第54話 勉強会
すいません、大分遅くなりました。
「なぁ〜、sinってなんかのキャラ?」
「……宇宙人、無理、留年」
テスト勉強を始めて1時間程。
俺と田上の……そして鈴音の勉強会は難航していた。
話を聞くと、田上は授業を適当に聞き流していればテスト勉強は必要ないとかいう全国の高校生憧れの頭脳を持っているらしく、俺が教科書を見ながら出した問題をことごとく正解して、それを証明した。
鈴音は田上と顔を合わせると(田上の顔は髪に隠されていたが)笑顔で「お兄ちゃんと間違いが起こらないように見張らせてもらいます!」と言って、自分のバックから勉強道具を取り出して勉強を始めた。
恐ろしいことに、俺の記憶が正しければ、彼女のテストは2週間先のはずである。
もっとも、その俺の記憶に関しては現在進行形で信用が失われている。
現在進行形はingだぜ!
「……1年の授業からほとんど聞いてないの?」
「おう!自慢じゃないが、成績は留年ギリギリだったぜ!」
何てことはない。
高校受験の前はこんな俺も一般の受験生くらいには勉強していた。
それこそ部活を引退してからは遊びに出ることもなく、塾の自習室に入り浸ったものだ。
その反動と言ってもいいだろう。
高校に入ってからはぷっつりとやる気の糸が切れてしまった。
別に特別な何かがあったわけでもないのに、なんのために今まで頑張ろうとしていたのか分からなくなったのだ。結果、高校では部活に入らず、それまでも興味のあったラノベ、ゲーム、漫画に走ったのだ。スチューデントアパシーだ。アパアパだ。
「……とりあえず、三角関数」
でも、今はそれを抜け出そうと思っている。
今の俺にはチートがあるし、田上も、メイもいる。
何より高校生活を楽しむと決めたのだ。
「シンコスタンだろ?大丈夫、そういう厨二っぽいふりがなのやつは俺の得意分野だ!タンジェントとか絶対黒スーツのおっさん外国人キャラだわ!」
俺が本気を出せば高校数学なんてなんとでもなる!
その自信に満ち溢れた俺の言葉は女子2人には届かなかったらしく、小声の会話が漏れている。
「お兄ちゃんの言ってることの意味がわからないです……」
「……やる気が出てる。なんとか話を合わせて勉強に持っていくべき」
痛いやつみたいに扱われている気がするが、電波とブラコンにそんな扱いはされたく無い!
そんなことを思いながらも田上のイメージに反し、ピンク色の装飾品や、ぬいぐるみなどの女の子らしい部屋のテーブルに向き直る。
分から無いところ、つまりは全てを教科書で補いながら少しずつ、問題集を進めていくものの、数学と言う名の催眠術によって、俺の勉強を教えることも放棄しボソボソと有る事無い事俺について話している田上と鈴音の声が、少しずつまどろみの彼方に沈み始める。
半ページ程度進んだ問題集を前に、「ちょっと休んでからやるか」などと「明日から勉強しよう」ばりのフラグを頭の中で構築する。
俺は意識を手放し、夢の世界へ……
ピーンポーン。
来客?
田上の家族は少し離れたところに住んでいるが故に、田上は一人暮らしである。よって家族では無いだろう。では誰か……どうでもいいか。
俺は人を家に呼んでいるこのタイミングで現れる人物なんて、宅配便か、何かの勧誘だろうと見切りをつけて、今度こそ確実に夢の世界へと落下した。
〜〜〜
大きな物音と、体を揺さぶられたことによって目覚めた俺は辺りを見回し、ピンク色の小物、花柄のカーテン、何より自分の前に勉強道具があるというありえ無い状況で、自分の部屋で無く、田上の家に来ていたことを思い出す。
5分、位だろうか。
そう思いながら腕時計を確認すると寝始めてから30分弱経っているようだ。が、全然寝足り無い。
もう一度眠りにつこうとしたところで玄関の方から再び物音と声が聞こえる。
ドンドンドン!
「開けなさい!素直に開ければこれ以上は何もし無い!あなた方の身の安全は保障しよう!」
あまりにも物騒な野太い声に、興味を抱き、寝ぼけ眼をこすって目を覚ます。
「お兄ちゃん!ちゃんとして!変な男が田上さんの部屋に入ろうとしてるの!」
「……どういう状況⁈」
最初は全く理解ができなかったものの、徐々に鈴音の言葉が頭の中に浸透していき、それでも状況は分からなかった。
「最初はね、パツキンの高校生が何度もインターホンを鳴らしてて、田上さんがあしらってただけなんだけど、その人がどうやってかマンションに入ってきたらしくて、ドアを叩いて入れるように言ってきたの。それも無視してたらあの男の声が聞こえてきて、無理矢理押し入ろうとするのを田上さんが防いでるの!」
「おう!わけわからんが、田上はピンチってことか?」
「そういうこと!でも何であんな人が田上さんの部屋に……」
確かにそうだ。パツキンの高校生と、怪しげな男たちとか、結構ヤバい奴じゃないの?
マル暴と関わりあるガチ不良みたいな奴らがなんで家まで来るんだよ!
「うーん田上に限って借金とかは無いだろうし、喧嘩売ったとか?」
「さ、流石にそれは……」
「ありえそうな気がしてきた」
そんなことを宣いながらもだんだんとはっきりしてきた頭を部屋から出して、玄関を見る。
玄関では田上がドアを抑えているが、ドアの向こう側から男の力で押される扉を抑えているのも限界に近いように見えた。
「鈴音、向こうは危険かもしれ無いから部屋にいろ」
「でも……」
俺は鈴音の言葉が紡がれる前に、田上の力になるため、扉まで寄っていき、手を添える。
「……宇宙人、勉強してて」
「そんな場合じゃ無いでしょ!危ない奴が家に入ってきそうなんだよ⁉︎」
「……めちゃくちゃやだけど知り合いだから最悪入られてもいい」
『めちゃくちゃやだ』と『最悪』を併用している時点で田上の嫌がりが伝わる。
そもそも勉強してなかったしな!
「……いいから宇宙人は勉強。……宇宙人の頭の悪さの方が非常事態」
「言い過ぎだろ!後で勉強はするからまずはこの状況を!」
「お兄ちゃんも田上さんも言い争って無いで状況を把握しなきゃ!」
「ここを開けなさい!」
扉は俺が片手で抑えて田上はもはや手を組んで俺を糾弾している。
部屋の方からは鈴音が痺れを切らしたようにこちらに向かってきて、完全に閉じて抑えている扉の向こうからはいくらかくぐもった男の声と扉を叩く音が常に部屋に侵入してくる。
カオスだ。
パリーン!
混沌への新たな参入者によるものと思われる高い音が部屋の方から聞こえてくる。
事態をさらなる混沌へと誘うかと思われたその音は皮肉なことに当事者四人を警戒させ、静けさを作り出す。
田上、鈴音が顔をそちらに向けたのを見てから俺も事実の確認のために開きっぱなしとなっている廊下のドアの先、部屋からベランダへと向かう窓に視線を向ける。
そして、外側から鍵を開けられた窓がガラガラと開かれ、その先には1人の人影。
パツキンの高校生。
その通りといえばその通りなのだが、その特徴的な髪には毛染めした際に現れる毛先の痛々しさや、不自然さはなく、むしろ絹の糸であるかのような透明感。
「私も一緒に勉強させていただきますわ!」
「桃李様!ご無事だったので⁉︎」
そう、窓から現れたのは桃李様。中川財閥のお嬢様であった。
そして、いつの間にやらドアを開け、隣に立っていたらしい男も彼女の関係者らしい。
「心配しすぎよ後藤。『友達の家に行って、無理矢理お酒飲まされそう〜』なんて冗談に決まってるでしょう?」
「妙にありえそうなんですよ!」
まあ今の時代、飲酒に対する規制は固くなったとはいえ、親戚とか友人で酌を誘う人物は少なくないだろうな。俺はノンダコトナイケドネ。
「……出て行って」
なんだか言い争いのようでありながらも形式的でありそうなトーリ様とボディーガードのような言動の後藤という男。
危険な敵ではないと分かったからか明るくも聞こえた2人の会話を田上のたいして大きくもないが、冷たい声が遮る。
「あら、滝君の為に勉強会をなさっているのではなくて?私もそこそこに勉強はできますし、教えることに関しては天才の田上さんより秀でていると思いますわよ?」
あぁ、勉強会についてはトーリ様も聞いていたかもしれ無い。
教室では、田上があまりにも自然にスルーするので、時々本当にトーリ様の存在を忘れてしまうのだ。
その中でトーリ様が勉強会に参加すると入っていた気もする。
「……関係ない。出て行って」
「あぁ、窓のことを怒っているので?これならば1日とかからずに直させておきますわ」
「…………」
男も鈴音も、もちろん俺も話に割り込むつもりはなく、言葉を発していなかったために、2人が黙りこくってしまうと、辺りには沈黙が降り立つ。
突然、無理矢理現れたトーリ様にマイナスなイメージを持つのは分かるが、それにしても、何もなしに帰れは言い過ぎじゃなかろうか?
「田上、お前がトーリ様のことが苦手なのは知ってるけど、わざわざ来てくれたんだし、そんなに無下に扱わなくてもいいんじゃね?」
「…………」
「俺も色んな人に教えてもらった方が分かりやすいとは思うしさ」
「……宇宙人のためならしょうがない。……窓は今日直すと勉強の邪魔だからいい」
なんとか険悪なムードは収まったらしい。
中学の同級生同士らしいし、そんなにいがみ合わなくてもいいと思うんだけどな。
「じゃあ明後日学校に行ってる間にでも直すよう手配しておきますわ」
言葉に対して田上は無言で無反応。
対するトーリ様は沈黙を是ととったらしく、男に耳打ちする。
「私は桃李様の使用人の後藤でございます。先ほどは失礼いたしました。お嬢様はなかなかに難しいお心の持ち主ではございますがーー」
「もういいわ!早く行きなさい」
「お嬢様に怒られてしまいましたので、手短に。滝様、お嬢様に何かなさりましたらタダではおきませんのでそのつもりで」
「後藤、私の友人になんのつもりですの?」
「いえ、滝様、お気を悪くしたようでしたら申し訳ない。しかしどうか桃李様の身に危険が及ばぬようよろしくお願いいたします」
「は、はい!承知しました!」
トーリ様は窓の事と同時に後藤さんに帰宅か何かを命じたのだろうか。
後藤さんは俺に向けて温和な微笑みと洗練された一礼を残すと部屋を出て行った。
「えーと、それであのお姉さんは?」
後藤さんがいなくなったことで話しやすくなったのか、鈴音がベランダで、侵入時に使ったであろうロープをしまっているトーリ様を指差し、遠慮気味に声を発する。
そういえば、今の状況が一番わかって無いのは鈴音なのか。
「この金髪の人は中川桃李中川財閥のお嬢様でみんなからはトーリ様とか呼ばれてるな。田上とは同じ中学らしい」
トーリ様の格好は動きやすさを重視したのかジャージにスニーカー。
見た目だけではお嬢様には見え無いかもしれ無い。
「それでボディーガードみたいな人が居たんだ」
それでも態度や行動にはお嬢様オーラが出ていて、鈴音は納得してくれたようだ。
「お上がりさせて頂くのに少し粗末かもしれ無いけど受け取っていただけるかしら?」
トーリ様がカバンの中から金と赤のカンに入ったいかにも高そうなクッキーらしきものを取り出し、田上に手渡す。
「…………ありがとう。後で食べよう」
「じゃあ滝君、一緒に勉強しましょうか」
トーリ様に促されて、テキストを開く。場の主導権は完全にトーリ様のものとなっていた。
テーブルの上のテキストに向けた視界の隅に映った田上の表情は黒い髪に覆い隠され、見えなかった。
〜〜〜
「まて、なんでここでこいつがまた出てくんだよ!函館で死んだんじゃねーの?」
「……死んでない」
「五稜郭の戦いで死んだのは新撰組の土方歳三ですわ。江藤武揚は五稜郭独立を企んだ張本人にも関わらず、樺太千島交換条約の時にも活躍しますの」
日本史もある程度進んで、そこそこ分かるようになってきた。
左右に女子を侍らし、妹と共に勉強といえば聞こえはいいが、左右の女子は俺を挟んだ会話しかしない上、鈴音もトーリ様を警戒してか、殆ど話さずに、自分の勉強をしている。
2人の説明が的確で分かりやすいために俺の勉強としては進んでいるが、雰囲気は最悪に近いだろう。
ギクシャクした雰囲気をなんとかしたいと何度目かの話題ふりを試みる。
「そろそろさ、腹減ってね?なんか買ってこようか?」
腕時計の短針はすでに12近く、俺がこんなに勉強したという事実に、驚いたのは秘密だ。
腹が減ったのは事実だし、時間的に考えても丁度いいだろう。
「……お昼ごはん、材料もあるし、適当に作る」
「おぉ!田上の料理か!いいな!」
「田上さんの手を煩わせるつもりはありませんわ。お邪魔する身としてシェフに作らせて持ってくるよう後藤に伝えておきましたの」
ピーンポーン。
あまりにもいいタイミングでインターホンが鳴る。
そしてそこに映っていたのはさっきの男、後藤さん。
声の野太さや、落ち着いた態度、180代後半はあろうかという身長に目を惹かれていて気づかなかったが、インターホンに応答する画面に映った顔は20代前半といったかなり若い顔立ちだった。
それにしてもタイミングがいいのか悪いのか。
田上の料理は楽しみにしていたし、残念といえば少し残念だ。
「……わ……わざわざありがとう」
田上が顔をうつむかせながら感謝を伝えるのに対し、
「家にシェフがいるなんて凄いんですね。やっぱりお金持ちは違うなぁ!」
鈴音は久しぶりに明るい調子で声を上げる。お腹が空いてただけなのか?
後藤さんが部屋に上がると、その手に持ってきた料理が勉強道具に変わってテーブルを埋める。
海鮮類、肉類、サラダ類、どれを取っても上品に盛り付けされていて、味もまた、上品な味わいだった。
デザートにケーキまでついて俺も鈴音も大満足だ。
しかし、みんなで腹を満たし、片付けも終わると、再び後藤さんは部屋を出て行き、部屋の中は先ほどの重い空気に戻った。
原因はずっと不貞腐れたような態度を取っている田上なのだが、彼女かなぜ不貞腐れているのかは俺には分からなかった。
〜〜〜
「明日は玄関から入れていただけるとありがたいですわ」
「お兄ちゃん!今日1日見てて、お兄ちゃんのヘタレなら大丈夫だと思うけど!田上さんになんかしたらダメだよ!あと、今度また一緒に寝るのとプレゼントの約束忘れないでね!」
夕方、6時。
桃李様は後藤さんのお迎えで、鈴音は母さんからのお叱りの電話で家に帰って行った。
鈴音には一緒に寝るのと、プレゼントを渡すことを条件に俺と居たことと、俺が女子の家に泊まることは伏せてもらうことにした。
そもそもこれから勉強で徹夜するというのに、危ない一夜みたいなことを思われたら心外だからな!
そうなったら万々歳なんだけど、今の田上の様子では……
「……宇宙人!夜ご飯何がいい?……テストにカツ丼とか?」
え?何で?テンション高くない?
先ほどまでずっとどんよりした雰囲気だった田上が今は史上最高テンションって何⁉︎というか親父ギャグ⁉︎
「お、おうカツ丼いいな!」
「……作ってるから、宇宙人はそのページ終わらせといて」
あ、テンション上がってても、俺の勉強は減らないのね。
田上に指示された物理の問題集をなんとかこなす俺の耳に入ってくるのは、リズミカルな包丁の音、カツを揚げる油の音、卵を割る軽快な音。
音だけで腹をグゥグゥ鳴らしながら早く食べたい一心で指定ページまで終了する。
「はぁ、終わったぁ」
過去最高ではないかという速度でページを進め、伸びをする俺の前に、蓋のついた丼が召喚される。
「……カツ丼、ヘイお待ち」
「お、さすが大将分かってるね」
相変わらずテンションのおかしい田上に乗って蓋を開けると、そこにあったのは鮮やかなオレンジ色を包み込む黄色。
煮カツ丼である。
目玉焼きに醤油派とソース派がいるように、寿司に塩派と醤油派がいるように、カツ丼には煮カツ派とソース派がいる。
そして俺は根っからの煮カツ派なのだ!
「俺の煮カツ丼好きを読むなんて、さてはお主、超能力者か?」
冗談で言った言葉に2人の間に風が吹いたのかと錯覚してしまうほど間があく。
そんな面白くなかった?え?そんなに?
「…………ま、まって、《鑑定眼》って超能力?」
「いや、そこかよ!」
田上が元気になってからは食事も美味しく、勉強も進んだ。
トーリ様は自負していただけあって説明はとても分かりやすかったが、田上も頭が良いためか、俺にも分かるようには説明してくれた。
話は変わるが、素人にはプロの本当の凄さは分からない。
そのものの偉大さや、強大さ、困難さはある程度の知識を有する者にしか分からないのだ。
そして、時が経つにつれて何も知らなかった俺はトーリ様や田上に知識を与えられ、あることに気がつく。
……テスト勉強、間に合わねぇ。
次回か次次回には異世界パート行く予定です!(そのために今回長くなった)