第六話 0
翔太の心臓が激しく鳴っている。
耳元で聞こえた声。
懐かしい声。
名前を呼ばれた気がした。
『……翔太』
胸の奥が強く締め付けられる。
その声を、翔太は知っている。
でも。
思い出せない。
ゆっくりと振り向こうとする。
後ろに、誰かがいる。
すぐ近くに。
息がかかるほど近くに。
街は完全な静寂に包まれている。
車も、人も動いているのに
音がない。
翔太は震える手で、ゆっくり振り返った。
そこに
女の子が立っていた。
長い髪。
白いワンピース。
街灯の光の中で、静かに立っている。
翔太の胸が大きく揺れた。
「……誰だ」
口ではそう言った。
でも、心の奥では違う。
知っている。
絶対に知っている。
胸の奥から、何かが溢れてくる。
女の子は何も言わない。
ただ、翔太を見ている。
その目は
真っ黒だった。
瞳がない。
白目もない。
ただ、深い闇のような黒。
それでも翔太は、その場から動けない。
目が離せない。
胸の奥に残っていた違和感が
一気に溢れ出す。
カフェの写真。
思い出せない恋人。
自分を呼ぶ声。
全部が
一つに繋がる。
翔太の視界が揺れる。
頭の奥で、記憶が少しずつ戻る。
長い髪。
笑顔。
隣でコーヒーを飲んでいた女の子。
翔太の口から、震える声が漏れる。
「……零」
その瞬間だった。
女の子の顔は、何も変わらない。
表情もない。
ただ
翔太を見ている。
翔太の頬を涙が流れた。
胸の奥の感情が
一気に溢れ出す。
好きだった。
確かに好きだった。
思い出せなかっただけで
ずっと
好きだった。
翔太は一歩、近づく。
零の姿をしたそれも、一歩近づく。
二人の距離が、ほとんどなくなる。
その時
翔太は
気付いた。
零は
瞬きをしていない。
呼吸もしていない。
顔の筋肉が
一度も動いていない。
そして
その黒い目は
自分の感情だけを見ていた。




