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第55話 夜の公園

「……寝たらダメ。死ぬ」


「もう良いんだ、最後まで全力を尽くしてくれてありがとう」


「……ここを耐えればまだ助かる可能性はある」


「いや、 自分のことは自分が一番よく分かってる。俺はもうダメだ。でも、田上のおかげで心置きなく逝けるよ……」





……2回目の高校2年生に……。


鈴音に貰った腕時計が差しているのは現在11時50分。

いつもなら眠くなどならずに、ゲーム、アニメ、ネットサーフィン、etc.に興じている時間だが、いつも浴び続けているブルーライトの恩恵がないせいか、元々寝不足だった上、現代文の教科書が前にあるという特殊な状況下のせいか、いつもより早く睡魔が俺を襲う。


「……明日の朝までに前回のテスト範囲までの確認は終わらせないといけないのに」


そう、俺はまだ、前回のテストの範囲をやっている途中なのだ。

明日、一夜漬けで今回のテスト範囲を勉強する余裕さえ、今の俺にはまだないのだ。


記憶力、計算力、やる気……俺に足りないものは数多く存在するが、圧倒的に足りないものはやはり、「時間」である。

こういう時、某龍の玉のお話に出てくる精○と時の部屋があれば良かったのに……と思ってしまうのは男子高校生の性なのだろう。




……ん?俺は最近、精神と○の部屋を毎週日曜日に使っている。

あれを使って勉強をすれば、時間的には間に合うのではなかろうか?

一度アイテムボックスの仕様を知った時に断念した作戦を真剣に考える時が来たのだ。


「田上!異世界だ!向こうに勉強道具を持って行こう!」


「……どうやって?……着てるものも変わるし、ものを持っても無駄。アイテムボックス?」


「いや、アイテムボックスは異世界とこっちで分かれてる。だからなんか別の方法を考えて!」


「……ちょっと待ってて」


俺の話を聞いて絶望するでもなく立ち上がる田上。

何かいい考えが⁈と、期待を込めて動向を見守る。


彼女が向かったのはキッチン、とは言ってもワンルームのマンションなので、この部屋の一画の調理スペースとでも言った方が分かりやすいかもしれない。


そして、戸棚と冷蔵庫からそれぞれ何かを取り出す。

両手に持ったそれを俺の目の前のテーブルに置きながら田上は言葉を発する。


「……徹夜しかない」


俺の前に置かれたのは、妙な味と強めの炭酸、飲料にも関わらずなぜか襲ってくる満腹感、エナジードリンクと、口内をスースーさせる眠気対策の辛い飴の完徹2点セットだった。


あれ?そういえば前に田上とデートしに行く前も飴を舐めてたな。

ミントでくちをスースーさせながら、魔王の城に転移した気がする……。


「田上!異世界に勉強道具を持って行く方法が分かったぞ!」


「……宇宙人、もう君に寝る時間はない。抵抗は見苦しい」


「違うんだって!本当に見つかったんだよ!田上!必要なのはゴミ袋とお前の協力だけだ!頼めるか?」


「……分かった。でも、何を?」


田上は戸棚からゴミ袋を取り出し、俺に渡す。


「説明はあとだ!この辺りでこの時間帯に絶対人が来ない広い場所ってあるか?」


「……第二公園とか?」


「そこに向かうぞ!」


なんの第二なんだよ!というツッコミも抑えて俺は自分の教科書をゴミ袋に放り込み、さっさと田上の家を出る準備を終了する。

ゴミ袋に教科書を突っ込んで、少し幸せな気分になったのは秘密だ。


「……ま、まさかとは思うけど、教科書、捨てるの?」


「ちげーよ!教科書を不法投棄とか俺はどんだけクズなんだよ!向こうで教科書を使うために必要なの!」


そうして俺に急かされながら田上は家を出る。

向かう先は第二公園。さらにその先には異世界だ!


〜〜〜


「……で、どうするの?」


真夜中の公園。

5月も終わりが見えてきた晩春といえども、夜の人気のない公園は温度とその独特な気配によって寒気を生じさせる。

昼には小さな子供が小さな体で駆け回っていたであろう公園に点在する遊具が本来の働きをすることなく、街灯に照らされ、むしろ静けさを増長させている。


そんな時が止まってしまったかのような公園に田上の決して大きくはない声が響く。


「俺の考えを説明しよう。

『世界は元々一つながりであって、一つ一つのものは存在せず、言葉がものをものたらしめる』

現代文でこんな話が出てきたのは覚えているか?」


俺の考えが正しければ、俺は異世界で勉強できる。それ即ちテストの結果で留年になることを避けることができるということ!

俺は自信を持って田上の声の余韻を打ち消す。


「……さっき私が説明した。ソシュールの言語論」


「ああ、ここで俺が取り上げたいのは世界は元々一つながりってことだ。俺たちは服などを含めないその身一つで異世界に行っている。じゃあ、胃の中に残っているはずの食べ物はどうなってる?」


「……同時に転移してる」


そう、俺たちは異世界に転移しても、現代に戻ってきても極度に腹が減っていたことはない。


「つまり、胃の内容物は俺たちの体の一部ってことだ」


「……もしかしてその量の教科書を?」


田上は『食べる』と思ってるのだろう。そして俺はやはりバカだと。

しかし、それは早合点と言う物だ。こんな量の教科書が胃に入るはずもなければ、胃に入れたところで取り出す方法が無い。


「違うな。さっきの理論は何も胃だけに適応されるわけじゃない。口だってケツだって、マ……」


「…………」


口を滑らせかけて田上の気迫を感じる。殺気を帯びた何かが俺の胸を貫いた気がしたのだ。

別に卑猥な意味じゃなくてあくまで例の1つとして……いや、俺が悪いか。


「ま、まぁ例は何だっていい。俺は田上とデートした日、興奮で朝まで起きてて、眠気対策の飴を食べたんだ。……そしてそのまま異世界に行くことを思い出し、異世界に到着した俺は飴を吐き出した」


そう、口の中に含まれた飴は俺の体の一部として異世界に転移したのだ。つまり、教科書類も同じようにして運べるはずだ!


「……それでも体積的に宇宙人の口には入らない」


確かに俺の可愛らしいお口にこんなバカバカしい体積の教科書が入るわけがない。こんなに大量に勉強しろとか本当にバカバカしい、むしろバカだ!

しかし別に俺の口に入れるとは言ってない……


「俺が必要だと言ったのは、ゴミ袋と広い場所、そして田上の協力だ。田上の口に入れるんだよ」


「…………ヤダ」


田上は理解と同時に体を抱え、拒否の姿勢をとる。


そう、俺の計画は簡単。

口の中に入れた物が体の一部として異世界に持っていけるならば、竜化した田上の口にそれを突っ込んで異世界に行けばいいじゃないか!という物だ。


「田上、それしか方法が無いんだ!頼む!」


「……20分だけ時間を頂戴」


田上は裸になるというリスクをかなり恐れていた。

それならば覚悟を決める時間を必要とするのも当然といえば当然だろう。


「分かった。俺はそこのベンチに座ってるから」


「……私はあそこに行く。寝てていい」


田上が指差した先にあったのは公衆トイレ。

暗くて気づかなかったが、公園のはじにあったようだ。

真夜中に髪で顔を覆い隠した女が公衆トイレから出てきたりしたらホラーだな……


そんなどうでもいいことを思いながら俺は取り敢えず田上に勧められた通り、眠ることにする。

徹夜明けでここまでほとんど寝てなかったのだから褒めて欲しいくらいだ……。


ありがとうございます!

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