闇色の部屋の中で/城より出たものと物語を始める魔剣
「おや、早かったね」
暗闇に沈んだ部屋、決して溶けず火の消えない蝋燭のみが光源となるその部屋で大柄な鎧が巨大な玉座に座っている。
その声は鎧の見た目に合わず子供のように高い。
その前には顔全体を隠す目の部分だけに穴がある丸い仮面、そしてそれを被る男の姿が在った。
仮面には固定する為の紐等は付いていない、《氷で出来た仮面》がそのまま肉に食い込むように張り付いている。
「いや、少し待たせすぎたよ、ここの法則は聞いてはいたけどなかなかに厄介だね」
「分かってなければ、厄介と思うことなくただ、世の中を理不尽だと思うだけさ、それが不条理の間違い、だと気づけずにね」
「それがこの世界の常識ってところかな?」
「そうだね、でもそれを押しのけて、短期間であの組織を創った、君の力もなかなかのものだよ? 流石、彼女が信頼するだけあるね」
「そうかな? でも僕はあの中では序列は低いんだけどね」
それを語る男の目にはそれを悲観するような色はない、それが常識だといわんばかりに自分は弱いほうだと告げる。
「弱い? 君が弱い、というのならこの世の人間も、魔族も、エルフもドワーフも、竜族だって弱いということになるぞ?それはこの世界に対する侮辱だ、気をつけろ」
「っと、それは申し訳が立たないね? ところでなんで君はハルバードを構えてるのかな?」
「なに、注意ついでの罰、ついでに我の気分転換に手合わせ、とな?」
そういう鎧は玉座から立ち上がってその横にあるハルバード、刃の部分の長さからこれは巨大な片刃の長剣に分類してもよさそう――ただしこの斧の刃は何故か両刃だ――なそれを中ほどで持ってだらりとぶら下げるようにし、自由な左手を暗く光らせている。
鎧から出てくる嬉々揚々としたオーラは『逃がさない』とでもいうのだろうか? 男は何も感じないかのように嫌そうに見ているが二人の居る部屋は鎧から発する圧力で揺れている。
周囲を見渡してそれを見た男は一つため息をついて右手の手袋を突き出し、その甲の部分にある三つの氷を輝かせた。 手合わせに付き合うと決めた今でもその瞳に戦意のようなものはなくむしろ無気力さが目立つ。
「それじゃ名乗り上げからいこうかな? 多業務創作工場『ミスリル』の――」
その名は告げられる前に戦いは始まった。
その戦い―――いや、戯れは一時間ほどで収まった。
戯れの場となった部屋自体には被害はない、ただしその表面は余すことなく氷が張り付いている。
「やはり、君が弱い、というのはありえんだろう? この非常識」
「いやいや、これで工場で戦える人としては弱いって言うんだから世の中怖い」
「怖いのは、その工場とやらだ」
右手の指先でコマのように正八面体の氷を回す男の体にも不満げにため息をつく鎧の体にも怪我はない、ただし鎧のほうには全身にびっしりと氷を貼り付けた状態なので動きにくそうではあったが。
「まぁ、これで十分でしょう?」
「確かに、十二分には動いたが、何故だ? いつもならもっとやっているはずなのだが?」
「それはまぁ、僕の技能で秘密な部分だから聞かないでくれるかな?」
「そうか、それならいいのだが……ところで、アレはもう彼女に渡したのか?」
やる気を削がれた鎧はいまさらのように本題を聞こうとする、これは本来手合せの前にしておかないといけないやり取りのはずだ。
「まぁ、モノはギルドに強制の指名依頼で預けておいたから、明日くらいには不機嫌になって旅に出てる彼女が見れるんじゃないかな?」
「っは!! それはまたずいぶんと、理不尽なルールがあったものだな? いいのかい? これではまるで職権乱用だよ? 下々の眼には君は一体どんな風に見えてるのだろうなぁ?」
先程とはうって変わって上機嫌な様子でなじるように鎧は聞いてくる。
その身には既に纏わり付いていた氷はない、溶けたわけではなく初めからなかったかのように消えうせていた。
「権利は使わないなら枷になるだけだよ、そのためだけに今の地位を築き上げたんだから」
「ふむ、それもそうか…………この計画、うまく行ってくれれば良いものだが」
「うまくいってくれなくても困るのは君たちだしね? 僕には関係ないかな」
「ふむ、つれないなぁ、それでは女にもてないぞ?」
「これ以上誰かに纏わり付かれるのも面倒なんで、こっちからお断りだよ」
この計画は鎧が治めている国の行く先を決める重要なもの。
事の結果によっては世界が一転するモノなのだが男はそれにすら興味は無いようで、まるで他人事のような態度を貫く。
「おまえ……本当に男か? それともあっちの趣味があるんじゃないだろうな?」
「それは無い、ただ単に付き合う女性が居なくても十分に間に合ってるだけ、かな?」
「冗談の通じないやつだな……」
その後、男は現在の進み具合とこれからの予定の詳細を鎧に伝えると次の仕事があると言って鎧に背を向ける。
「また、暇なときにでも来い、君はいつもいきなりだから、もてなす事は難しいが、茶ぐらいは出そうとは思うぞ?」
「いつもそういってるけど、未だに一度も出されたことは無いよね? 『魔王様』?」
それではまた、と男が言うと鎧は視界がガラスのように砕ける錯覚を起こし、気が付けばすでに男が居ないことに気付く。
君も、いつもこうだな。と考える鎧の居る部屋は男が来る前と変わらぬ風景を描いていた。
* * *
眩いばかりに輝く太陽と雲ひとつ無い青い空の下、石造りの街並みの中で少女はその清々しさを殺さんばかりの憤りを撒き散らして地団太を踏んでいた。
「なんで私が強制労働なんて不名誉なことしなくちゃいけないのよ!!!」
その理由は『ギルド』と呼ばれる、頼みごとを持つ人とそれを解決する人たちの仲を取り持つ管制業務を主に、それの補助に必要が在ったり無かったりする複数の仕事を無節操に組み合わせた店から直接仕事を押し付けられたからだった。
ギルドでは本来、依頼する側が示した情報をギルドの登録者がある程度自由に選んで解決するという方式を取っている。
しかしそれにも例外があり、ギルドが個人を指定して強制的に依頼を実行させる事がある。
これは自由に選択できる弊害として、過酷過ぎる条件だったり、単純作業な為に敬遠されたり、単純に割に合わなかったりする依頼は長期間放置される事からその対策として作られた制度なのだがこういうものの対象となるのは借金を返済できなかったり、ギルド内で禁則事項に当たる行動をした人で、借金のかたや懲罰として適用される。
時々好き好んで強制労働をしたいと言ってくる特殊な人もいるがこれは既に強制ではないので割愛しておく。
これを拒否するとギルド内の様々なサービスや店を利用できなくなる上に掲示板に張られるような依頼は受けられなくなり、登録制度による個人保証がなくなるので不審者として扱われるようになる。
そんなわけで強制労働をしなければいけないということは不名誉な何かをしてしまったということに繋がり易いのでそれ自体が不名誉なことと一般では認識されている。
「私にはそんなことをしなきゃいけないようなことはしてないって言うのに!!」
この少女もこの一般からずれた認識を持っているわけではないのでこの状況は謂れのない罪を被せられたのと変わりないのであった。
「しかし、ミラ様、この依頼はどうやらそのギルドから直接出されているもののようですよ?」
「っ!! シャウト、その名前で呼ばないでって言ってるでしょ!! 私はここではシャムだって何度言ったら分かるのよ」
後ろに付き従う従者らしき男性が不思議な点を指摘しようとすると少女は周囲に聞かれてはいけない名前を使われて激昂する。
幸い、少女――シャムの名前は先程から彼女が怒りを撒き散らしていた為に周りには従者らしき男性――シャウトしか居らず、その名前を知っている者以外には聞こえていなかった。
「シャウト? 本来なら私はここにいることすらあっちゃいけないの、城から出てくる時にした約束を守れないのなら帰って」
シャウトにとってはそもそもシャムに城に戻って欲しいというのが本音なのだが、彼女の母親からある程度自由にさせて世の中を見て欲しいと頼まれてる手前でそのようなことは言えない。
「はぁ……分かりました、シャム様、それで、この依頼はどうなさるのですか?」
「決まってるでしょ、強制になってる以上は受けるしかないじゃない」
シャムもシャウトに少し当たって気が紛れたのか嫌そうにしながらもギルドに向かう事にした。
ギルドは街の大通りの中程、見栄えが悪いと大通りから外された行商人や旅人の為の商業区画を繋ぐ形で一画を占拠している。
これは旅人との接触を嫌う依頼者が大通りの側から入って依頼する一方で登録者は旅人が多いために商業区画で活動することが主なので両方に入り口が必要だった為だ。
その都合で無駄に広く土地を持っているギルドの内部は宿泊所や自衛具屋、貸し倉庫、銀行に書庫など、本来の役割が何なのか分からなくなっている程に副業が混ぜ込まれている。
当然ここまで詰め込まれているのはこの街が国の中でも有数の大きさを誇っているためで、この国の支店としては一番の大きさを誇る。ちなみにだが首都にある『シルト国本店』はここよりも遥かに小さい規模なので実質この支店がこの国の登録者にとっての本店となっている。
「依頼内容の確認をしたいのですが、こちらでいいのでしょうか?」
シャムは依頼受付のカウンターに登録認証代わりの宝玉を渡しながら強制労働の詳細を聞く。
受付担当の女性は何かやらかしたとは思えない少女から依頼の確認と聞いて一瞬目を丸くしたが、依頼内容を見るとああ、この人のか、とため息をつきながらそれに応えた。
「ああ、この方の依頼ですね? 依頼内容は品物の配達と受取人の見極めです、配達する品は貸し倉庫に保管されていますのでこの札を持っていってください」
受取人の見極めと聞いてシャムは眉をしかめた。
「受取人は決まってないの?」
「えっと……はい、どうやら隣街の近くに住んでいるという情報だけで詳細はかかれていません、これが周辺地図です」
――確かこのあたりは友人が週に一度帰ってる場所
「ありがとう、この地図は貰ってもいいですか?」
「はい、構いません」
場所を確認したシャムは地図と品物の引き換えの札を受け取ると貸し倉庫で預かってもらっていたものと依頼の品を受け取る。
依頼の品は剣だった、大きさからみてツヴァイハンダーのようで、鞘の代わりに何重にも布を巻かれ、その上に金属のツタのようなものが刃をしまうように絡み付いている。
ツタはガードの部分にも絡み付いていて外せ無いようになっている、どうやって取り付けたのか不思議なものだ。
それはこの国『シルト』の祝福である魔術操作を生業とする魔術師が使う魔具よりも、異端者となって辺境に追い出された者達の国『カンシ』にある魔導具や、狩った獲物を素材として道具を作る『アイソルト』の憑具に近いものでいわゆる、『呪われた品』のようだった。
それを見たシャウトはこの剣に潜む『何か』に恐怖した。
シャムの顔を窺うと彼女も息を呑んでいることから剣に何かを感じているようだ。
「この依頼、強く問いただして無効に取り消してもらうわけにはいかないでしょうか?」
「いいえ、まさかここまで曰くがありそうな品とは思わなかったけどむしろ興味がわいたわ、この依頼はしっかり受けることにするわよ」
「しかし「シャウト」……分かりました、しかしこれほどの品です、何があるかわかりませんので十分に気をつけてください」
「分かってくれればいいのよ」
ギルドを出た二人は剣をロープで縛ってできるだけ触れないように荷物にくくりつけてから友人が通っているであろう学校のある街へ歩を進めた。