38話 天照は再び岩戸にお隠れになったようだ。
それから20分くらい部屋の中からはドタバタする音やくぐもった悲鳴が聞こえて来ていたが、それもやがて静かになった。
更に待つ事10分、中からオリビアが俺に声を掛けて来た。
「・・・・・・リュウセイ、居る?」
「・・・ああ、居るぜ」
「・・・・・・入ってもいいわよ」
「・・・そうか・・・」
こう言われて中に入って「おっすオリビア! スッキリしたか?」と言えるほど俺は剛の者では無いし馬鹿でも無い。気が重いがこのままでいられるはずも無い。そして逃げ場も無いし、そもそも逃げられない。
・・・うし、行くか。さっさと謝ってしまおう。
「・・・入るぞ?」
今度は俺も声を掛けてドアを開けた。ここでオリビアが扉の陰に隠れていて「かかったなアホがッ!!」と俺に全裸で躍りかかって来たら俺としては気が楽だったんだが、残念ながらと言おうか、オリビアはベットの上でスッポリと布団を被って隠れていた。まぁ、顔なんて合わせられねぇよな・・・
「・・・・・・」
無言で毛布を被るこの様子から察するに、オリビアは正常に戻ったらしい。さっきまでは性獣だったのにな。なんちゃって。・・・・・・うおぉ寒い。
部屋の窓も開け放たれて匂いも大分薄れている。やっぱり自分でも気付くよな・・・
「あー・・・とりあえずスマン。確認くらいしてから入るべきだった」
「・・・・・・」
・・・無言か。そうだよな。いくらオリビアでもあれだけの羞恥プレイは初めてだろうよ。そう思うと爺ちゃんは偉大だった。おかげで俺は心を病む事も無く生活出来たもんな。
しかし女のオリビアの心を抉る様な真似は流石に憚られる。誠意を持って説得するしかねぇよな・・
「あんまり気にすんなよ。あれは宿のオヤジの料理のせいなんだからよ」
「・・・それだけじゃないもん・・・」
ん? 布団の中にいるからよく聞き取れんな。
オリビアがもそもそと頭だけをチョロっと出して言葉を続けて来た。
「エルフは・・・寿命が長いから滅多に発情しないけど、一度発情すると・・・その・・・す、凄いの・・・。一緒に旅をしてたらそのうち見られてたかもしれないわ」
そりゃ業の深い種族だな。でも人間の男なんて年中発情してる様なモンだから、そんなに悲観しなくてもいいぜ?
オリビアは少しだけ覗かせた目をこちらに向けた。
「ぐす・・・幻滅、したでしょ?」
「いや、全然?」
泣きながらそう言うオリビアに俺は即答した。ここは言葉を止めちゃいけない場面だ。
「お前がどんな痴態を見せたって、俺を助けてくれた事には変わりねぇじゃねぇか。これでも感謝してんだぜ? お前が助けてくれなかったら俺は今頃腹を空かせたままどことも知れない場所を彷徨い歩いていただろうよ。でもって遠からず死んでたかもな」
これはマジでそう思う。土地勘も無いし金も無い。そして知己も居なければ食料も無い。こんな状況で楽観出来るほど達観もしていない。オリビアに出会わなかったらと思うとゾッとするぜ。
「オリビアのおかげでラギやシューティとも出会えたしな。おかげで随分旅が楽になったよ」
《おお・・・主殿がデレておる・・・》
《マスター・・・そのお言葉だけで、私は、私はっ!!》
2人の指輪が置いてある辺りが発光してるが今はそれどころじゃないんだよ。あとシューティ、感極まって発熱すんな。机が焦げるだろうが。
「だからよ、今日の事は忘れて・・・ってのは今すぐには難しいだろうから、また明日から普通に話そうぜ?」
「・・・」
・・・ダメか? やっぱり時間を置いた方がいいか?
俺がそう思った時、オリビアからか細い返事が来た。
「・・・・・・うん」
俺はホッと胸を撫で下ろした。こんな風に誰かを慰めるのなんて何年振りの事だろうか。
「これからもよろしくな、オリビア」
「・・・うん」
オリビアは布団をもう一度スッポリ被りながら返事をしてくれた。天照は再び岩戸にお隠れになったようだ。
「・・・から・・・セイ・・・き」
何か言ってるみたいだが、小さい声で聞こえない。俺に言ったんじゃなく独り言だろう。難聴系みたいに「なんだって?」と聞き返す様な野暮な真似はしねぇよ。そのまま少し休んだらいい。
俺もベットに横たわって高難度ミッションの達成の余韻に浸ったのだった。