結婚狂想曲 第二夜
「あの、入学も転校もわかるんですが、その結婚は初めて聞いたのですが」
「なんだい、由紀よ、まだお話もせずに我が家まで連れて帰ってきたのかね」
「ウフフ、まったく由紀は恥ずかしがり屋ですから」
「俺に勝ってから…いや、今から鍛えれば」
「お姉ちゃん駄目じゃない」
あ、ちょっと沈んでるなぁでも流石にいきなり結婚といわれてもなぁ。
「えっと、とりあえず教えてもらっていいかな」
「はい、実は…。」
交通事故は二人とも無傷だった事、なのにも関わらずノールックドパンチで崇を見事にノックアウト、後頭部をその際強打したため、崇は前後の出来事を覚えてないが、下着まで何の拍子か外れてしまい肌を目撃したという。
事故にあった時の事も教えてくれた。あまりに突然の事に対処できなかったSPは慌てた、明らかに死亡する状況だったのだから。護衛部隊の情況報告は即時本家にいる祖母の下へと届いた、祖母は愕然としたが、二報目の報告で無傷で居る事、そして孫が肌をさらした相手を殴り倒し、しかも命の恩人と知ったのである。
ここで問題となったのが由紀の肌を見たという事である。
天ヶ瀬の一族では女性が当主となる、そして当主となるべき女性の肌を許してよいのは契りを交わす相手のみ。事故とはいえ前後逆になるがこれは候補にいれねばならない、小夜の命で至急身元の確認と履歴が調べられた。
プライバシーとは所詮はお金の問題。一時間も掛からず崇の素性は調べ上げられた。学歴、成績、素行、いずれも一般人として育ってきたにしては真面目に過ぎる報告。目を引いたのは人生における事故の回数がとんでもない事、齢15にして7度も事故にあい生きているなど余程の強運の持ち主か悪運の持ち主でしかない。
小枝は自分の目で確かめると告げ、孫には結婚の事、お前がよければ相手をみてやると由紀に告げ、また命の恩人である相手に出来るだけの事はせよと告げた。すると受験日だったのに、さらに孫が迷惑をかけていた事が発覚。事情を聞けば聞くほど何とかしてやりたい、ではいっその事だ少子化問題で考えていた案件を前倒しにしてしまえと、学校を共学にする事を部下に指示し、迎え入れることになった。
「…と言う訳なんです、事故の後私が殴り飛ばしたせいで受験出来なくしてしまって」
「いや、理由を聞けばぶっ飛ばされるのは仕方が無いにしても、結婚の事はいいの」
「あの、私じゃお嫌ですか」
「いや殴り飛ばすぐらいだしさ」
「あれは、急だったもので条件反射というもので」
「すごいよね、覚えてないけど殴られた記憶なんて小学生低学年以来かな」
「ホッホッホ、孫も突然で力がでたのかもしれんの」
「それで、私と結婚するのはお嫌でしょうか」
「お姉ちゃんがいやなら私がしてあげてもいいよ」
「美由、どうして」
「だって崇さんわたしのグニュニュニュ」
美由の口を塞ぐ由紀は大慌てだった。
これ以上の混乱は避けたい所、その行為は推奨したい。
「あらあら、大人気ね、崇さん私も結婚してなければ」
「由宇!?」
「冗談ですわ、でも姉妹揃って結婚を申し込むのはちょっと頂けませんわね、どちらかがお妾さんになってしまいますもの」
「わ、私が阻止する」
「あなた、出番はありませんわよ、娘の恋路を邪魔するのは美しくありません」
「しかしだな」
「しかしも、かかしもありません」
「ホッホッホ、でどうじゃ崇君、結婚するのは気がひけるか」
「いえ、それはこれだけ美人で可愛い子から言われて、嬉しくない男なんて居ないと思いますけど」
「けど」
「出会って直ぐに結婚を決めるのは失礼かと、それに僕の年齢ではまだ結婚できません、肌をみた責任であれば別の方法で償わせて頂いても」
「どうじゃ、よき男ではないか、うむこれでも反対する者はおらぬな、では婚約者としてわが孫の事をよく見てくれればよい」
「はぁ、由紀さんはそれで良いのかな」
「私は最初から結婚する気です」
「私も付いてくるよ」
ふう、これは四方八方固まったと見るべきか…
「ではお話はお受けいたします、ただし、逆に自分の事も見て頂くようにお願いします、由紀さんに相応しくないのであれば婚約は破棄出来るよう、由紀さんに権利として与えてあげて下さい」
それだけが条件ですと崇は小枝の目をみて話した、できる限りの誠意は込めた。
「ホッホッホ、天ヶ瀬に条件を出すとはやはり只者ではないな、うむよかろう、では本日より崇君は仮ではあるが我が一族として扱うように」
なし崩しとはこういう流れか。
こうして崇は天ヶ瀬の一族として遇されることになった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
その日の夜
(くそ、やっぱり京都は向こうより物の怪がよって来るな)
(はぁ、まだ千葉のほうが追い払うのも楽だったのに)
(ここは歴史があるからな…成仏できなかったのやら元々の妖怪やらで一杯だ、しかしよ、あれだけ霊力が強いのにどうして寄って来るんだ、しかも近づいたら攻撃されて消滅するぞ)
(どうしてかとまで言われても助けを求めてとかじゃないんですか、それに近づかれて困るのは私たちですよ、静かに追い払わないとしりませんよ)
(いや、おれは起きてもらわんと意味がないんだが)
(悪い事は言いません、崇さんの霊力を目当てにきた人で機嫌を損ねた者は瞬殺されてます)
(お、おどしてもこわくないぞ)
(脅しでは無いですよ、昔、山に遠足で赴いた事がありますが、そこで天狗の大妖といって守護してやろうと近づいてきて、何もしないと家まで憑いて来たんですけど、夜中に力を吸い取ろうとした大妖は崇君を起こして顔面を握り潰されてそのまま絶命して消滅しましたよ)
(何、死んだのでは無く、消滅したのか、まさかありえん)
(握り潰して力を吸い取り、完全に消滅です)
(それでは輪廻の力さえ)
(不思議ですけど、夜に起きてくる崇君はすごいんですよ)
(いや、魂とはこのところ人間が増え、畜生や蟲の類から転生する者もいるが、ある魂が消える等…)
(そうです、死ねば魂が出る、これは妖怪だろうと蟲だろうと一緒です、それが崇君を攻撃する相手の魂は死亡した後に出てきません)
(もしや、おれも昨夜…)
(ええ、攻撃の意志がないから見逃されただけですよ)
ゾクっとした、空弧は3000年も生きている
確かに恐ろしいと思った相手はいた、見るからに強い竜、鬼人、闘神などである。
だが、恐怖と違う何かをこの少年から昨夜は感じた…
そう思ってる時だ、
「おい、鈴音…」
(は、はいっ)
「言ったよな、つい先日言ったよな、俺を起こすなと」
(すいません)
「すいませんで済んだら天照だって隠れないんだよ」
(そうですねっ)
「おまえ、そこの狐」
(ハイィ)
「俺に新しく憑いたようだな」
(ハ、ハイ)
「話は聞いただろ、怖くないのか」
(正直、怖いかと言われれば怖いかもしれません)
「そうか…怖かったら離れることだ」
(だが我には目的がありますれば、それにどうやら消すのは害を成す物のみの様子。我は元々神を畏れ奉る神使であります。何れのお方が居られるかまでは私如きでは判じれませぬが尊きお方をお見受けいたしました。出来れば古くからの元の我が主をお助け願いたく…)
「ふぅ、これは面倒だな…おれ鈴音、てめえもう少し怖がらせろって言ってんだろうが」
(すいません)
「はあ、夜は動けん、俺は寝てるからだをずっとは動かせん、なにか別の方法を考えろ、いいか、起こすなよ俺は寝る」
駄目…なのか、力が抜けた、怖かった、だが神と話すのと同じだと思った。
ならば別の方法を考えねばなるまい、これは啓示だ。
俺はやるぞ!
そう空弧は心の中でだけ大きく叫んだ。死にたくはない空弧の精一杯の叫びだった。