王女の影武者
私はミラ、将来国仕え――王女の侍女と影武者となる条件で国から援助を受けている魔術師の卵です。
正確には影武者としての役割を既に受けていて、世間に全く姿を見せず現在行方不明となっている王女の代わりとしてこの王立魔法研究学園付属統合学院に通っています。
孤児院の資金援助と御給料までもらっている身としては異論は無いのですが、なぜ私なのか? という疑問はつきないです。
「ミラ・ケイサルス? ミラ・ケイサルス!! 聞いているのですか!!」
っは!! いけないいけない、今は授業の最中だったんだ、王女の代わりである以上は目を付けられるような真似は出来ない。
「すみませんレミス先生、少し考え事をしていて聞いていませんでした」
偽の王女の身分とはいえ、ここは身分無用のこの学院なのでこういうときは素直に謝ります。
「今日は復習ですからまぁ良いでしょう、では国の祝福と力の特性――属性について答えなさい」
今回の授業の内容は覚えていますのですぐにその場で立って答えることにします。
「はい、国の祝福とは……」
国の祝福とはこの箱庭の世界の基礎となった『固定された役割』の法則が崩壊して国という形に変わった時にそれを維持する為に世界が国単位で別々の補助をし始めたのが起源と言われています。
国がつくられた時に補助がつくのではなく特定の集団が世界に国と認められて補助が付いた時に初めて各国がそこを国と認めるようになったので『世界が国と認めた祝福』とされています。
現在その祝福と認められているのは――
神聖国家『ケイサル』の『癒しの詩』
魔術の国『シルト』の『魔術操作』
機械の国『キリト』の『機体操作』
魔導機の国『カンシ』の『魔導機精製』
剣の国『フェルノーグ』の『剣気収束』
闘士の国『ファルキア』の『闘気爆裂』
魔物憑きの国『アイソルト』の『憑依疎通』
森の国『エスティマ』の『彫器の民』
火山の国『ノーグ』の『冶金の民』
海賊の国『ハラン』の『無力化』
――です。
そのほかに詳細は隠されていますが祝福されているとされているのが、鎖国『火心』、竜の国『ニーズヘグ』の二ヶ国があります。
あとは今は亡き魔物使いの国『フェイレン』と精霊国家『ハーレント』にも祝福があったとされていますが現在は確認できていません。
属性は、地・水・火・風・金・時・空を基本とした特性です。
そのうち風・火・水・地はこの世界を構成する物質を司り、金は切断・接続を司ります。
時は力と呼ばれるもの全般を統合したものを司り、強い力の持ち主は空以外の全ての特性を自在に操ることすら出来るとされています。
空は場を司り、時とは逆に本来力と呼べるものは無いとすら言われますがその特殊性から他の属性ではできないことが出来るとされています。
この二つは対となって上位属性と呼ばれることもあり、一般ではそれぞれ『光』と『闇』と呼ばれています。
「――以上でよろしいでしょうか?」
「はい、少々蛇足もありましたが良く出来ましたね、座ってよろしいです」
……ふぅ、危ないところでしたね。
レミス先生は多少の前後の変動は有りますけど全員に一度答えさせるまでは同じ人には当てないから当分は安心です。
先程の二つの話はあくまで基本であって何事にも例外はある。
祝福は実は国でなくてもある一定以上の組織であれば認められる可能性がある、ギルドはその例外の一つで『冒険者』と呼ばれる異質な祝福が得られるそうです。
属性も時と空より更に知られていない基本として思考を司る『心』と生命そのものを司る『命』が存在していて、更に派生属性と呼ばれる司る対象の無い属性と、希少属性と呼ばれる未だに存在を認められていないものがあるそうです。
この前義弟達にこの話を聞かせたら一人だけ考え込んでいたようだからあの子にもう少し詳しく教えてみるのも良いかも知れないわね。
この国の祝福は魔術を扱う素質の高い人にしか作用しないので魔術を使える人と使えない人では扱いに大きな差が出てくる。
この国では王族と貴族が国を治めていて、どちらも魔術師の素質の高い人が多いので『魔術師=貴族』という一般論が出来ている。
それに魔術の素質は血統が影響するらしくて祝福が作用するくらいの人が親族にいない限りはまずそれだけの素質がある人は生まれない。
私のような例は本当に数が少ないそうです。
……そういえば、その少ない例の一人である友人はどんな魔術を使うのか聞いたことが無かったですね、今度会うときに聞いてみましょうか。
授業もそろそろ終わりかな?といったところで一匹の猫が教室に入ってきて教壇に登ってきた。
――あの猫は?
周りの人も同じように疑問に思っているのかみんなレミス先生と話している猫を見つめている。
さて? どこかで見たことがあるような……? とか思っているとレミス先生の目がこちらに向けられる。
「ミラ・ケイサルス、学長からお話があるそうです、学長室へ向かいなさい」
ああ!! そうだ、学長の使い魔だ!! ということは今のは学長と話してたのでしょうか?
「分かりました」
* * *
「とは言ったものの……」
歩き慣れたはずの学院内……のはずなのに。
「学長室どこですかぁ~~!!」
現在絶賛迷子中になっています。
まさか五年以上過ごして来た学び舎で迷うとは思いませんでした。
――そういえば学長室って入学したあたりに先生に連れられて入って以来言ったことなかったなぁ。
などと現実逃避をしてても学長室は見つからないですね、そして現在地も分かりません。
窓の外を見てみると今日は快晴だったはずなのに空は曇っていて、向こう側の壁の窓にも人気がない。
「回廊空間にでも迷い込んだのかしら?」
この学院は一部空間が弄ってあるので地図に描けないような形になっています。
緊急時にはそのバランスを崩して閉鎖することで被害を少なくするようにしていて、それは火事や地震等の天災だけではなく侵入者が現れたときにも機能する防犯装置の役割も果たしているので、たまに教室を抜け出した生徒がこの空間に捕まって先生がたに説教をくらうことがあります。
もしかしてまだ許可が下りていないうちに出てきて捕まったのでしょうか?
そんな風に悩んでいると――
「王女殿下!!お覚悟を!!」
廊下の角から教員服を着た男が出てきた。
教員服は着ているけど剣なんて使っているのだから魔術師ではないようで、一人まっすぐこちらに走ってくる。
この国の魔術は正確には唱歌魔術と呼ばれている程詠唱が長いのが特徴で、護衛が居ない時には隙が大きすぎる問題がある。
唱える前に終わらせてしまおうとした男の突撃は……見えない壁にぶつかって弾かれた。
「ここに来てから何回目の襲撃だったかしら?」
男が弾かれたのを確認してから私は詠唱に入る。
「地よ風に、混ざれ、その結束と流動を以てかの者を閉じ込めよ『ケージ』」
空気中の埃や塵などが男達の周りに集まり、檻のように固まる、それを更に建物を構成する物質で補強して閉じこめる。
男は檻を剣で切ろうとするけど刃は檻をすり抜けてぼろぼろになる。
「今回はまた急ですけど、一体なにが理由なんでしょうか?」
一応聞いては見たけど男達は答えない、ただ殺せと一言だけ言う。
「一応言っておきますけど、たとえ私を殺したところで国には何の損失も無いんですよ、むしろ要らない負担が減ったと城の毒虫達は喜ぶんじゃないですか?」
これには少し反応があった、王女が死んでも損失が無いなんてのはおかしいもんね。
「口を閉ざすのもいいですけど、良いんですか? 目的を果たせない以上は言ってもかわらないですよ?」
これは最後通告、私も学長室に行かなきゃならないんだからこれ以上は構ってられない。
「二度は言わん」
グシャリ
男が答えを言い終わると私は檻を中身ごと潰した。
檻の中は砂嵐のように流動してるから潰された中身は直に固体か液体か判別できないほどに磨り潰されて、存在を証明できるのは岩の隙間から滲み出る赤い液体だけになるでしょう。
その様を見ていたくない私はそれを地下に潜らせて、先程より少しさめた気持ちで学長室を探すことにした。
* * *
程なくして回廊が解除されたのか学長室が見つかった。
扉を四度ノックして返答を待つと中から「どうぞ」と女の人の声がしたので「失礼します」と断って入ることにする。
「久しぶりね、ミラ? 調子はどうかしら?」
「シャムさん!? いつここに来たんですか!!」
入った先では学長が待っているとだけ思っていた私は見覚えのある顔が居るとは全く考えていなかったのでいきなりの友人の挨拶に驚いてしまう。
応接用の椅子には友人のシャムが座っていて、その後ろには彼女に付いている男性――シャウトさんが立っていた。
「さっき着いたところよ、ちょっと貴女に手伝ってもらいたいというか、連れてって欲しいところがあったのよ」
連れて行って欲しい場所? 私が知っててシャムさんが分からない場所なんて早々無いと思うのに?
彼女の反対側の席に座った私が首を傾げているとシャウトさんが補足をしてくれた。
「今シャム様が受けている依頼の品の受取人がどうやら毎週ミラ様の向かわれる孤児院の近くに居るようなのです」
なるほど、それなら私が一緒に行った方が間違いがないですね。
見せてもらった地図も確かに私の住む孤児院を指していたので、多分お爺ちゃんあたりが受取人なんでしょう。
なら友人の頼みなんですし、すぐに準備しましょう、と答えて立ち上がろうとしたときに、いつの間にか私の隣に立っていた学長に肩を抑えられて待ったがかけられた。
「ミラ、今日はゆっくり休んで明日から行きなさい、それなら学院も欠席の許可を出します」
「え? でも学長?」
私は国から援助してもらってる身だからそういうのはいけないのでは? という疑問にはシャムが答えた。
「それなら大丈夫じゃない? 貴女の仕事って王女の世話役も入ってるんでしょ? 今回については十分それで理由になるわよ」
それって、王女様がここに居るって言うこと?
「ミラ、貴女まだ分かってなかったのかしら? 目の前の彼女がミラ・ケイサルス王女殿下よ?」
ふぇ?
「え? え? …………ええええええええええええええええええええ!!?」
いや!!? 全く気付いていませんでしたよ!! なんでそういうことを先に言って置かないんですか、いろいろ失礼なことしちゃったかもしれないじゃないですか!?
もう私の頭の中は混乱しっぱなしで頭がうつ熱状態ですよ!! ……あ、意識が遠く。
* * *
目をぐるぐるに回して パタリと倒れた彼女をワタシは抱きとめる。
――ああもう、可愛いわね、食べちゃいたい位に
そんなことを考えてる私にこの国の王女様は不機嫌そうな顔でこちらをにらむ。
「女の子がそういう顔で人をにらむものじゃないですよ、王女様?」
そんな風にからかうと彼女の顔は一生険しくなる。
「なんで私がこの国の王女だって教えたのよ? 期限は十分にあるんだし、次の週末に一緒に行っても良かったのに」
「あら? これでも親切心でいったのよ? 貴女、まさかこの娘が城に仕えるまで隠すつもりだったの?」
図星だったのか彼女の顔は苦虫をかみ潰したような苦い顔に変わる。
彼女の百面相も可愛くていいわね? なんて考えながら、私は腕の中でまだうんうん唸ってる娘をひざの上に乗せで抱きしめなおすようにこの娘の座っていた椅子に座った。
「……出来ればずっと友達のままで居たかったのに」
「この娘がこの程度で離れていくと思っているの? 意外と臆病なのね?」
「貴女にはわかんないわよ、学長」
長い沈黙の後にポツリとつぶやいた彼女の言葉は友達の居ないさびしがりな女の子のようだった。
でも、この娘は貴方がそう望めば王女だなんて関係無しにちゃんと接してくれるわよ、じゃ無かったら影武者の仕事中なのにあんな態度は取れないはずだしね。
「これからどう接したいのかは貴女が決めなさい、もし城でこうなってたら貴女もこの娘もそういう役割と決め込んじゃうでしょ?」
彼女はまだ納得しては居ないようだけど考えるところはあるみたいだし、このあたりにしておこうかしらね。
「そうね、ちょっとミラの部屋で考えてみるわ、それじゃちょっと失礼するわね」
少しすっきりした顔の彼女は私の腕の中でちょっと落ち着いた娘をひったくる。
「あら、もう少しゆっくりしててもいいのに」
「貴女の腕の中に彼女を置いとくと何されるか分かったものじゃないから落ち着かないわ」
「あら、信用が無いわね、ちゃんとやさしくするわよ?」
「それを危惧してるのよ!!」
彼女は鳥肌を立たせながら友人をお姫さま抱っこででていく、いいわね、お姫様抱っこも。
その視線を感じ取ったのか彼女の付き人もなんだか彼女達を隠すように付いて出て行った。
若いっていいわねぇ…… 私はそんなことを考えながら回廊空間からこの部屋に繋がる扉を消して仕事に戻った。