91話 悪いのはラギなのに……。
昼過ぎに帰ったら案の定滅茶苦茶怒られた。
「どうしてこんな事になってるのか、もう一度最初からちゃんと説明しなさい!」
「だ、だからさっきからちゃんと説明してるじゃねぇか。ドライブ……遠乗りしてたらドラゴンに殺されかけて、返り討ちにしたらその兄貴とダチになって、迷惑掛けたからってそこに寝てる妹を魔法で人型にして俺に押し付けて行ったんだよ……逃がそうとしたけど怪我してたしよぉ……」
「何を訳の分からない事を言ってるの!! 私の事馬鹿にしてるのね!?」
そしてやっぱり信じて貰えなかった。そろそろ正座しっぱなしで足が痺れて来たんだが……。
「うに゛ゅ~~……オリビア、本当なのじゃ。人化封印術など妾も初めて見たぞ。自分が変化するならまだしも、他者にそれを強制し、更に隷属させるなどリュウセイの召喚魔法並みじゃ。さぞ名のあるドラゴンなのじゃろう」
ラギも正座は辛いのか、冷や汗を掻いて俺をフォローしてくれた。ちなみに隣にいるシューティは機械の体のせいか平気な顔をしており、フローラは腹が減り過ぎて白目を剥いている。そろそろ羽の生えた裸の子供が迎えに来るかもしれない。
「あのね……そんな魔王級のドラゴンにそう簡単に……」
呆れた様に言い掛け、ふと何かに思い当たったらしいオリビアが俺を凝視した。
「……何だよ?」
「リュウセイなら有り得るのかも……そのドラゴン、名前は?」
「アスラ」
言った瞬間、オリビアとマロンがリアクション芸人の如く大げさにひっくり返った。いつの間にコンビになったんだこいつら?
「あ、あ、あ、アスラ!? アスラって言った!? 聞き間違いじゃないの!?」
「そこまで間抜けじゃねぇよ。ダチの名前を間違えるか!」
「信じられないです……。ドラゴンでアスラって言ったら……」
どうやらオリビアとマロンには共通の知識があるらしく、ゴクリと唾を飲み下して異口同音に声を揃えた。
「「『魔天竜』」」
どうやら俺が思っているよりもアスラは遥かに偉いドラゴンだったらしい。俺はてっきり近くの部族の気のいい若長くらいに考えていたが、アスラはドラゴンの過半数を支配する『竜帝派』のナンバー2であり、その強さは組織のトップである父親の竜帝を凌ぎ、更にドラゴン族の勇者なのだそうだ。正直その辺の感覚は俺には分からないが、とにかくドラゴンの中でも実力、知名度ともに不動の世界一だとか。……力説されても俺がそんなものを知る訳も無いが。
「アスラと言葉を交わした記録は殆ど無いけど、その僅かな証言から理知的で紳士的な性格が知られているわ。そして彼の魔法の力は天に通じるとまで称された、伝説のドラゴンよ。本当かどうかは知らないけど、アスラの放った魔法で抉り取られたアスラ山っていう山があるくらいなんだから!!」
「最古の記録では400年ほど前に姿を現したのが最後です。数百万のアンデッドの軍勢を率いて世界に覇を唱えようとした魔法使い達と海を割り、山を砕く決戦の後に滅ぼしたとか……。その時に先陣を切ってアスラは戦い、誰よりも多くの敵を葬ってドラゴンの領土を守ったと言われていますです。数については眉唾ですけど、そういう戦いがあった事自体は本当です」
「へー、アスラ強ぇー」
マジ勇者だな。どこかのへっぽこ勇者に聞かせてやりたいぜ。
「軽っ!? 分かってるのリュウセイ!? そんなドラゴンをあなたは友達だとか言っているのよ!?」
「いいじゃねぇか、どんなに偉くても、アホみたいに強くてもダチだって事とは関係ねぇだろ? それによ、そんな事言い出したら、フローラだって腐ってるけど王女だろ? そこのハイアだって王女みたいなモンなんだろうし、お前らも――」
「まままマロンはただの可憐なドワーフです!! か、か、勘違いも甚だしいです!!!」
自分で可憐言うなや。
「……まぁ、生まれの事はいいわ。リュウセイにはそんなの関係無いものね」
「そういうこった。俺には関係ねぇ。正座やめてもいいよな?」
「仕方ないわね……」
ようやく誤解も解け、俺は痺れる足をそっと崩した。あー、血が流れ込むのが分かるぜ……。隣のラギも似たようなもので、足を伸ばして悶えていた。剣のくせに。
「うあぁ~……酷い目に遭ったのじゃ。この上リュウセイがそこの娘に口付けしたなどとバレたらどうなっておった事か……」
「あっ、バカ……」
スッと俺とラギの上に影が差した。
「ねぇ……その話、詳しく訊かせて貰えないかしら?」
ゾッとする声音のオリビアの尋問はいつの間にか拷問へと移行していたらしい。
もう一度正座に戻らされた俺達はハイアが目覚めるまで更に一時間、足の痺れと死闘を繰り広げる羽目になったのだった。
悪いのはラギなのに……。
正座≠拷問。
昔は日常的にしていた事ですもんね!
……つまり、日常的にセルフ拷m(略)