第44話 正体
俺は自室で目を開けた。
魔王を倒したことで現代に戻ってきたのだ。
俺はさっきまで動かなかった体を起こし、時計を見る。
レベルアップと同時に回復したのだ。
進んだ時間はやはり5時間。
日は天井を過ぎ、時刻は3時過ぎ、昼飯を食い損ねたな。
でも、それらの事実が、その他のすべての思考が記憶の中の1つの真っ暗な光景に塗りつぶされる。
黒い竜と、倒れる魔王。
実際、どちらがどうだろうと関係無い。
ただ、その光景には居るはずの田上が居なかった。
そして、今も俺の視界に彼女の姿はーー
「……知ってる天井だ」
俺の視界の外にあたる真後ろ。
ベッドの上から俺が初めて現代に戻ってきたときと同じセリフが聞こえた。
「田上!」
喜びのあまり振り向く。ここにメイは居ない。
鼻から衝撃波が出そうな速度で首を回す、と同時に抱きつこうとした俺の手を後ろの人物が華麗に避ける。
間違いなく田上だ!
「……戻ってきたの?」
「そうだよ!無事だったんだな!というよりあのドラゴン何だったんだよ!」
田上の現代に戻ってきたことに信じられ無い様子が一言で驚きに変わる。
「…………見てたの?」
「ドラゴンなら最後だけは見たよ。あいつが魔王倒したんだろ?」
「……はぁ、あのドラゴンは私」
深いため息と共に訳のわから無いことを言い出す田上。
あー、電波が出たよ、電波少女が。
こんだけ心配したんだから、ちゃんとした回答が欲しいところだ。
電波扱いしているのが顔に出ていたのか、
「……スキル、《竜化》」
「なるほどな。お前があの時言ってた奥の手が《竜化》だと。
でもね、おかしいよね。田上は《鑑定眼》と、《言語理解》で、チート埋まってたじゃん」
人が本気で心配してるのに、嘘で返すのは少しナンセンスだと思う。
若干怒り気味になってしまった口調を意にも介さず、田上は言った。
「……言語理解?」
〜〜〜
しばらく情報を聞き出したが、田上が話し下手で分かりにくかったので端的に説明しようと思う。
まず彼女が選んだスキルは《鑑定眼》と《竜化》ということらしい。
え?どうやってメイと話してたかって?
ここに関しては正直、理解できなかった。
日本語が理解できなかったわけでも、高度な科学、魔法技術の説明で分からなかったわけではない。
彼女の説明は簡単にして簡潔。
「……覚えた」
「いやいやいや!何を覚えたの⁉︎どうやって覚えたの⁉︎いつ覚えたの⁉︎」
こんな疑問もあっさりと
「……言語、暗記、1日目の夜」
と、答えてみせたのだ。
理解できなかった。
暗記の意味を間違っている事くらいしか分から無い。
詳しく聞けば、向こうの言語は日本語よりは分かりやすく、1日目の夜の俺、メイ、町の人々の会話と思考、状況を見るだけで、言語を暗記できたらしい。
理解でき無いだろ?
そもそもそんな勉強できるなら、なんでうちの学校に来たんだよ!
まぁ、うち来てくれなきゃ会えなかったんだけどさ!
そして《竜化》の発動と操作にはMPはかからず、ブレスなどのオプションの技にはMPがかかるらしい。
ただし、ドラゴンは周囲の空気中から魔素を取り込み、MPを回復できるそうだ。
あの時は俺が世界中の魔素の1パーセントを放ったり、戦場で大量の魔法が放たれ、魔物が死んでいたために、あの周辺の魔素の密度が高く、直ぐに回復できたらしい。
メイが俺の寝静まった夜、時間魔法の《ヒール》を練習してた時に、一緒に練習したらしいが、1つ大きな弱点があったために奥の手として使うことにしたと言っているが……
「そもそも、何で奥の手だったんだよ、弱点って何なんだよ!」
「……何度も言ってる。それは言え無い」
これについては、さっきから言え無いの一点張りだ。
正直竜になることのリスクとか想像もつか無いし、寿命が縮むとかだったらシャレになら無い。
「頼む。俺の出来る範囲ならなんでも言うこと聞くから教えてくれ」
俺のせいで田上が奥の手を使わなきゃいけ無い状況になったんだ。
全校生徒の前で一発ギャグくらいは覚悟しよう。
久しぶりに田上の澄んだ瞳が髪の間から俺の目を覗き、一瞬疑うように俺を見ると、ため息。
「……分かった。じゃあ1つだけお願い……次に異世界に行く時には絶対に目を閉じて」
「え?それで良いの?」
拍子抜けだな。
男に二言はないから正直ちょっとビビってたんだけどな。
一発ギャグ考えたんだけどな。
「楽勝だぜ!……それで、弱点って?」
直前まで考えてた一発ギャグを頭から追い払い、真面目に聞く。
俺が責任を取ろう。
……エロい意味はないよ?
「……本当?」
田上のつぶらな瞳に若干後ずさりそうになるが、目を瞑る程度ならできる。
「ああ、男に二言はない!」
「……はぁ、《竜化》の弱点は、変わるのが体だけってこと」
「つまり?」
「……戻ると裸」
周囲の時間が止まり、音が無くなったような錯覚に陥る。
裸?……それなのに俺は目をつぶるのか?
「うあああああああぁぁぁぁ!」
頭は再び真っ白になり、どうしょうもない後悔に心が侵されていく。
女子高生の裸を見逃した!
俺のくだらないミスのせいで!
合法的なラッキースケベを見逃した!!
『見逃した』が頭の中を回りながら支配していく。
何で「目を閉じる」なんて恐ろしいことに同意したんだ!
何が楽勝だ!
……いや!俺は楽勝と言っただけで同意はしていない。
「ふふふ。田上、俺はな『楽勝』と言っただけで同意はしてないんだよ!
つまり!俺はお前の裸を見る!」
「……お願い、1つ聞くって言った」
「可能な範囲でだ!」
「……楽勝なんでしょ?」
「それとこれとは……」
「……男に二言は?」
「ないよ!あぁぁぁぁ!」
だめだ。
勝てなかった。
嘘とか誤魔化しとか昔から苦手なんだよ!
絶望。
俺は目の前が真っ白になってなんとなしにベッドに横たわる。
あれ?なんか眠いな?
向こうだともう夜だったのが原因かも知れないし、色々あった疲れが出たのかもしれない。
眠いことの自覚と同時に瞼がどうしょうもなく重くなる。
「田上、ごめん、ちょっと寝るわもう、む……り……」
瞼の間から久しぶりに田上の整いすぎた顔立ちが見え、「……おやすみ、帰る」と一言。
まどろみの中、目を閉じた俺の頬に暖かく柔らかいものが当たった気がした。
「……宇宙人、宇宙人でいてくれてありがとう」
何のことか分からない、呟きを耳にして俺は意識を手放した。
ありがとうございます!