいいってことか。
でもさ、俺、今、ウェタンに対してどっちの方角にいるか知らないんだよね。
どこ行きゃいいか分からないから、とりあえずついていくって言ったんだけど……
「じゃあ行ってきますね。心配しなくて大丈夫ですよ、むしろ戦いよりも、後で食べる方が大変ですから!」
あ、忘れてたけど倒した魔物は食べるのか。
考えるだけで胃もたれがしてくるようだが、町の人や、冒険者に還元する部分が大半になるだろうし、案外手元に残る魔物の数は少ないかもしれ無い。……いざとなれば、ばれ無いように《アイテムボックス》に入れちゃおう!
そんなことを考えている間に田上を背負ったメイの姿が一瞬で米粒になる。まぁ、南が向こうなら、北は逆か。
視線の先はメイたちの向かった方とは逆の方の町よりの辺り。
刃同士のぶつかる音や、悲痛な叫び、《言語理解》によって、自らの最後まで大切なモノを想い、散っていく敵味方双方の戦士たちの挙げ句が耳につくが、俺は魔王を倒さなければ現代に戻れ無いのだから、魔物とは敵対するしか無い。
現代に戻る方法も、《言語理解》の仕様も、考え出したのはあのジジイだ。そう思えばこの、悪魔の仕様も納得できる。俺はもう、神には祈らねぇぞ!
前回全力で駆けた時にはボロボロで思い通り動かなかった体は力強く地面を蹴ることによって、一瞬で戦地の上空に移動する。
この大陸の魔物の特徴なのか、敵は巨大な虫のような魔物が多い。
俺は軽自動車ほどのカブトムシの上に降り立ち、昆虫特有の外骨格を突き抜けて地面にたどり着く。
こいつが鶏肉みたいな味の魔物のビットルか。確かギルドで見た討伐依頼のランクはD。
外骨格が固いために、骨格の隙間に攻撃するか、魔法でしかダメージを与える方法はない代わりに、攻撃方法が巨大なツノと、身体の質量を利用したのしかかりしかなく、木の上から落ちてくることで行うそれさえ避けてしまえば、ツノを避けて回り込むことで戦いに慣れ始めた冒険者ならば楽に倒せるらしい。
セオリーを無視して外骨格を突き抜けて倒したために、体は体液で気持ち悪いことになっているが、服は着てい無いので、その辺りを気にする必要は無い。
……俺、全裸じゃん。
そう、自らの持つ、世界中の魔素の暴発によって、衣服を失った俺は今現在、裸なのだ。
フウ、露出狂が街を救うとどんな扱いされるんだろうな……
というか、ずっと俺が裸だと思っていた、メイについてはまだしも、田上は俺に一言かけるべきだろう!
これについても、言及せざるを得無いな。
体毛が至る所にちょこちょこと生え、羽を高速で動かしているにも関わらず、地上を歩く巨大な蚊のような魔物、キルモート。見るだけで全身が痒くなるフォルムも、旅をする中でだんだんと見慣れてきた。
いつものようにストローの下からアッパーを食らわせ、大きな複眼のついた頭を飛ばす。
羽の動きは速いが、その他の動きは俺からすれば全くもって遅い。
その羽で攻撃してくることはなく、専ら尖ったストローを愚鈍に動かすだけのこいつは討伐依頼のランクはC。
一人前の冒険者が倒せるレベル。
理由は羽を利用し、そこそこ高速で空中を移動するためらしいが、不思議なことに俺はこいつが飛んでいる様子を見たことが無い。
まぁ、飛んだところで倒せるとは思うけどね!
続いて右手に現れましたのはカマキリのような魔物、マニッツ。こいつも弱点は頭なのだが、巨大で切れ味の良い鎌を高速で振り回し、頭を庇うらしい。討伐依頼のランクはC。
鎌以外の4本の足をまず狙い、その後身体を狙っていって徐々に弱らせるか、魔法によっ鎌の範囲外から首を落とすかで倒すらしい。
ただしレベルが上がり、フライマニッツになると、空を飛ぶようになり、移動速度も上がるため、一気にAランクに上昇するらしい。
マニッツとフライマニッツの見分け方は羽が発達しているかどうからしいが、俺からすればこのマニッツの羽も前に見たマニッツに比べればかなり発達していると思う。
あと少しで空が飛べたのにな……
そんな同情を少し抱きながらも、身体は容赦なく鎌の動きの間に合わない高速でラリアットを食らわせる。
こんな調子で、某赤帽子のおじさんが星を取った時のようにポカポカとあっさり敵を倒しながら、人間側の最前線へと向かう。
そして見えてきたのは他の冒険者達から突出した位置に陣取るパーティーらしき4人組の集団。
最近周りに女の子は多いが、未だに彼女いない歴=年齢の俺のコミュ力で会話を行うことができるのだろうか?否、様子を見よう。
「《ヘビーブレイド》!」
兜、と言うよりはヘルムのような重そうな防具を頭につけ、鎧や足具など、全身を銀色の硬質な防具に覆われた男のこれまた重そうな銀色の片手剣が、技名を叫ぶと同時に黒く輝く。
男が盾によって抑えている俺の身長ほどもあるカナブンは(こいつは初めて見たから名前は知らない)その剣に斬りつけられると、外骨格ごと潰されたようにひしゃげる。
とりあえず、あの人に話しかけるのは怖いな。ステータスとか関係なく、恐縮してしまう気がする。
間に女性2人を挟み、背中を合わせるのはその男と見比べたとき、真逆とも言えるような格好をした男。
黒や、茶色を基調にして暗い色に抑えられたゆったりして動きやすそうな装備に黒いハードボイルド風のハットを被っている。
細い線の体を器用に動かし、魔物の攻撃をヒラヒラと避けながら、虫の魔物の共通の弱点である関節をいつ、どこから出したのか分からない数本の大きめのナイフによって的確に攻撃している。
「《ライフスティール》」
彼の持つナイフの一本が、深緑に光り、襲ってきたカミキリムシのような魔物のアゴを綺麗にすり抜けながら、頭の関節を捉える。
次の瞬間にはカミキリムシの頭はぽとりと地面に落ち、骸はピクリとも動かずに萎れてしまった。
虫系の魔物は生命力が高く、頭を取った後でも気持ち悪く足が動いたりするのだが、便利なスキルだな。
てか、かっこよ!相手の攻撃をかわして的確に急所をついて倒すとか、厨二心くすぐりすぎだろ!
その短剣の男が身体を薄く緑色に発光させながら言葉を発する。
「おい、シェイ!連絡はまだ来ねーのか⁈」
「来てないわよ!どちらにしてもあと少しで連絡が来るはずなんだから、耐えなさいよね!」
答えたのは無駄に大きなツバのついたとんがり帽子と、手元に拳程の水色と朱色の2つの宝石がついた杖。
紫を中心に纏めた服装は誰もが思い描く魔女である。
誰もが思い描くとは言ったが、つばの端からチラリと覗けるその顔はまだ若く整っており、老婆型の魔女ではなく、美女型の魔女だ。
因みに俺のおっぱいセンサーではEカップと出ている!
しかしながら、見た目とは裏腹に魔法を使っている気配はなく、先程からずっとナイフの男と、フルアーマーの男に守られている。
「クソっ、ギルドは何やってんだ!てかおっさん!わざわざ潰さねーでしっかり関節狙えよ!持久戦になるかも知んねーんだよ!」
ナイフの人はヒラヒラと攻撃をかわし、襲い来る魔物を最小限の力で次々倒しながら会話を続ける。
「たわけ!そんな器用なことできんわ!オレにゃあ叩き潰すか、叩き斬るしか選択肢がないのだ!」
フルアーマーの人は答えると同時に目の前の魔物を再び叩き切る。
「チッ!その選択肢を増やせってんだよ!」
ナイフの人の口調は強く、イライラしているのは伝わるが、戦い方はあくまで合理的で、シェイと呼ばれた魔女に迫っていたゴキブリのような魔物をナイフを投げて一撃で倒し、さらに投げたナイフを糸によって再び手元に手繰り寄せ、目の前にいる巨大イモムシ、グリーンキャタピラーの頭部を落とす。
……曲芸のような戦い方だ。
当然のように行う技のレベルが高い。どうでも良い話だが、あの巨大ゴキブリを見て、女性陣も普通にしてるのは何気にすごい。
一応確認するが、俺はあの魔物だけは素手では倒したくない!
「まぁまぁ、落ち着きましょうよぉ。ギルドからの連絡が入ればぁ、あとは自由に動けるんですしぃ、なんなら唄いましょうかぁ?」
魔女でない方の女性が口を開く。
服装は紺のローブに……一言で言うと修道服だ。
戦場に物凄く不釣り合いな服装でおっとりと話している。
しかし!何より驚くべきはその双丘。俺のおっぱいセンサーに引っかかったサイズでは最大級のG!
物凄く目の保養である!
「いや、唄はまだ大丈夫だが、準備はしておいてくれ!魔物の密度が上がってる!」
あ、それ俺のせいかも。
俺はかなり強そうなこの冒険者パーティーの一挙一動を「話しかけるタイミングねーかなー」と見ながら、周りの魔物を適当に葬っていたのだ。
こっちに来た日から、視力が良いので最初はそこそこ遠くから見ていたのだが、だんだん魔物がいなくなってきて、追い込み漁のごとく中によっていっていた。
結果、裸のディスアドバンテージを背負ったまま話すタイミングを失った上に、円の中心にいる彼らの周りの魔物の密度は高くなってしまったのだ。
「チッ、面倒クセェ!」
吐き捨てるようにナイフの人が言った直後、何も言わず、動かないでいた魔女が顔を上げる。
「来たわ!やっぱり魔力の密度が原因で、飛べる個体は極端に減っているみたい!温存はもういらないわね!私のターンよ!」
「ヤベェ!おっさん!ミリー伏せろ!」
言葉と同時に自らも伏せるナイフの人。
戦場で4人パーティーの内、3人が伏せるという、なんかもう戦闘放棄としか思えない状況。しかし、直後に1人だけ立った美女の口から出たのは降参の言葉ではなかった。
「燃え滾る焔よ!ただ我が志が為に集いて流れ、全てを流し咀嚼し焼き尽くせ!《ブレイズウェーブ》」
詠唱の途中から燃え滾る溶鉱炉のような輝きを放っていた赤い宝石がその輝きを失い、同時に決壊したダムのごとき豪炎の濁流が戦闘放棄したような彼らを甚振ろうと、ジリジリ歩み寄っていた魔物を呑み込む。
炎の流れはそこでは止まらず、彼女を中心に、なおもすごい勢いで流れ続ける。
だんだんと外側に拡がっていく大迫力のそれを見ながらも俺はせっせと魔物を倒し、渦巻き状にだんだんと中心に近づいていく。
3Dとかマジで比にならないレベルの迫力だぜ!
…………熱さえも感じるその炎は気付けば俺の視界一面に広がっていた……
「うぉぁぁぁぁぁ⁈アツッ!いやアッッツ!!熱いッテェェェ!……」
肌を直接豪炎によって焼かれる灼熱地獄。やたらと長く感じたそれが唐突に終わりを告げる。
MENが高かったせいか火傷などは全くしていないが、めちゃくちゃ熱かった。まったく訳のわからない体である。
地面に転げ回っていた俺は地面が若干赤くなっているのを見て、即座に立ち上がる。
熱いから立ち上がっただけだ。生理反応である。
しかし、それは最悪のタイミングであったと言えよう。
俺が立つと同時に炎から逃げていたであろう向こうのパーティーメンバーも立ち上がったのだ。
炎の範囲外では今まで通り戦闘は継続している。しかし、この瞬間、この場所だけは、周りにあるのは先ほどの炎によって黒く炭化した虫だけ。
どこか香ばしい香りが辺りに漂う中、俺はダビデ像の如く、全裸で仁王立ちをしていた。
「イヤァァァァ!」
「あらまぁ」
巨大ゴキブリにも動じなかった女性2人が顔を覆った。
突然投稿に間が空いてしまいすいませんでした。
風呂敷閉じ始めようとしているのですが構想が思ったよりうまく行かなくて……
少し遅くなるかもしれませんが、初心の2週間以内は絶対守ります。
読んでいただきありがとうございます!