第46話 当日
男子高校生って馬鹿なんです
喉にかかる重圧。
心地よい睡眠を妨げるそれの正体は愛しい妹の足。
こんな光景を見られるのも最後だと思うと、今までの生活も悪くなかったように思えてくる。
「鈴音!起きたから!足どけて!」
「はぁ、最後の日ぐらいもう少し早く起きてほしかったわ、ご飯も出来てるわよ」
足を離す直前に若干踏み込むのがためにある地味な痛さも今日で最後だ。
別にMじゃないよ?
喉の調子を確認しながら階段を降りる。
そして、ドアを開けた先の食卓の上を見て、驚きで力が入らず、喉に当てていた手をつい下ろしてしまう。
ドヤ顔の妹、鈴音の前には黄色い卵に包まれたきつね色の衣。
ーーカツ丼が用意されていた。
「マジかよ!」
「マジよ!カツ丼が食べたい気分だったから早く起きて、揚げただけよ!」
いや、今までも朝ご飯は毎日変えてくれてたし、三色揃ったバランスのいい食事を作ってくれていたが、カツ丼揚げますか!
カツ丼が朝から食べたい気分ってどんなんだよ!言い訳が可愛すぎるわ!
なんかもはや鈴音様として崇めたいわ!
ありがたや〜ありがたや〜
「マジかよ!」
「2回目よ!本当だって言ってんでしょ!油かけるわよ!」
「いや、油は沸点が高いからな、熱湯より危ないんだぞ!」
「わかってて言ってんの!食べなさいよ!」
マジか、これ俺のために作ってくれたのか。
「鈴音、お前俺のためにここまで……」
「馬鹿じゃないの?食べたい気分だっただけよ!あんたのためとかキモすぎ!」
「でも、カツこの1枚しかなくない?」
「ぱ、パンが無くって衣ができなかったの!私の分は後で買ってくるから良いのよ!食べないなら私が食べるわよ!」
「いえいえ!すいません!いただきます!」
やベー!パンがないのは実は俺のせいだとかいえねー!
いや、俺というよりは昨日の夜、窓から訪れた来客が悪い。
うん、俺のせいじゃない!
心の中で言い訳をしながらカツ丼に箸を伸ばす。
半熟の卵に出汁の効いた味付け。
揚げたてならではのサクサク感が……
下手くそなレポートは失礼な気がするのでこの辺で止めておく。
とにかく美味しかった。
「じゃ、行ってくるわ!」
玄関から二階で準備をしている鈴音に声をかける。
二階の階段にひょこりと顔を出し、なんか今まで見たことないような怖い顔をして一言。
「負けたら死ね」
「あ、はい」
妹からの応援を背に俺は学校へ歩み始めた。
〜〜〜
「体育委員会が来たわ!グラウンドを開けなさい!」
「「「「はーい」」」」
今日は陸上部の朝練ではなく、球技大会を運営する体育委員会にグラウンドを明け渡す。
「ほら!今日で最後よ!ありがたくいただきなさい!」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「私は少し用事があるからもう行くわ。頑張って勝ちなさい」
「「「「オス!」」」」
なぜか揃う彼らの返事に取り残された気持ちが強くなる。
「なんで揃うんだよ!」
「ファンクラブで練習してるからだな!」
「今のは『トーリ様に決戦前に強めの言葉で激励して頂いた時の返事』に当たるぜ!」
ば、馬鹿が一杯だ!
何でそんなにパターン限定されんだよ!
「お前らストーキングとかしてないよな……」
「おいおい、滝、そんなことする訳がねーだろ!」
「俺たちはトーリ様に迷惑をかけないために直接の接触にも注意してるくらいだぜ!」
「俺たちは学校の中で遠くから見るくらいしかしてねー!」
「昨日もトーリ様がD組の球技大会でサッカーやる奴らと話してるのを指くわえて見てたんだ!」
「疑って悪かったよ!D組?トーリ様がか?」
こいつらの信念はマジでどうでも良いとして、D組とはどういうことだろうか?
「遠くて会話はよく聞き取れなかったけど、言い争ってる感じだったぞ」
「なんの話をしてたか分かるか?」
「『話が違う!』みたいな声は聞こえたけど、それ以上は」
「そっか、ズルしようとしてたD組の奴らをトーリ様が止めようとしてくれたんだな!」
「トーリ様は俺たちがいないところでも俺たちのために。泣きそうだ!」
「そ、そうだな!ありがとう……」
嫌な予感がする。
〜〜〜
「つまり、この球技大会を通して、君たちには仲間と協力し、一つのボールを追いかけることで……」
10分近く校長の話が続いている。
「おい見ろよ、5分超えたぞ!」
腕時計で時間を計ってる奴が俺に見せてくる。
まだ5分だったらしい。
「もう10分ぐらい話してると思ったわ。絶好調だな」
「……」
おい!話ふってきといてスルーすんなや!
そんなヒソヒソ話も気にせず、ハゲ、もとい校長のありがたい話は続く。
トーリ様はあの話の後戻ってきて、最後の作戦会議には参加していた。
彼女は朝練も毎日来てくれて、態度は変わらないものの、みんなのアイドルとしてモチベーションを高めてくれたりも含めて仕事をしてくれた。
球技大会なんかのマネージャーとしては相当やってくれたと思う。
「気をつけ!礼!」
「「「「ありがとうございました」」」」
「記録!7分15秒!」
「長かったな」
俺たちがどうでもいい話をしている間に実行委員長が壇上に上がる。
「気をつけ!礼!」
「「「「お願いします」」」」
俺たちが顔を上げると実行委員長は腰を低めにして手をガッツポーズのような形に構えている。
「御託は抜きにして熱くなれ!全力で頑張ろう!」
「「「オォォ!」」」
俺を含めたC組8人とB組の方から光らしき声だけが返事をして視線を集める。
あ、返事しないパターンだったのね。
D組の髪を染めてるような奴らがニヤニヤ見てくるが、まぁ間違ったことはしていない。
俺たちはこの日のために練習してきたんだ!
「気をつけ!礼!」
「「「「ありがとうございました」」」」
「第1試合に参加する1年A組と1年B組の生徒は直ちに準備してください!」
全ての男子の試合は第1試合A対B、第2試合C対Dの順、女子は逆の順にそのままトーナメントになっていて、男子の応援に女子が、女子の応援に男子が参加できるようになっている。
もちろんは学年バラバラで、それぞれの競技2つのコートを使い、1年の試合が終わってから2年の試合に移る。
ちなみに3年は受験のための勉強らしい。
必然的にほとんどの生徒は後輩の応援をしながら適当にだべっていたりするのだが……
俺たちサッカー出場組の8人は2Cの教室にて作戦会議を行う。
「まあ、いつも通りやってくれれば問題ない。お前らの本気はサッカー部のベンチの下の方の奴並みになっている!」
試合前は自信をつけさせるのが一番だ!
「微妙だな!」
「俺もそこまで来たんだ」
「女の子にもてたいじゃん!頑張ろうぜ!」
「行けるよ!彼女できるって!」
トーリ様のファンクラブがそんなことを言ってていいのかという疑問は抜きにして、あんまり士気が上がってないな。
「もっと盛り上がろうぜ」
「今から盛り上げてたら疲れんだろ」
「帰宅部に体力はないの」
うん、まあいい、俺の手腕は本番前に発揮してやろう。
「フォーメーションはフォワード4人と中盤3人でディフェンスはなし。
俺が全てを止める」
「おいおい『俺が全てを止める』とかいーな!言ってみたいな!」
「俺、キーパーやれば良かった」
「滝!お前いいとこ全部とって茎じゃねーだろーな!」
「お前ら俺のシュート止められる?」
「「「すみませんでした」」」
「あと、相手チームってどんな奴らだっけ?」
「なんか中西を中心にサッカー部の中でも素行の悪い奴らとその取り巻きみたいですよ?」
なんだか問題なさそうだな。
底辺の奴らなら、こいつらが7人がかりで攻めれば間違いなく点は取れる。
もちろん俺がいる限り、点を取られる心配もない。
それにしても、そんな奴らとお嬢様のトーリ様が話してたってのはやっぱり不自然な気がしてしまう。
D組の奴らに何かあるのか?
出来れば奥の手を使うことにはなりたくないな。
ちなみにそのトーリ様は女子に連れられて後輩の試合を見に行ったので、今はいない。
「まぁ怪我させられないように気をつけろよ?」
「そんなダサい状況はやだな!」
「怪我すんならお前がしろよ」
「お前がすればいいだろ?」
その後も男子高校生の馬鹿なノリが続き、俺も参加しているうちに1年の試合は終わったらしい。
「お前ら!行くぞ!」
「「「おう!」」」
無人の校舎に声を響かせ、意気揚々とグラウンドの真ん中に向かって歩いていく俺たち。
「まずはA対Bの試合です!」
声を聞いて何事もないかのようにコートを横切った。
ま、間違えてねーし!
ありがとうございます!
話進まなくてすいません!
次回!球技大会です!