第52話 玄関
お久しぶりです〜
家の前。
普段なら……一昨日の、月曜日の下校時までは何の躊躇もなく踏み出し、勢いよく開けていた扉の前。
自分の家に入るのだから当然のことであり、簡単なことのはずのそれをできなくなっている俺は一昨日、昨日のデータを基に、これから起こることをシミュレートし、覚悟を決める。
家に帰るだけ。もっと言えば入るだけ。
言葉にしてみれば当たり前のことを行うために覚悟を決める。
一昨日は戦いを予想できなかった。
昨日は相手の実力を見くびっていた。
今日は……負けない。
俺は何度も壊しかけ、母親に怒られることに対する恐怖によってギリギリで壊さなかったドアノブを握る。
手首をひねった瞬間から勝負は始まる。
ガチャ。
「戦闘開始」
90度までドアを引き、開いたドアを盾にする。
ヒュッ!
風を切りながら敵影が玄関から飛び出したのを確認し、盾から飛び出し、家の中に向かおうと、敷居をまたいだ俺の後ろから再び物音。
ガシャン、ヒュッ!
音と気配、シミュレートの成果によって、後ろからの接近を察知し、反射的にドアを閉めようと手を伸ばしかけて止め、視線をそちらに向ける。
やはりあった。
内側のドアノブにのみ付着した粘着物。
昨日の物と同じならば超強力な物で、専用の薬品を使わなければ剥がすことができない。
俺の力があれば彼女から逃げるため、ドアノブごと引き抜くことは容易だが、自分の部屋のドアと違い、玄関のドアは誤魔化すことができないために、それをやって母親にバレれば俺の飯はしばらく保証されない。
音と気配から後ろから迫る敵影はすぐ後ろまで迫っている。
手を伸ばせば俺に届くであろう距離……つまり、方向転換はできない!
俺は体を前へ倒し、後ろから迫る気配を避ける。大した長さもない後ろ髪を舐められるように触れられたのち、気配は勢いよく飛んでいき、ドン!と廊下の突き当たりにぶつかった。
「ったく、どんな無茶な移動の仕方してんだ。ガシャンとかドンとか鈴が怪我したらお兄ちゃん泣くよ?」
そう言いながら顔を上げた俺の視線の先、廊下の突き当たりにあったのは2度の衝撃によって中のストローのような物が飛び出ている枕……鈴音の姿はない。
囮か‼︎……となると本当の鈴音は?
「お兄ちゃん!」
そして聞こえたのは妹の俺を求める声。
不自然な場所ーー俺の頭上から降って来た声の方を見上げる。
「すず、ね?」
白く幸せな何か。
妹以外のJCのそれなら間違いなく鼻血を出して喜ぶであろうパンテ……もとい下着を視界に収めた直後、俺の顔を暖かい物が包み込み、視界が暗転した。
「おかえり!お兄ちゃん!」
……負けた。
〜〜〜
「なぁ、妹よ。毎日セクハラチックな『おかえり』するのやめないか?」
そう、鈴音は前の日曜日の朝から変わってしまった。
鈴音の友達の松平さん?が言うには『エンジェルガン』で撃たれたことによるものらしいが、彼女は今、『ブラコン』になっているらしい。
「セクハラかな?鈴音はお兄ちゃんに喜んで欲しかっただけなんだけど……」
「えーと鈴音さん?
お兄ちゃんが妹の下着を見て喜ぶような変態だと思ってたのかな?」
俺は特殊な薬品でドアノブの掃除を、鈴音は枕を操るために使った糸を回収し、破れてしまった枕を治している。
「でもね!鈴音ちゃんと調べたんだよ?お兄ちゃんが好きなのは一人称が自分の名前で、髪もこうやってツインテールにしてて、白い下着のちょっとエッチな妹なんでしょ?そういう妹ならべ、ベッドであんなことやこんなことを……」
顔を真っ赤にしてうつむくという愛らしすぎる行動に見合わないディープなことを可愛い妹が言っている。
少し前ならそんな思考をしている妹に驚くところだが、最近はそんな反応にも慣れた。
むしろ今はそれ以上の問題がある。
「鈴音さん、お兄ちゃんがそんな趣味なわけないでしょ?どうやって調べたの?」
「え?鈴音ね、こ、心が読めるようになったんだ!」
「本当は?」
「パソコンの中を調べました」
え?ヤバくない?かなり奥深くに隠しているけど、もしあのファイルを開かれたとなると……
「やっぱり、同級生と学校でしちゃったりとか、金髪でおっきな胸のお姉さんに無理矢理とか、鞭で打たれて喜ぶ女の子とか……そういうのじゃないとダメ?」
「待て待て待て待て!あれはね、俺の友達の趣味でね、部屋に来た時に無理やり保存されただけで、俺の趣味じゃないから!」
うん!そうだ!俺の趣味なんかじゃない!
「そうたったんだ。じゃあお兄ちゃんは変態じゃなかったんだね!」
良かった。誤解は解けたみたいだ。
そうだよ?誤解だよ。
まさか俺が変態な訳ないじゃないですか。
俺は排泄物がイチゴじゃないかと噂されるような健全な男ですよ?
ミシシシ、ゴロゴロ
大きなものが家の前を通る音が聞こえる。
向こうの世界なら恐ろしく巨大な魔物の襲来などと思われるのかもしれないが、この世界では大きな質量を持つ自動車は当たり前の交通手段である。
そしてこの場合、その交通手段を使っているのは俺の中では魔物よりも強力で、強大な生物ーー母親だ。
「鈴音!お母さん帰ってきたぞ!
早く掃除済まさねーと、飯が!」
「お兄ちゃんが変態じゃないとなると、もっともっと積極的にならないと……」
ボソッと呟いた妹の言葉は母親の運転する車の音を捉え、掃除の完了を急ぐ俺の耳にはとどかなかった。
すいませんでした。諸事情で更新遅れました。
えーと言いにくいのですが、夏休みの宿題及び、テストがヤバいので、少しの間、更新が不定期になります!
すいません!
読んでくださりありがとうございます!