新人インストラクター
扉を開けると、そこには数多の報道陣がカメラを向けていた。
乾いたシャッター音が無数にこだまする中、人の声も沢山聞こえる。
「クロアさん!今回も無事帰還しましたが、地上はいかがでしたか!?」「地上環境に何か進展はありますか?」「ガンスリンガー様!どうか此方を向いて、最高の笑顔をッ!!」
ガンスリンガー、と言うのは、クロアの通り名だ。何でも射撃がどの《旅人》よりも優雅であるかららしい。
「え、ええと、……ノーコメントで!」
クロア本人は彼らに向けて微妙なスマイルを見せつつ、死角で素早く装填した発煙弾を床に向けて発砲した。
バァン。と耳が潰れそうな音が聞こえたかと思うと、一帯は白煙で一切の目の自由が利かなくなった。
その隙に、クロアは逃げ出した。強制換気により短時間で煙は晴れたものの、マスコミ達の目の前はクロアの自宅のドアのみが無言で屹立しているだけだった。
* * * * *
「……疲れた。」
クロアは、取材をしに来た報道陣から逃げ出した後、更に一般人のファン達から囲まれてサインを求められたり、握手を強要されたりしたが、その都度上手く逃げて、何とか目的地に辿り着いた。
「《旅人》クロアです。今回の地上探索の件について報告に来ました」
「はい。了解です。どうぞ」
簡潔なやり取りでクロアはその部屋の中に入る権利を得る。自動で動き出すドアを無言で通り抜ける。
そこに居たのは壮年の男。彼こそがこの旧ヴェルリン都市の都市庁長である。
クロアは彼に向けて一礼し話し出した。
「今回の探索では、非常に有益な情報を得る事が出来ました。インダス川流域に新人類と思しき生命体を発見しました。
彼らと接触した時、彼らは独自の言語を操り、僕に話し掛けてきました。毒にならぬ動植物で料理を振舞い僕を持て成してくれました。持ち帰りましたので、また後程御覧ください。
また、建築技術も素晴らしく、高度な文明を既に築いているものと思われます……」
クロアが語り終えると、都市庁長は「うむ」と一唸りした。
「素晴らしい働きだったよ、クロア君。やはり君は凄腕の旅人だよ!」
「は、はい、有難う御座います」
「……うむ……やはり…………」
急に都市庁長がどもり始めたので、クロアは一体何かと問う。すると彼は言った。
「クロア君、新米旅人の指導官になってみないかね」
「はい?」
思いもよらない発言に、クロアはつい頓狂な声を出した。新米旅人の指導官?そんなの僕に務まるのだろうか?
「君は凄腕と言われる程の旅人だ。そんな君にしか出来ない立派な役職だよ。やってみる気にならないかね?」
「……僕で、大丈夫でしょうか」
「きっと大丈夫だろう。給料も上がるし良いじゃないか」
給料が上がるだけでホイホイ話に乗ってもよいのだろうか?
「ところで……。僕が指導すると言う新人は、どんな人なんですか?」
「お!受けてくれるかな」
「新人の人柄に依ります」
にやり。
「なんです、その顔は」
「いや。実はだね……。その人はね、業界初の女性旅人なのだよ!」
「……………………。はあ。下らないジョークは止めてください」
クロアはそう言ったが、都市庁長は大真面目な顔で、「本当だよ」
と言う。
それにクロアは素っ頓狂な顔をした。
「女性を年頃の男に面倒を見ろと。」
「何か問題でも?」
「いや……」
判らないのか。はたまた惚けているのか。明らか後者だが、クロアは取り敢えずスルーした。
「それに――、僕より先輩の人が沢山居るじゃないですか」
「もう大半が新人指導をやっているよ。それに」
「それに?」
「彼女本人が君を指定したからね」
そう言われたら引き受けるしかないじゃないか、とクロアは思ったが言わないうちに都市庁長が勝手に話を進める。
「彼女は東京にいる。東京人らしく気品に溢れた人だ。早速行ってくれたまえ!向こうにも伝えておくよ」
――かくして、クロアは新人指導官になるのであった……。