50話 俺はチュートリアルはとばすタイプだからそれでいいのさ。
肉を打つ音が響き、上半身が裸の男達の荒い息遣いが場を席巻する。汗が滴り、体に渾身の力を込めて相手を凌駕せんと己の意志を剥き出しにし、男達は熱狂の渦中で存在を示し合う。――そこは正に戦場だった。勝者が全てを得、敗者は全てを失う、弱肉強食の狂宴だ。
・・・要するに、多分勝った方が負けた方にナニかされるんだろう。腐ってやがる。
「ソォイ!! ソォォォイ!!!」
「フン! フン!! フン!!!」
が、俺とオリビアはその一切を無視してカウンターのお姉さんに尋ねた。
「あの、冒険者の登録をしたいんですけど、出来ますか?」
「え? あ、ああ・・・ちょ、ちょっと待って下さいね? えーっと、書類は・・・」
お姉さんはアタフタしながら書類を探しているが、背後から一際大きな叫び声が起こるとビクッと体を強張らせた。
「夢みたいだ・・・組合長とこうして組み合える日が来るなんて・・・ソォォォォォォイッ!!!」
「悪夢だろうが!!! フンフンフンフンッ!!!」
「ひっ!?」
「あ、お姉さん、それじゃないですかね? 登録がどうとか書いてありますけど・・・」
俺はごく冷静にお姉さんの手元からこぼれ落ちた一枚の書類を指して教えてあげた。こんな異空間からは一刻も早く去りたかったからだ。普段よりダンディで敬語なのは目の前のお姉さんが大きなおっぱ・・・胸部を持っているからでは決して無いよ? フフ。
「・・・」
止めろよ、地味に痛いから尻をつねるなオリビア。今の俺は尻ネタには敏感なんだ。決して尻が敏感なのでは無いよ? フフフ。
「じゃ、じゃあまずはお名前と、次の欄には「ソォイ!」を記入してくださ、い」
「えっと・・・名前はリュウセイ、と。次の欄はソ、ォ、イ、」
「ち、違います! 次の欄には「フンフン!!」です!! ああ、また!!!」
一々被って来て大変だな、お姉さん。とりあえず俺はフンフンと次の欄に書きながら後ろを見ると、ガチホモが組合長の後ろから組み付いて引っこ抜こうと青筋を立てている顔を見て視線を戻した。オェ。
「も、もういいです・・・名前だけ分かればそれでいいので・・・」
お姉さんは心配そうな視線を送りながら諦めた様に言った。確かに今はチャンスだな。さっさと登録しちまおう。
「名前だけでいいんですかね?」
「いえ・・・後は冒険者カードの発行に銅貨5枚頂きます。名前とランクが示されますので、失くさないで下さい。再発行には銀貨5枚掛かります」
「分かりました。オリビア、纏めて払ってくれ」
「ホラ、組合長、分かるだろ? 俺の熱い憤りがっ!!!」
「お、俺の尻にそんなモノを押し付けるんじゃねえッ!! グッ、ど、どんどん硬くなって・・・!」
・・・風前の灯火だな、組合長。そろそろ処女を散らしそうだ。
「いっ、今から発行してきまし、来ますのでしょ、少々お待ち下さい・・・ああ、負けないで組合長・・・来月には結婚するのに・・・」
そんな動揺しまくるお姉さんが祈りを込める様に見つめる指には簡素だが綺麗な指輪があった。・・・ほう、婚約指輪かい? 巨乳美人のお姉さんと? 髭面で臭そうな組合長が? ふーん。そう。
「無事に済みそうね、リュウセイ。・・・リュウセイ?」
俺はオリビアに返事をせず、そのまま後ろからの引っこ抜きに耐える組合長の丁度正面に位置すると、組合長に向かって飛び切りの変顔をかました。ア〇ーン。
「ブフォ!? し、しまっ・・・!」
「ソォォォォォォォォォイ!!!!!」
ガチホモのバックドロップが美しい半月を描き、組合長の体が床に叩き付けられる。フッ、決まったな。
俺は何食わぬ顔でカウンターに戻りお姉さんを待っていると、オリビアが汚い物を見る目で俺を見て来た。
「・・・何て事してるのよ・・・」
「いや、組合長以外の全員は俺に賛成みたいだが?」
「え?」
床に突き刺さったままの組合長以外の冒険者やお姉さんと同年代の職員が俺に笑顔で親指を立てている。ハハハ、好感度急上昇だ。巨乳をゲットする野郎など掘られてしまえ!
同年代の女性職員まで親指を立ててるのはきっと先を越されそうになったからだな。お姉さんにはもうしばらく独身貴族を貫いて貰いたい。
「お待たせしまし・・・キャァァァアアア!!! げ、ゲイルッ!!!」
組合長はゲイルって名前だったらしいな。どうでもいいけど。
お姉さんは俺とオリビアに冒険者カードと冊子を投げつけると一目散にバックドロップでフォールされているゲイの・・・違った、ゲイルの下へと駆けつけて、床をバンバン叩きながら必死に意識が飛んでいるゲイルに向かって叫んでいる。
「ゲイル、立って!! もう新居も買っちゃったのよ!? 家具だって、指輪だって!! アナタが負けたら私はどうなるの!? 立って!! 立ちなさいよ!!!」
・・・女の本音って怖ぇ・・・
「・・・さ、依頼を探して行くか。俺達の冒険は始まったばかりだ」
「イキナリ先行きが不安なんだけど・・・殆ど説明して貰って無いし・・・」
いいんだよ、こんなの冊子に初心者の心得とかが書いてあるんだろ? 俺はチュートリアルはとばすタイプだからそれでいいのさ。
「イャァァァァァァァアアアアアア!!!!!」
お姉さんの絶叫が響く中、俺とオリビアは採取系の依頼を幾つかチョイスしてその場を後にした。今日の事は忘れよう。さようならゲイ。いや、ゲイル。