第51話 休み時間
いつもはあまり見られ無い珍しい光景だ。
「「「ええええぇぇぇ!」」」
教室の生徒のほとんど全員が女子の派閥、男子のグルーブ、根暗、目立ちたがり屋、ガリ勉、オタ、etc……
あのお嬢様でさえも関係なく声を上げた。
梅雨が迫るはずなのに無駄に陽気な光を浴びてポカポカ、ウトウト現代文の授業を半分ほど聞いていたはずの俺はタイムスリップでもしたのだろうか?
得体の知れない悪寒と不自然に揃った声を聞いて長めの瞬きを終了すると、あら不思議。
授業はもう終わりの時間に近づいている。
とりあえず聞き逃してしまった授業の分も集中して悪寒の正体を探る。
「はいはい静かに。えー、でも、うーでも来るものは来るんですからね!今から範囲を言うので聞き逃しても知りませんよ!」
「「「はぁぁぁ」」」
『来るものは来る』?、『範囲』?おい、これってもしかして……
「来週の水曜日、現代文のテストの範囲は……」
テスト、テストだ。
「ははは……」
手足が小刻みに震え、乾いた笑いが口から漏れる。
だってテストだぜ?
中学まではそこそこやっていたが、高校に入ってからは右肩下がりで絶賛降下中のテスト。
そろそろ進路が関わってきて、周囲のプレッシャーが強くなってくるテスト。
この時ばかりは引きこもって、家族に見捨てられて、そのままニートになってしまいたいと思うテスト……
「なぁ、田上。NEETって1文字スペル変えれば同じ読みでneat、『素晴らしい』って意味なんだぜ?」
「……『素晴らしい』以外に『さっぱり』とも訳される。……テストがさっぱりわからないような奴はNEETになる」
「でもさ、俺もヤバイけど田上がノート取ってるとこ見たことないぞ?お前もヤバくね?」
そう、俺の知っている限り、授業中こいつは1度もペンを持っていたことが無いのだ。
その上、おそらく髪が邪魔で黒板など見えていない。
「……宇宙人と違って宿題をやってるし、授業の内容は覚えてる。……そもそも勉強しなくても満点取れる」
それもそうだ。
田上にいつも、完璧な宿題を写させてもらっているのは他ならぬ俺だし、そもそも異世界の謎言語を1日たらずで習得したこいつが学校の勉強なんて必要なはずはない。
つまり、neatわかんなくってNEETになる可能性があるのは俺だけということだ……
「もうだめだぁ」
残り一週間程度で返せる量ではない今までサボってきた勉強の量を想像して眩暈を起こした俺は、酒に酔い潰れたおっさんのように机に突っ伏す。
「……っと先週も言ったけど、改めてここが全体の範囲ね!しっかりとメモして勉強に励むように!じゃあ、号令!」
「気をつけ……例!」
「「「ありがとうございました」」」
「……はぁ、宇宙人、週末は私の部屋で勉強合宿」
授業の終了と同時に生徒たちは立ち上がる。
ある女子はグループを作り、ある男子は大声で内輪ネタで笑い、根暗は教室の隅で眠り、目立ちたがり屋は席の近い奴をものまね芸人のものまねで笑わせ、ガリ勉は単語帳を開き、オタは今期のアニメの話をしていて、お嬢様は……見当たら無いが、いつもの喧騒に満ちた休み時間。
いつもは……いや、いつも決まった行動をしているわけでは無いが、珍しくただ何もせず、机に突っ伏していた俺は、残酷な現実を告げる言葉に元気を無くしていた俺は、それ以上に衝撃的な言葉を聞いた気がする。
幻聴か?
「た、田上さんや、い、今なんとおっしゃった?」
「……宇宙人や、わしゃ週末に勉強合宿と言うたんじゃ」
「乗るのかよ!というか勉強合宿⁉︎」
勉 強 合 宿
これはヤバイんじゃなかろうか。
若い男女が狭い部屋で2人きり、一晩を共にする!
これは間違いが起こってしまうんじゃ!
興奮によって突っ伏していた顔を上げた俺を見ていたのは鋭く光る双眸。
もちろん比喩表現ではなく物理的に光った目。
「あらあら、面白そうな話をしていらっしゃるわ。私も混ぜてくださる?」
あ、いた。
さっき見つからなかったお嬢様だ。
無理矢理会話に入ろうとしてくるところは変わら無いな。
「……間違いは起こらない。夜も、テストの時も……あの娘のことを信じてる」
あ、無視ですか。
無視の流れなんですね。
「俺じゃ無いのかよ!…………え?お前もしかして知ってるの?」
「あ、あの子ですか。あぁ、あの子のことですわね。私も……」
うん、多分トーリ様はなんのことだかわかって無いな。
そんなトーリ様が必死に言葉を濁してるのを完全に無視して田上は話を続ける。
「……ときどき心の中を見てるから」
「俺にプライバシーは無いのね……」
というか、トーリ様にそんなこと聞かれていいの?
「あ、あの子は、あの、噂の、例のあの子ですわね!」
……と思ったが、トーリ様は未だになんとかして知ったかぶりを続けることに夢中らしい。
しかし田上の言う通りだ。
一週間前までなら紳士な俺も若気の至りで間違いを犯す可能性も少なくはあるが80%くらいあった。
しかし、今はそんなことは不可能に近いだろう。
今の俺にはあいつがいるんだ……
「あいつをどうにかし無いことには……」
「……何にしても私の《鑑定眼》で見たほうがいい」
「鑑定眼⁉︎あ、あの子って一体……」
トーリ様が何か勘違いをして困っておられるがまあ、無視でいいだろう。
「おい、あいつを連れて行くってことか?」
「……その必要は無い。……宇宙人の意思に関わらず、彼女を連れてくることになる」
「も、もしかして、呪いの人形みたいなものなのかしら……」
意味深な言葉を発する田上に、最早なんの関係も無いことをぶつくさつぶやいているトーリ様。
そんな俺たちの会話?が中途半端なことも無視して時間になった教室には先生が現れる。
先生によって教室のドアが開かれれば、どんな生徒も、例え中川財閥のお嬢様であっても慌てて席に戻る。
「気をつけ……例」
「「「お願いします」」」
そして、混沌としていた教室が一瞬で魔法のように整頓され、授業が始まる。
いつの間にか隣の席の彼女の眼も元に戻っている。
そしていつものように意識を妨害する魔法のような眠気が俺を襲う。
ありがとうございます!