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Remu【レム】  作者: 飛鳥
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Epilogue-Will 【結末】【意思】

これにて完結となります。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 Epilogue-Will 【結末】【意思】


 展望室。

 方舟のなかで唯一モニター越しではなく、直に外の世界を見ることが出来る場所。


 部屋の前面にはぶ厚い強化ガラスが張られていて、壁際には湖や山岳といった、いわゆる『外の景色』の絵が額縁(がくぶち)に飾られて並んでいる。


 強化ガラス越しに広がる茜色の空。下を泳ぐ雲の群れを目で追いかけながら、レムは自分がいま立っている場所が、隔離された世界であることを痛感してしまっていた。


 飛翔艦‐方舟。

 レムとミュウの二人がその場所に戻ってきたのは、今から二時間ほど前の出来事だ。


 傷の手当てを行った後に簡単な事情聴取を受けて、ひとまず、二人は仮眠室にて身体休めることに。ただ、

「この場所が境界線ってことなのかな」


 展望室に来ていることからもわかるとおり、レムはその申し出を断っていた。とても眠れるような気分ではなかったし、じっとしていると、嫌な感覚がこみ上がってきてしまうからだ。


 金属板とぶ厚い強化ガラスが作り出した境界線。人々は鋼鉄の揺りかごに自らを隔離して、世界そのものを遠ざけることにした。そうして、一つきりだった世界は二つに別れた。

 平穏と平和が当たり前の世界と、侵略と争いが当たり前の世界。


 魔導師は、それら二つの世界を渡り歩くことが出来る存在である。だから過酷のなかでも生きていける。だから、どちらの世界の色にも染まることが出来る。


 境界線の向こうではリーゼの考えこそが正常で、誰かのためになんて考えるレムの方がよほど異常な存在かもしれない。だけど、それでもリーゼの考えが正しかったとは思えなくて……。


「これで良かったのかって、そんな顔をしてるね」

「シャルルさん?」

 突然の声に驚いて振り返ると、展望室の入り口に金色の長髪を携えた女性が小さく手を振っていた。そのまま、レムのそばまで歩いてくる。


「やっ、レム。お疲れ様なんて言われても嬉しくないと思うけど、とにかくお疲れ様」

「……そんな風に思ってるなら言わなきゃいいじゃないですか」

「お、言ってくれるねちびっ子魔導師。まあ確かにその通りなんだけど……やっぱりお疲れ様だよ。その幼さで、一生癒えない傷を心に負ったんだからさ」


「…………」

「気持ちはわかるなんて知った風なことを言うつもりはないけど、少なくとも、わたしはレムたちが帰ってきてくれただけでも嬉しいって思ってるよ。送り出した結果だーれも帰ってこなかったじゃ、いくらなんでも救いがなさすぎる」


「救われたかったわけじゃない。僕は救いたかったんです。なのに救えなかった。大見得を切って飛び出しておいて、同じことを繰り返しただけだった。父さんは母さんを助けようとして、母さんは僕を助けようとして……母さんの教えに従って、僕はあの人を見捨てた。だから僕は方舟に帰ってくることが出来た。結局はただの繰り返しで……」


「レム。君はさ、誰か一人ものすごーーく大事な人を忘れてないかい?」

「えっ?」

「助けられなかった人を()やむ気持ちはわかるけど、少なくとも、レムが助け出したあの子がリーゼさんと同じ苦しみを味わうことはない。ほら、そろそろ入ってきなよ」


 急かすような言葉でシャルルがそう言うと、一人の少女が顔を覗かせる。

「……ミュウ」

 気まずそうに数回目を泳がせた後、少女‐ミュウはレムたちの方に歩み寄ってくる。


「あ、あのねレム。おかあさんのことや色んなことがあって、わたしもまだ頭がこんがらがっちゃってるんだけど……ありがとうね」

 俯き加減で目線だけを上に向けて、ミュウは微かに言葉を口にする。


「助けに来てくれて、助けてくれて、わたし、本当に嬉しかったんだよ。レムのおかげで何にも変なことなんてなくて、こうやって、普通のまま方舟に戻ることが出来たんだから。レムのおかあさんのことを仕方ないって言うつもりはないけど、それでも、辛いことや悲しいことを一人だけで背負わないで欲しいんだ。レムのおかあさんは悪い人なんかじゃなくて、本当にレムを大事に思ってただけ。そのことは……それだけは、わたしもよくわかってるつもりだから」


 一人だけで背負わないで欲しい。

 その言葉に、レムはほんの少しだけ救われたような気がした。

 あの人が行った行為。あの人に行った行為。それらはけして忘れることが出来ないもので、消えることなく、レムのなかに残り続けるものである。


 その重みを、重圧を、ミュウは一人だけで背負わないで欲しいと言ってくれた。

 あの人がミュウに何をやろうとしていたか。それをわかったうえで、あの人のことを単純な悪人と思わないでいてくれた。あの人を、理解しようとしてくれた。


 だからこそ、レムはぎゅっと拳を握りなおす。

 ガラス越しの世界を見つめながら考えていた疑問に、はっきりとした答えを導きだす。


「ミュウ。これからも、僕は君を守り続けるよ」

「えっ」

「おう、言うねえ」


「僕は母さんを、あの人の生きかたそのものを否定した。でもそれは母さんに反発したかったからじゃない。教えられたことよりも大切なものを、大切だと思えるものを見つけたから。だから僕は母さんの考えを否定し続けようと思う。でないと、僕がやったことの意味が無くなってしまうから。母さんにしたことに、自分自身で納得することが出来なくなるから」


 正しいことなんてどこにもない。

 それでも自分の行動が正しかったとレムが思い込もうとしたのは、それが、今の自分が母親に対して行える唯一と思ったからだ。


 対立して、否定して、だからレムは此処(ここ)にいる。だからリーゼは此処にいない。

 そう思わなければ辛すぎるから。通じ合えたのに、では辛すぎるから。


「大切に思っているからこそリーゼさんの考えを否定する、か。ひねくれてるねぇ」

 呆れたような口調でシャルルに言われる。確かにその通りだと思う。


 けれど、

「仕方ないじゃないですか。僕は、そのリーゼさんの子供なんですから」

 そう言って笑うレムの横顔には、どこか、母親の姿が折り重なって見えた。

                                   (終)


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