第8話 捕食者、目を覚ます
はじめまして。
本作は「料理×成長×捕食」をテーマにした異世界ファンタジーです。
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季節が二度巡った。
雪が溶け、芽吹き、また枯れ、そして再び春が来た。
レオンは五歳になっていた。
背は少し伸び、言葉もはっきりと話せるようになった。 だが最も変わったのは——目だった。
幼子のそれではない。
常に何かを観察し、理解しようとする視線。
村の大人たちは、いつの間にかこう囁くようになっていた。
「あの子は普通じゃない」
◇
朝。
台所に立ち込める湯気の中で、レオンは静かに椀を覗き込んだ。
母が作った野菜の煮込み。
見た目は問題ない。
匂いも、ほとんどの人間なら気づかない程度だろう。
だが——舌が告げていた。
(違う)
一口すくう。
舌に触れた瞬間、確信に変わる。
「母さん、これ……使っちゃだめだ」
母が振り向く。
「え?」
「根菜、ひとつ傷んでる」
鍋の中をかき混ぜ、問題の欠片を取り出す。
ほんのわずかに柔らかい。
色も、わずかに濁っている。
母は目を見開いた。
「どうして分かるの……?」
自分でも分からない。
ただ、舌が拒絶した。
身体が「危険だ」と理解した。
その瞬間、視界に文字が浮かぶ。
【捕食者:完全味覚 獲得】
【毒素・腐敗・品質を判別可能】
レオンは静かに息を吐いた。
また一歩。
捕食者が、深く目を覚まし始めている。
◇
母はしばらく鍋を見つめ、やがて火を止めた。
「……あなたがいなかったら、気づかなかった」
小さく笑う。
だがその笑みの奥には、確かな信頼があった。
いつの間にか母は、味見をレオンに任せることが増えていた。
村の誰も知らないが、この家の料理はすでに——五歳児が最後の判断を下している。
◇
その日の午後。
父が一本の木剣を差し出した。
「持て」
ずしりとした重み。
五歳の腕にはまだ重い。
「料理人でも、外に出れば無力だ。身を守る術を覚えろ」
短い言葉だった。
だがそこに迷いはない。
レオンは頷いた。
庭に出る。
父が構える。
「振ってみろ」
真似る。
重い。
腕が震える。
それでも振る。
風を切る音が遅れて聞こえる。
父が言った。
「毎日だ。十回でいい。続けろ」
努力の始まりだった。
派手さはない。
だが確実に、未来へ繋がる一歩。
◇
数日後。
薪を割る父の隣で、レオンはふと呟いた。
「火……揺れてる」
風はない。
だが炎が、わずかに大きく膨らんだ。
父の手が止まる。
「今、何をした」
「……分からない」
ただ、燃えろと思った。
それだけだ。
父は炎を見つめ、低く言った。
「適性があるのかもしれん」
魔法。
この世界では珍しくない力。
だが誰もが扱えるわけではない。
父は続けた。
「焦るな。剣と同じだ。積み重ねろ」
レオンは炎を見つめた。
料理にも火は不可欠。
ならば——磨く価値がある。
◇
捕食者の感覚は、日ごとに研ぎ澄まされていった。
森の入口を通るだけで分かる。
湿った土。
若い草。
そして遠くにいる獣の気配。
まだ曖昧だ。
だが確実に、世界の輪郭が濃くなっている。
ある日、父が言った。
「来年、森に入る」
心臓が跳ねた。
狩り。
命と向き合う場所。
料理人として避けては通れない領域。
「怖いか」
少し考え、首を振る。
怖くないと言えば嘘になる。
だが——それ以上に。
知りたい。
触れたい。
命が食材になる瞬間を。
父は小さく頷いた。
「いい目だ」
◇
夜。
母が呟く。
「五歳で森なんて……普通じゃないわ」
父は短く答える。
「普通じゃない子だ」
沈黙。
やがて母は微笑んだ。
「そうね……この子は、遠くへ行く」
レオンは寝台の中で拳を握る。
剣。 火。 味覚。
すべてが繋がっていく。
捕食者は、ただ喰らう力ではない。
命を理解する力だ。
そしていつか——自分は森へ入る。
初めて、自らの手で命を仕留めるために。
その日を思い、静かに目を閉じた。
炎のような未来が、胸の奥で揺れていた。
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次回もお楽しみに。




