第39話 宿
「なぁ、今から掲示板に戻って依頼の受注だけしてこない?」
「……やだ」
「寝てるだけでいい依頼ならいいですよ」
「はぁ、仕方ねぇ。宿探すか!」
「……おう」
「もう、適当にその辺でいいですよ」
話の最後に銀に光るステータスプレートをもらった俺は後ろ髪を引かれながらもギルドから出てきた。
依頼は明日でも受けられるし、旅の疲れもあるので、昼前から惰眠をむさぼるのもいいかもしれない。
惰眠大好きだみん(だもん)!
幸い俺たちの取ってきた魔石はそれなりに高く換金できて、1ヶ月くらいは暮らせる金があるらしい。
「さっききいた宿ってどこにあるかね?」
金はあったので、受付のお姉さんに高級な宿を聞いておいたのだ。
「街の中心にあると言ってましたけど、ここは魔大陸の最前線ですからね。
大した宿はないですよ。よって最初に勧められた、ギルドメンバー御用達のすぐそこのやつにしときましょう」
メイは本当に早く宿につきたいらしい。
最初にお姉さんに勧められたギルドメンバー御用達の宿は安くて飯も付いているらしいが、若干小汚く、風呂もないらしい。
俺は風呂に入りたい!
「よし!街の真ん中に行くぞ!」
「エェー」
「……メイ、ニッポン人は風呂がないと死んじゃうの」
田上は風呂の重要さをさすがにわかっているようで、田上の言葉でぶつくさ文句をいいながらもメイも付いてきた。
眠くて駄々こねるとか赤ちゃんかよ!
俺はいい匂いのする露店にフラフラ、ボン、キュッ、ボンのお姉さんにフラフラ、異世界の武器屋にフラフラと様々な誘惑に磁石に惹きつけられる砂鉄のようになんの抵抗もできず引き寄せられるが、子供たちが砂鉄を集めるのに使うビニールのような無機質な2人の気配に押しとどめられる。
疲れとか、眠気とかで殺気とは違うが、何らかの不気味な気配を漂わせるのだ。
お姉さんにフラフラしようとした時はそれが顕著でちびりかけた。
2人とも気にしすぎだと思う!
そんなこんなでたどり着いたのは白い建物、大理石とか言うのだろうか?白い石で組まれた建物はただの宿泊施設というよりはいっそ神聖さまで感じる。
そこに入っていくのはやたらにきらびやかな格好をした背の低い男。
いかにもボディーガードですって感じの男たちまで後ろにつけている。
あれ、VIPだよ!意味はよく知らんけどVIPだよ!違ったとしても俺があれをVIPと定義するよ!
「よし、ギルドの人がオススメしてたとこに行こう!」
こんなやばそうなとこだとは思わなかったよ!
魔の街の人には悪いけど、俺たちの格好は正直ただのぼろ切れだしな!
「……ハァ?」
「あぁ?舐めてんですか?シューやさんがここまで来るっつうから来てやったんですよ?それを今から帰る?ハァ?」
ヤバい、高級宿にぼろ切れで入るより上の恐怖が敵対心をあらわに後ろから迫っている!
メイに関してはキャラ変わってんじゃん!
「い、嫌だなぁ、2人とも。お、俺が言ったギルドの人がおすすめしてたとこってここのことだよ。さあ、入ろうぜ!」
「……さっさと行こう」
「早くしましょう」
俺たちは浮浪者の格好で高級宿の扉をぬけた。
そこに広がるのは様々な形の影を落とすシャンデリア、土足で入ることが申し訳なくなる赤い絨毯、壁は綺麗に白色でホテルのエントランス感がにじみ出ている。
そんなところに眠すぎて目つきの悪い浮浪者Mさんと顔を隠してフラフラ歩く浮浪者Tさん。
周りの視線が痛い。
痛すぎる。
即座に従業員の男性の1人がこちらにやってきた。
「申し訳有りませんが、慈善事業ではございませんので、お引取りをお願いします」
「よし!帰ろーー」
「……金ならある」
「お客様になんつー態度ですか」
従業員は厳しい顔で睨み返そうとするが、2人に威嚇されるとすぐに従業員の目は遠く虚無の空間を睨みつける。
目をそらすわけにはいかないから少し視点をずらすという高等技術‼︎
高級宿の従業員だけあってなかなかハイレベルなそらし方だが中学時代、先生相手にいつも使っていた俺には分かる!
ちょっと可哀想だな!
「えーと、金があるのは事実なので泊めてもらえませんか?」
俺は《アイテムボックス》から金貨袋を取り出して中の金貨を見せる。
「失礼しました。受付までお越しください」
メイと田上は相変わらずの態度のまま進んでいく。
「何泊の御予定になられますか?」
さっきまで客としてさえ見ていなかったのを忘れてしまったかのような洗練された対応。
凄まじい切り替えの早さだ。
「一泊でお願いします」
なんだかんだ異世界に来てから今日で5日目。
明日には何らかの依頼を受けながら魔王城に向かいたいからな。
「一泊でしたら部屋代が金貨10枚と、お1人様金貨7枚になります」
俺は金貨袋から金貨をきっかり31枚取り出して渡す。金貨袋の重みが半分より軽くなった。
こんな贅沢はもうしばらく出来ないな。
「御食事はブッフェ方式になっておりまして、御食事と御風呂の時間は自由で、それぞれ一階にございます。
お客様のお部屋は二階になりますので、階段を1つ降りていただければご利用になれます。それではご案内いたします」
部屋まで案内されて思ったが、彼はプロだな。
案内しているのは浮浪者のような奴らにもかかわらず、お客様として対応しながらも、部屋までの道のりは人通りの少ない道を遠回りしていた気がする。
他のお客様への配慮なのだろう。
部屋の扉を開けると、餌の前で待ったを解かれた犬のように2人が飛び出す。
「おい!靴ぐらい脱げよ!」
ベッドへ向かったであろう2人に一応注意をしておく。
ちなみに一足制なのでベッドとシャワー以外は土足でも問題ない。
部屋は広めの廊下が続いていて、左右には収納のスペースや、トイレ、おしゃれな絵なんかも飾ってある。
メイたちが開けっ放しにしてほっといたであろう奥のドアからはまだ昼前の明るい日差しが差し込む。そこを抜け、逆光の中に
「スゲぇ!」
部屋はやたらと広く、ベッドも1人で使えなそうなくらい大きいのが2つ。
テーブルの上にミカンらしき木の実の盛り合わせが載っているあたりは高い宿なだけある。
その1つを手に取り皮を剥きながらベッドの方に向かう。
田上とメイは既に寝息を立てていて、疲れていたのがよく分かる。
げヒヒ、ここで寝てもいんじゃね?
そんなことを思いながらもミカンを口に運ぶ。
「ふぇあ⁈」
間抜けな声と共に今口に入れたミカンを綺麗なカーペットの上に零してしまう。
外はオレンジ色のミカン。
しかし、カーペットの上の果肉は紫、よく考えればブドウっぽい味がした気がする。
紫の果肉を恐る恐るもう一房口に運ぶとやはり広がるのはブドウの香り。
異世界は広いな。
普通に美味いので、テーブルの近くのソファーに寝転びブドウ味のミカンを一旦全て《アイテムボックス》に入れる。
こうすればわざわざ手を伸ばさずともブドウミカンをとりだせる。
こんな風にダラダラするのも久しぶりな気がするなぁ。
俺は丁度1つ目のブドウミカンを食べきったところで瞼の重さに負けた。
〜〜〜
「シューヤさぁん!起きてください!」
俺は耳元で聞こえた大声に目を覚ます。
外は仄暗く、弱い日の光が顔にかかっている。まだ日も昇ってねーぞ。
「日が昇ったらなぁ、眠いんだよぉ……」
寝返りを打って顔を背もたれに沈める。
「何寝ぼけてるんですか!今夕方ですよ‼︎」
え?夕方?
「……お金出して。なんか食べに行こう」
「宿の夕飯で十分だろ、てか美味しんだろ?」
「……お昼に全種類食べた。屋台を回ろう」
マジか、こういう所のブッフェって結構種類多かったよな……
「そうですよ!もう明日には出発しちゃうつもりなら、この街を楽しみましょう!」
「それもそうだな!金も結構使ったとはいえまだあるしな!」
俺たちは夕暮れの街に足を踏み込んだ。
小型の魔物を使った焼き鳥のようなもの、パンに肉と野菜を挟んだ焼肉パンみたいなもの、虫系の魔物も日常的に食べるようで、メイと田上はどんどん胃に入れていく。
俺は虫に関しては最初はどうしても抵抗感があったが、今ではほとんど関係なく食べている。美味いんだもん!
そもそも!虫系の魔物といってもいろいろあってだな!
例えば!鶏肉のような食感のビットル、食感は肉なのにクリーミーな味のビグモスなんかはこの辺では個体が多くて強さ的にも大したことがないから、かなり安価で食べることができる。
グリーンキャタピラーなんかは肉のような食感でもなくてーー
「もう、いいですぅ。お腹われちゃいますよ」
「……メイ、へばるにはまだ早い、まだ2割分位しか食べてない」
いかんいかん、田上の料理以外でも虫が予想外に美味いものばかりだったせいで熱く語ってしまうところだった。
俺はもう十分夕飯分食べたが、田上はまだまだ食べられそうだ。
一方でメイは腹がいっぱいで下手に動けないのか道の端で仰向けに寝転がって月を見ている。
田上と同じように食べようとかするからだな!
てか、田上は今まで食った分の5倍たべれるのか⁈
「そろそろ宿に戻るか」
「……分かった、次の街ではもっと迅速に屋台周りをできるようにシミュレートする」
「どんだけ回るつもりなんだよ!」
周りはもう真っ暗になっていて、家々や、屋台、食事処から漏れる光が道を照らしているだけだ。
メイも辛そうだし、宿に帰ることにした。
ん?なんだ?
俺がメイを起こそうと見下ろした視界にいくつかの足が不自然に写り込む。
「にーちゃんたち。チョォットだけつきあってくんねーかぁ?フヒヒヒ」
笑い方キモいな。
ありがとうございます!
話が中々進まなくてすいません!