第53話 第2ラウンド
すいません。遅くなりました。
俺の部屋。
普段なら……先一昨日の、水曜日の夜までは俺1人の空間として機能し、自由に寝起きしていたベッドの上。
自分のベッドから起きるのだから当然のことであり、簡単なことのはずのそれをできなくなっている俺は隣で幸せそうに寝ている鈴音の静けさを確認し……いや、今回はシミュレートする必要も、覚悟を決める必要もないはずだ。
寝ている鈴音を相手にバレないようにこの部屋から出るだけ。
そんな簡単なことだと自分に言い聞かす。
人によっては俺の態度を大袈裟だと捉える人もいるかもしれないが、水曜日からの妹の態度を知れば納得していただけるだろう。
***
5月20日 (水) 天気:晴れ
……結局、お兄ちゃんは変態じゃ無かったみたい。お兄ちゃんのパソコンに入っていたデータはボッチのお兄ちゃんがパソコンを買ってから唯一部屋に入れた友達、確か田上さんとかいう人物の趣味らしい。田上さんのことは……とりあえず保留。これ以上お兄ちゃんに近づいてきたら何か手を打とうと思う。お兄ちゃんが変態じゃないとなると、妹を襲わせるためにこれからはもっと積極的にならないと!……
5月21日 (木) 天気:曇り
……時間にルーズなお兄ちゃんに腕時計をプレゼントしちゃった!お兄ちゃん気に入ってくれたみたいで、明日から外に行くときはちゃんと付けてくれるみたい!あの腕時計のために丸1日以上かけた甲斐があったね!昨日に引き続き今日もお兄ちゃんと同じ部屋で寝るよ!……
5月22日 (金) 天気:曇り
……昨日、一昨日と一緒の部屋で寝ても効果なし。お兄ちゃんは不能なのかな(笑)
今日は、お風呂場で電気も消して、息を潜めて、お兄ちゃんがよく読んでいる小説に出るようなラッキースケベを再現してみた。
結果、なんと!今日はお兄ちゃんから夜、同じベッドで寝ることを許可してくれた!
イェーイ!間違いが起こる日も近いね!
張り切り過ぎて遅くなったから今日の日記は短めで終わり‼︎
***
妹の日記だ。
まず一言、俺は不能じゃねぇ!
妹に対して勃ったりしたらむしろヤバい奴だ!
そしてボッチじゃねぇ!
友達はいるけど家に呼ばないだけだ!逆に顔合わせればみんな友達だ!友達多すぎて家に呼べないだけだ!
つい二言になってしまったがこの日記、1日に大学ノート半ページ程度の分量で、毎日書いてるらしい。
ちなみに今まで存在も知らなかったこのノートを見ることが出来たのは、たまたま寝る直前に思い出して書いたらしい日記を妹が片付ける前に寝てしまったからだ。
夜中、俺はこれを読んで徹夜した。
日記を見て貰えば分かると思うが、ブラコン状態の妹の俺への気持ちは、俺が妹に描く家族愛とか、萌愛とは違う、恋愛的なものである。
おそらく、これが『エンジェルガン』の性質なのだろう。
さらに、その愛は常軌を逸している。
アニメを見て、可愛ければヤンデレでも愛せる博愛主義だと思っていた俺もビックリの愛だ。
若干引いている。
日記に書いてある添い寝は、
夜、ベッドに入ると扇情的に妹が迫り、結果、俺は床で寝ることになるというもの。
しかも、寝相せいか狙い通りか翌朝には下着姿の妹が隣にいる。
さらに何故か俺が目を覚まし、距離を取ろうとするのと同時に「おはよう!お兄ちゃん!」と眩しい笑顔を見せ、おはようのチューを迫る。
妹のおそらくファーストであろう(そう願っている)、キスを兄である俺が奪うという最悪のシナリオは俺の高レベルによるパワーで何とか防ぐことができた。
もちろんそれ以上のことも無かった。
この強すぎるパワーで妹を傷つける危険が無ければ、扇情的に迫る妹を押しのけ、自分の部屋に返せたと思うと複雑だ。
そもそも俺の寝相が悪かったら鈴音がミンチになっていることもありえたのだ。
同じく日記に書いてあるラッキースケベは、
真っ暗で誰もいないと思った風呂に入り、浴槽を開けると、のぼせた妹が背中を丸めて風呂で伸びているというもの。
そもそも、一般家庭の風呂は小さいために、浴槽に入ったところで、体を縮めなければ、隠れることは出来ない。
よって、ラノベの扉絵みたいな姿勢になっていたために、俺が妹の女の部分を見ることはかろうじて無かった。
その後、妹は母親に介抱されることとなった。
地味に時計選びに丸2日というのもかけすぎだ。受け渡し方法は喜んで受け取る以外に方法がなかったとだけ……
完全にヤバい人である。
そして何故俺が、こんな妹と距離を縮めてしまうような「一緒に寝る」という行為を許したのか。
それは今、田上をして不可能と言わせた「あの娘」つまり、鈴音を振り切って田上の家にたどり着くためである。
2人きりでの勉強合宿。
それを実現するために、俺は策を講じたのだ。
話は変わるが、妹の睡眠はコントロールされているらしい。
詳しくは知ら無いものの、妹は自分のレム睡眠とノンレム睡眠の周期を理解し、レム睡眠の時に起きれるよう、寝る時間をコントロールしているのだ。
だからこそ、俺が起こして欲しいと頼んだ時も事前に言わ無いと怒るし、変な時間に起こしてしまうと物凄く機嫌が悪い。(コントロール出来ていても機嫌は悪い)
それを利用したのが今回の策だ。
妹のいつもの休日の起床時間は7時。
その時間に眠りの浅いレム睡眠が来るようにしているということはその少し前ならば、具体的にはレム睡眠とノンレム睡眠の周期の平均とされる90分の半分、45分前ならば彼女は深い眠りについている可能性が高い。
以上の理由から俺は6時15分に作戦を決行する。
そのためにはその時間より少し前に起きなければなら無いのだが、遅刻常習犯の俺にそんなことができる保証は無い。もちろん鈴音に起こしてくれるよう、頼むことも出来無い。
……だから俺は寝なかった。徹夜だ。
そして、いつも朝になると俺の隣で、しかもドア側で寝ていることの多い鈴音を、一緒に寝ることを餌に窓側で眠らせ、動きを制限することで、逃走経路を確保した。
暇つぶしに妹の日記を盗み読み、田上の家に行くために徹夜までして、テスト前なのに結局1秒も勉強してい無いダメ人間。それが今の俺である。
そもそも、普通にドアノブと、鍵さえついていればこんな策を講じる必要も……いや、イフの話など無意味だ。
さて、鈴音に貰った腕時計で確認したところ、現在時刻は6時10分過ぎ。
そろそろ動き出そうと思う。
まず、妹と俺の配置だが、ベッドは俺の部屋の1番奥に位置し、寝転がった時の右側が窓、左側にドアがある。
昨夜、体の位置を入れ替えたことで、俺がドア側にいる。
そして体制。
ここが今の所1番の問題だ。
俺の右腕に抱きつき、足を右足にからまれているのだ。
抜け出すのなら今しかないのは間違いない。むしろ、こんな状況でも逃げられるように今まで準備してきたのだ。
とりあえず、俺に抱きついている手からバレないようにそっと外していこ……
ギュッ!
演出効果でハートが飛び出しそうな双丘がパフッと俺の右腕を優しく包み込む。頭の中におっぱいの文字が踊り、慎ましくもしっかりと存在を象徴してくるそれの感触に任せ、眠ってしまいたいと思うような誘惑を不屈の精神でなんとか抑え込む。
良く考えろ!ただの脂肪分だ!
俺は妹のオッパ、ゲフンゲフン、胸、でもなく、右手に再び手を伸ばす。
少し強く離すと以外とあっさり手は離れ、右手が自由に動かせるようになる。
上半身を起こして、足を抜くため、慎重に右足を自らの胸に引き寄せる。
「う、んん〜お兄ちゃん……」
鈴音の口から零れ落ちた言葉に恐怖に似た何かが一気に胸に拡がり、締め付ける。
心臓は金の比重を超えそうなまでに重くなり、鼓動は鈴音の耳に届きそうなくらい大きい。
長らく油をさしていないロボットのような首をゆっくりと鈴音に向ける。
鈴音は……起きてない、寝言だ。
「はぁ」
全ての呪縛から解放された俺はその残骸を安堵の息とともに吐き出す。
右足を足を抜くことに成功し、布団をそっとめくって抜け出す。
着替えや勉強道具は部屋の外に置いてあるし、あとはベッドから降りて部屋を出るだけだ。
上手くいった。完璧と言ってもいい。なんの想定外も起こらなかった。
…………何かおかしい。
それはいつも運の悪い奴がいいこと続きで怖がっているような、いつも忘れ物をしてしまう奴がたまたま忘れ物をしてなくて不安がっているような、側から見れば良くわからない不安。
俺の立てた計画が上手くいっている。
自分の体を寝不足の目で確認する。
そして、発見した。
足に怪しく光る糸。
拘束から逃げ出した右足でなく、左足首にひっそりと結ばれたそれの先につながっているのは防犯ブザー、さらにそこから出た紐に鈴音の女の子らしい華奢な足がつながっている。
危なかった。
完全なトラップだ。
やはり、鈴音も鈴音なりに昨日の俺の不自然な態度に勘付いていたのだろう。
俺は足に結び付けられた糸を切って部屋の扉をゆっくりと押す。
幾度にも渡る俺の攻撃によって早くも軋みやすくなってきている扉だが、今日は俺の味方みたいだ。
リビングに用意していた逃走用具で身支度し、『友達の家に泊まりに行く』、という趣旨の手紙を書き置く。
6時43分、鈴音の起床まで残り17分。
逃走完了。
〜〜〜
さて、今俺がいるのは田上の家の前。
ビルの前で、セキュリティに田上の部屋番号を入力する。
「……早すぎ。時計見ろ」
田上に言われて時計を見る。
時刻は7時27分。約束の時間の約1時間半前である。コンビニなどで少し時間は潰したが、それにしてもやはり早すぎた。
古本屋でも空いてたらラノベ読んでられたんだけどね!
「いや、楽しみすぎて早く来ちゃったわ。というか田上もやたら早く来て俺の部屋に居座ってたことあったじゃん」
「……あれは宇宙人が泣いてたから……」
「いや、俺が戻ってくる前にはいたけど?」
「…………開けるから入って」
自動ドアが開き、エントランスに入る。
エントランスとは言ってもそこそこのマンションのそれはこじんまりとしていて、小綺麗なエレベーターホールといったところだ。
たいした時間も待たずにエレベーターは降りてきて、田上の表札の前までたどり着く。
改めてインターホンを押すと、返事もなしにこちら側にドアが開かれる。
最近、家でさえも落ち着けず警戒心が高まっている俺なら反応できるところだが、あいにく寝不足の脳みそは正常に働いてはくれなかった。
ゴン!むにゅう
ドアが額にあたり、バランスを崩す。しかし、硬質な床に俺の尻がぶつかることはない。
俺の体は何か柔らかいものを下敷きにして、動きを止めたのだ。
明らかに悪意のある出迎えをした本人が顔を覗かせる。
「……やっぱり2人で来た」
?2人?やっぱり?そして後ろの感触?
俺が後ろを振り返る前に、後ろから聞きなれた声が聞こえる。
「初めまして!滝 鈴音です!女の子下敷きにするようなお兄ちゃんがお世話になっております!」
「……初めまして、お世話してます。……宇宙人、可愛いからって妹には手を出さないように」
「出してねーよ!というか鈴音!どうやって⁈」
「愛の力だよ、お兄ちゃん!」
…………負けた。
鈴音が追いかけてきた方法は分からない。
でも、分かったこともある。
俺は、妹には、勝てない。
夏休みの宿題が終わり、来週いっぱいのテストが終われば、晴れて僕は自由です。
シューヤみたいに女の子と勉強できるなら僕はテストで倍の点が取れるのに……
最近話の展開が遅くなっているようで、すいません。
いくつかためになる感想ありがとうございます!
次は来週中には投稿します。
読んでいただきありがとうございます!