第9話 森は、安全ではない
はじめまして。
本作は「料理×成長×捕食」をテーマにした異世界ファンタジーです。
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春の終わりだった。
柔らかな陽射しが村を包み、畑では若い芽が風に揺れている。遠くで子供たちの笑い声が響き、どこにでもある穏やかな一日——のはずだった。
だがレオンは、村外れの柵に手をかけたまま、じっと森を見つめていた。
違和感がある。
言葉にできない、小さなズレ。
風が吹く。
湿った土の匂いと、若葉の青い香り。
その奥に混ざる、わずかな鉄の気配。
血ではない。
もっと薄い——だが確かに肉食の匂いだった。
「近づきすぎるな」
低い声に振り返る。
父が立っていた。斧を肩に担ぎ、険しい目で森を睨んでいる。
「最近、森が静かだ」
言われて気づく。
鳥の声が少ない。
小動物が走る音もしない。
静かすぎる。
レオンの背筋を、捕食者の感覚が静かに撫でた。
——いる。
見えない何かが。
「父さん」
「なんだ」
「奥に……大きいのがいる気がする」
父の眉が、わずかに動いた。
「分かるのか」
レオンは小さく頷く。
確信ではない。
だが、本能が警鐘を鳴らしている。
父はしばらく森を見つめ、それから短く言った。
「しばらくは近づくな」
それは忠告ではない。
命令だった。
その日の夕方、村に一人の男が現れた。
灰色の髭に、鋭い目。革鎧には無数の傷が刻まれている。
ベテラン狩人、ガレス。
父とは旧知の仲らしい。
「久しぶりだな」
「ああ。嫌な予感がしてな」
軽く交わされる言葉とは裏腹に、二人の視線は同じ方向——森へ向いている。
ガレスはレオンを見ると、口の端を上げた。
「この子が例の料理坊主か。いい目をしている」
しゃがみ込み、静かに続ける。
「森に入りたがる目だ。だが覚えておけ」
一拍。
「森は恵みをくれるが、同じだけ命を取りに来る」
その声には、長く生き延びてきた者だけが持つ重みがあった。
翌朝。
三人は森の手前まで足を運んだ。
境界線を越えない位置。
それだけで空気が変わる。
光が弱く、匂いが濃い。
ガレスが足を止めた。
「見ろ」
地面に刻まれた足跡。
深い。
重い。
普通の獣ではない。
ガレスがしゃがみ込む。
「牙狼に似てるが……少し大きいな」
父が低く言う。
「灰牙狼か」
ガレスは首を傾げた。
「断定はできん。だが、ろくでもないサイズだ」
その時、レオンの鼻に鉄の匂いが届いた。
導かれるように歩く。
倒れていたのは小型魔物だった。
喉を裂かれている。
だが——ほとんど食われていない。
ガレスが眉を寄せる。
「妙だな……こいつら、こんな狩り方はしない」
父が周囲を見る。
森は静まり返っている。
まるで息を潜めているかのように。
その瞬間。
遠くから遠吠えが響いた。
低く、長い声。
腹の奥に重く響く。
レオンの背筋が粟立つ。
ただの咆哮ではない。
支配者の声だ。
ガレスが呟く。
「……牙狼にしちゃ低いな」
父が静かに答える。
「まだ遠い」
だが。
遠いはずなのに、鼓動が速くなる。
捕食者の本能が告げていた。
——あれは、いずれ近づいてくる。
父の手が肩に置かれる。
「戻るぞ」
珍しく、迷いのない撤退だった。
その夜、小さな集まりが開かれた。
大人の男たちが火を囲んで話をしている。
そして、村長が静かに言った。
「念のため、柵を強化する」
それだけ。
大げさな空気はない。
誰も騒がない。
だが男たちは黙って頷いた。
経験が理解しているのだ。
備えは早い方がいいと。
数日後。
村の外周では、大人たちが丸太を打ち込み始めた。
柵は一回り高くなり、杭の先端は鋭く削られる。
子供たちはそれを興味深そうに眺めていたが、どこか落ち着かない。
レオンも手伝いながら森を見る。
変わらず静かだ。
だが——静かすぎる。
夕暮れ。
赤く染まる森の奥から、再び遠吠えが響いた。
前より、ほんのわずかに近い。
胸の奥で、捕食者が目を覚ます。
怖い。
だが同時に、理解してしまう。
あれは強い命だ。
父が森を見つめたまま言った。
「……嫌な予感がする」
レオンも視線を向ける。
もう気づいていた。
この森は、以前の森ではない。
何かが、静かに動き始めている。
——そしてそれは、確実にこちらへ近づいていた。
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