ナナヒト
3学期のこの頃、以前の学校では授業も自習が中心になっていたのだが、この学校は外部へといく生徒もいない為に通常の授業が組まれている。
本当ならば黒い狐を放った女生徒の元へと話を聞きたかった崇達ではあったが、授業があるなら転校したてで休む事も出来ず、昼休みを待って再度生徒会室へと集合した。
「成程って所なのかな」
「でもまさか長浜さんが……」
まずは女生徒の身元などが判明した。まずは犯人が女生徒だった事は予想はしていたとしてもショックであり、優秀な生徒なのが問題だった。美月とクラスは違うが常に学年の2位の成績を残す生徒だったのだ。
長浜景子は常に2位だったと聞いて崇は成程と納得してしまった。それだけ悔しい思いをしていたのだろう。
本人も本来は憧れをもって接される程の頭脳を持っているのだが、己より上の存在が何時までもいる事のプレッシャーに負けたのかもしれないと考えた。そういう妬み恨みが相手に禍を起こす事は多い。
(まあ実際に黒い狐がでる所を妾も確認したからの)
「まず間違いないでしょうね」
「でも、普通の女の子ですよ」
(妾も女故言うのも悲しいのだがの、女性の方が恨みつらみを募らせて禍を飛ばしたりする事が多いのよ)
(力を持たない地縛霊ぐらいなら男女の違いもないし、もとからの霊力なんぞによっても違うのじゃが、祟る呪う事を平然と霊能力の理も知らずに発現させるのは常に女性じゃな)
「千鳥君なんとかなるのかしら」
「まだ判りませんよ」
「呪詛を返してはいないので……彼女がすぐにどうかなるという事は無いでしょうが」
「安心は出来ないのね」
「そうですね、どんな呪法なのかも不明ですから」
「とにかく放課後に呼び出して来てもらいましょう、呼び出しは静音さんにお願いしておきます」
とにかく本人にあって背後に憑く霊をどうにかする事と情報を集めなくてはならない。
しかし、5時間目を過ぎた所で保健室へと向かったはずの景子はそのまま教室へ帰らず行方不明になった。
慎重に事を運んだ為に見逃してしまったのかと思ったが、教室に鞄もあるし、下駄箱からは靴もそのままになっている事が判明した。こちらの動向が洩れて逃げたのでは無いだろうと結論し校内の捜索となったのだ。
景子は今朝話しかけてきた黒い影に怯えていた。こんな事が起こるだなんて本には書いてなかったのに……彼女は怯えていた(オレガクッテキテヤロウ、ニクイノダロウ)そう語りかけてくるモノが自分の影の中にいた。最初はもしかしてと思った。これであの子は死ぬかも知れないと……
だからやってと命じてしまって恐ろしくなった。スッといなくなった一匹の黒い狐が走り出して生徒会室へと向かった、なのにあの子は平然と授業を受けているではないか。(オカシイナ、オカシイゾ、クラエナンダカ、クライタイナ、クラエ、クワセロ、コロサセロ)それからずっとこの調子で喋り続ける影が怖くなって誰かに聞かれるのではと遂にはトイレの一室に逃げ込んでしまった。
人間は恐怖などを感じると狭い所に逃げ込む事があるのだろう、まさに今の景子がそうであった。
(クワセロ、エサハドコダ、タリナイ、エモノ、クモツ、コロセ、ドコダ、ノロエ)
「黙って、もう黙ってよ!」
景子には声は聞こえるのだが自分の背後に憑いているモノが何なのかまでは理解出来ない。失敗したんだ、だから呪詛が私を殺そうとしていると思い込んだ。
校内を捜索していた崇達にこの景子の声が聞こえた。それと同時に景子は意識を失った。
「今の声、私と崇さんで対処を」
「うん、何とかしてみよう」
由紀と崇は声が聞こえた方向へと駆け出した。そして階段を上った所で景子と遭遇した。
「この人が……」
「これは、憑かれただけじゃ済まなかったみたいだね」
「すでに意識を乗っ取られています」
(これは厄介な)
「クワ、クワセロ」
「なんの霊でしょうか……宇迦之御魂神じゃなさそうですよ?」
「なんだろうね、邪霊としか思えないけど」
(あの本が怪しいねぇ)
「キサマガッ」景子の声は掠れたように変わっている。叫びながら襲い掛かってきた景子を軽く躱して関節を取ったが、尋常では無い力で逃れられた。
「ククク、カカカッ、ニンゲンゴトキガ、ワレラヲドウニカデキルト」
「何が人間如きだよ、下級霊の分際で」
「ホレナカマガオマエニツイタワ」
崇の腕には確かに黒い狐が巻きついていた、先程の遣り取りだけで触れた相手に取り憑いたのだ。
「それが如何したって。それよりワレラ……か」
(なるほどね、宇迦之御魂神の力を利用して呼び出されたにしちゃあ偉くまた弱い霊が呼ばれたもんだね)
「夜桜様、あの霊の正体が判ったのですか」
(まあ、集合霊なんてのはまずナナヒト系だろうと思いたいが……妙ではある、いくら宇迦之御魂神がうっかり捕まったとしてもこんな低級霊にってのは不思議でしかない)
「トリツイテヤロウゾ」
「ってことはこの集合霊は消しちゃっても問題は」
(無かろうな)
「ナニヲ、クアアア」
「キサマ、ナニモノ、ナニヲシタ、キエタ、ケサレタ」
「由紀」
「栄え来る我の祖霊たる大山祇神の加護を齎し神霊の結びたりし世の理を界せ」
『六面結界』
崇に取り憑こうとした霊は一瞬で消滅させられ、由紀によって景子の周りに結界が張られてしまう。
「ナニモノ、クラウ、クラエ、コロセ、ケサレタ」
崇と景子は同じ結界の中、外部にさえ逃さなければ崇が触れるだけで低級霊は消される。
下手に景子から出ればその瞬間に崇の霊圧によって吹き飛ぶ可能性さえ存在する為に集合霊は出る事さえ出来ない。
「クルナ、クルナクルナクルナクルナ!」
「成仏させる方法はまだ無理だったからな、悪いが消えてもらう」
(気にするでない、集合霊とは怨念のみの言わば魂までは持たぬ怪が寄り集まってできた化生の存在、元より輪廻の環より逸脱した存在、それより早くせんと、まだまだ未熟な由紀では持たんぞ)
「でも、これ、中にいるんですけど如何するんです?」
(ズバっと一昔前なら一緒に始末されるかという所だわな)
「そんな物騒な事言わないで下さいよ」
(俺に任せろ)
「じゃあ頼むよ」
「任せておけ」
(ちょっ)「えっ!」(あら)
「ギャアアアアアアアア」
「あらよっと!」
突然距離を詰めた崇が景子の抱きしめた、勿論もう一人の崇の仕業なのだが、方法があると任せたらとんでもない手法で集合霊を景子から追い出した。由紀も夜桜さえもが驚いていたが効果は見ての通りといった具合、集合霊は景子の体から抜け出すと同時に軽い掛け声と共に消滅してしまった。
「それじゃ後は宜しくな」
(ちょっオマ)「え何てことを」
(別段人助けなのに何も気にする事は無いだろう)
「……いや気にするだろうがっ」
「崇様?」
「はい、何でしょうか」
「その今のは何だったのでしょうか」
「えーとですね、もう一人に中に入っちゃってる霊を追い出して貰ったわけで」
「私はまだしてもらった事がありませんのに、酷いです」
「え、いや、人助けなので他意は無いから」
「そ、それでも」
(崇君、諦めて)
「何をですか」
(男はケジメをどうつけるかで決まるわよ)
「そういう問題ですか」
(そういう問題よ)
「えーと、由紀さん」
「さっきは由紀と呼んでくれましたよね」
そんな気もしなくもない、急いでたし?
っていうか改まって如何しろというんだ、そこのふわふわ浮いてる夜桜さん。そんな風にニヤニヤしなくても助け舟を……
(崇くーん)
「鈴音?」
一瞬気を抜いた瞬間に由紀が大胆にも崇の唇を奪いにきた。
(た、崇君!)
「「!」」
(盛り上がってるとこ悪いんやけど、その……この結界を何とかして貰えんやろうかな)
それは一冊の本の中から掛けられた何処かのんびりした女性の声だった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
(宇迦之御魂神!)
(おう、無駄飯喰らいじゃねえか)
(そりゃ酷い言われようだよ、宇迦之御魂神)
気を失った景子を保健室へと運び、天ヶ瀬の関係者で保護をお願いした崇達は生徒会室に集まっていた。
何故か本に囚われた宇迦之御魂神を先ずは助ける事になった。本の結界というよりも本その物が結界を成していた為に崇が切り裂いてしまった、というよりも崇にしか斬り裂けなかった。
その後は空弧がやってきてご覧の有様である。
見た目は物凄い綺麗な女性なのだが、獣耳にキセル、着崩した着物が艶やかな宇迦之御魂神が空弧を邪険に扱っている。
(ちょっとお前は引っ込んどき、なんも役に立ってへんやろが)
(そ、そんなあ)
少し同情したい程の扱いであった。
(初めましてやな、宇迦之御魂神や、宜しゅうな)
気さくな神様すぎる。仮にも全国の稲荷を束ねる主神であるのにこの態度、先程からの遣り取りがあるとは云えどいいのかと疑問に感じる態度だ。
(神様言うたかて、こうして助けて貰うたのに偉そうになんかできるかいな)
「まあそれはいいんですけどね」
「はぁ、崇さんのそういう動じない所は素敵ですけど」
「えっと良いのでしょうか」
(まあ、この中で格だけで言うたら一番上の方ではあるけど、夜遊び大好き、お出かけ大好きで有名な人やからね、ウチも何度か御供した事あるさかいええんとちゃう)
(そうそう、夜桜よ言うとおりやで、気にせんと、ウカちゃんと呼んでくれていいんや)
(姐御、さすがに……)
(なんや、文句でもあるんか)
(いえありません、けどウカちゃんはどうかと)
(可愛いやろ)
「じゃあウカちゃん」
(タンマや! 冗談で言うただけや、流石にほんまにウカちゃんいわれたら見た目と違いすぎて恥ずかしいわ)
「え、そうかな、ウカちゃんって可愛いよね」
「「え?」」
(そ、そうか? 可愛いかの、じゃあ特別に崇には許したるで)
崇と宇迦之御魂神を除く全員が絶句する中で愛称が決定してしまった。何処の世界に神様をちゃんをつけて愛称で呼ぶ人間がいるのかといった感想を全員が持ったが、本人が認めていれば問題は無い。
「それで、ウカちゃんの捕まってた本なんだけど」
(これか、ほんま困ってたんよ、ちょっと気持ちよーく酔い覚ましにと散歩に出かけてなふっと気がついたら引っ張られてしもうて本の中や)
「で、その手に持ってるのは」
(これか、こう引っ張られた先にお供えしてあったんよ、崇も食べるか、美味しいで)
『もしかして』と全員が思った、それって引っ張られたんじゃなくて匂いに釣られただけなんじゃないのかと……
(ほら、このお稲荷さんに油揚げも美味しいよ)
「ウカちゃん?」
(なんや、全部はあかんで)
「反省してない!」
(キャン!)
あわせて絶句するしかない由紀達である、崇の拳骨が宇迦之御魂神の頭部へとゴチンと落ちた。
(痛いがな)
「反省!」
(はい、迷惑かけてえろうすんません)
「うちの婿殿は剛毅や」
全員が固まっている中に小枝が入ってきた。剛毅というより神様に対しても怖気づいて無い所は生来の教育に寄る物だ。迷惑をかけたら反省しないといけないと思っただけなのだ。空弧にいたっては余りの事態に泡をふいて目を回していた。
(反省せんとな、崇に言われてもうた)
「では、お社へ一度お戻りくださいませ、こちらの空弧殿以外の神使の皆様も探されておられました故」
(しゃーないな、ほな崇、またな、他の皆もまた今度や)
「空弧、送っていって」
(え、お、おう!)
「それでお婆様、景子さんは」
「うむ、目が覚めてな、問題はなかろう多少混乱しておったが」
それを聞いて美月もほっとした。犠牲者らしい犠牲者も出さずに事件が解決したのだ。
「しかしじゃ、問題はあの宇迦之御魂神様を閉じ込めた本じゃな、古書店で手に入れたとも聞いたが、既に本屋も無くなっておったし、見たところではあのような術式は知らぬ」
「お婆様で判らない物となると」
「うむ、何かあるのだろうな」
結局原因等は解明に至らなかった。何を目的としてそのような呪術の本を取り扱った古書店があったのかも天ヶ瀬の力をもってしても調べ切れなかった。原因が究明出来なかった事で崇達は釈然としないながらも新たな世界に今後関わる事になる。それは力をもった者だけが知るこの世界の裏側に関わる事なのだが、崇はそれ程の大事に巻き込まれるとは思っていなかった。
今回の出来事は崇がこの学校に来て最初の事件であり、そしてこの後も幾度と無く関わる出来事のほんの始まりに過ぎなかったのだった。
次のアイデアがでたらまた更新開始します




