第7話 魔物肉がご馳走になった日
はじめまして。
本作は「料理×成長×捕食」をテーマにした異世界ファンタジーです。
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翌朝、父は本当に肉を持ち帰ってきた。
まだ血の気配が残る、大きな塊だった。
見ただけで分かる。
昨日まで扱っていた小型魔物とは違う。
筋が太い。 脂が少ない。 そして——匂いが強い。
(森猪か……)
前世の記憶に近い感覚が浮かぶ。
硬い肉。
だが扱いを間違えなければ、濃い旨味を持つタイプだ。
父は無言で肉を台に置き、腕を組んだ。
「やれるか」
短い問い。
試している。
料理人としてではなく——息子としてでもない。
未知の存在を見る目だった。
俺は頷いた。
小さく。
だが迷いなく。
◇
まずは観察。
刃を入れる前に、肉を見る。
繊維の流れ。
脂の位置。
関節の形。
すべてが情報だ。
捕食者の感覚が、静かに働く。
どこを切ればいいかが——分かる。
包丁を握る。
もう手に馴染み始めていた。
父の視線を感じる。
母も息を潜めている。
刃を入れる。
筋に沿って滑らせる。
無理に押さない。
肉は、逆らうと硬くなる。
従わせるのではなく、導く。
やがて、大ぶりな塊がいくつかに分かれた。
父が小さく息を吐く。
「……迷いがないな」
解体の経験など、あるはずがない三歳児。
だが手は止まらない。
血抜きをし、水に浸ける。
何度も替える。
赤みが薄れていく。
匂いも変わる。
鉄臭さの奥に、肉本来の甘い香りが現れる。
(いい肉だ)
思わず、口元が緩んだ。
◇
今日は焼かない。
煮込む。
硬い肉には時間を使う。
鍋に入れ、弱火へ。
沸騰させない。
ただ、静かに熱を通す。
灰汁を取る。
丁寧に。
何度でも。
母がぽつりと呟く。
「どうしてそんなことを知ってるの……」
答えはない。
ただ一つ。
料理人だからだ。
香草を少し。
塩は控えめ。
味は最後に決める。
時間が過ぎる。
鍋の中で命がほどけていく。
匂いが変わる。
硬さが消える。
旨味が溶ける。
完成が近い。
◇
皿に盛る。
父と母が向かい合う。
最初に父が口に入れた。
噛む。
……止まる。
もう一口。
そして、ゆっくり飲み込む。
「柔らかい……」
信じられない、という顔だった。
母も食べる。
次の瞬間、両手で口を押さえた。
「なに、これ……」
震える声。
魔物肉は硬いもの。
それが、この世界の常識。
だが常識は、覆る。
料理で。
父が言った。
「村長に持っていく」
◇
昼過ぎ。
家の前に人が集まっていた。
村長。
狩人。
近所の女たち。
半信半疑の顔。
「魔物肉が美味い?冗談だろ」
誰かが笑う。
父は何も言わず、皿を差し出した。
村長が食べる。
噛む。
固まる。
もう一口。
そして低く呟いた。
「……店の味だ」
ざわめきが広がる。
次々に口へ運ばれる。
沈黙。
やがて誰かが言った。
「これ、本当に魔物か?」
狩人が肉を見つめる。
「俺が仕留めたやつだ……間違いない」
視線が、一斉に俺へ向く。
三歳児。
踏み台の上に立つ、小さな存在。
村長がゆっくり尋ねた。
「……お前がやったのか?」
頷く。
ざわめきが強くなる。
母が、静かに言った。
「この子が作りました」
嘘ではない。
だが真実でもない。
俺はただ——料理しただけだ。
村長はしばらく黙り、やがて笑った。
深く。
「化け物だな、この子は」
否定はしない。
料理人は、時にそう呼ばれる。
常識を壊す者だからだ。
◇
その日の夕方。
視界に光が浮かぶ。
【捕食者:素材理解 獲得】
触れた瞬間、分かる。
鮮度。
状態。
最適な調理法。
静かな震えが走る。
この力は——危険だ。
だが同時に。
料理人にとって、これ以上ない武器。
村の外から来ていた行商人が、ぽつりと呟いた。
「王都なら、その腕で金貨が積めるぞ」
王都。
知らない世界。
だが胸が高鳴る。
もっと多くの食材がある場所。
もっと多くの料理が生まれる場所。
夜、母が言った。
「レオン……あなたは、ここに収まる子じゃない」
俺は静かに目を閉じる。
分かっている。
この村は始まりに過ぎない。
料理は、もっと遠くへ行ける。
小さな拳を握る。
次に向かう場所を、まだ知らないまま。
だが確信していた。
俺の料理は——世界に届く。
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