第6話 母、確信する
はじめまして。
本作は「料理×成長×捕食」をテーマにした異世界ファンタジーです。
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朝の空気は冷えていた。
まだ陽も昇りきらない時間だというのに、台所からは薪の爆ぜる音が聞こえてくる。
母だ。
最近、少しだけ早起きになった気がする。
理由は分かっていた。
——俺が台所に来るからだ。
あの日、包丁を握って以来、母は完全に目を離さなくなった。
当然だろう。 三歳児が魔物肉を解体し、まともな料理を作ったのだ。
普通なら夢でも見たと思う。
だが母は違った。
彼女は「見間違い」で片付けなかった。
観察している。
俺を。
料理を。
そして——変化を。
◇
「レオン、起きてるの?」
呼ばれて、小さく返事をする。
最近は簡単な単語なら話せるようになってきた。
身体の成長に、記憶がようやく追いつき始めている。
「……うん」
台所へ向かうと、母は少し驚いた顔をした。
「やっぱり来るのね」
その声に、呆れと——わずかな期待が混じっているのを感じ取る。
視線が鍋へ向かう。
今日の朝食はスープらしい。
豆と根菜。
そして、少量の干し肉。
匂いだけで分かる。
だが同時に、違和感があった。
(……火が強い)
煮立ちすぎている。
このままでは豆が崩れ、舌触りが悪くなる。
俺は踏み台によじ登り、鍋を覗き込んだ。
母は何も言わない。
止めもしない。
試しているのだ。
——この子は何をするのか、と。
木杓子を手に取る。
まだ重い。
だが扱えないほどじゃない。
火を見る。
薪の配置。
空気の流れ。
一本だけ動かした。
炎が落ち着く。
母の眉が、ぴくりと動いた。
次に塩。
ひとつまみ。
そして水を少しだけ足す。
沸騰を抑えるためだ。
ぐつぐつと荒れていた表面が、静かに揺れる程度に変わる。
いい状態だ。
「……どうして火を弱めたの?」
母が尋ねる。
言葉にするのは難しい。
だが、なんとか絞り出す。
「こわれる」
豆が。
そう言いたかった。
母は一瞬黙り、そして小さく息を呑んだ。
◇
しばらくして、スープが完成した。
椀に注がれ、湯気が立ち上る。
母が一口飲んだ。
その瞬間——動きが止まる。
もう一口。
ゆっくり味わう。
そして俺を見る。
「……なに、これ」
呆然とした声だった。
同じ材料。 同じ鍋。
違うのは、火加減と塩だけ。
だが料理は、それで別物になる。
前世では当たり前だったこと。
この世界では——違う。
母は椀を置き、震える声で言った。
「昨日より……美味しい」
その言葉に、胸の奥がわずかに熱くなる。
料理人として、それ以上の評価はない。
だが次の瞬間。
母の目が変わった。
優しさだけではない。
理解しようとする目だ。
「レオン……あなた、本当に三歳?」
答えられない。
ただ、黙って見返す。
沈黙が流れる。
やがて母は椅子に座り込んだ。
「偶然、じゃないのよね……」
ぽつりと呟く。
そして、確かめるように言った。
「もう一度、作ってみて」
◇
試験が始まった。
次は野菜炒め。
油の温度を待つ。
まだだ。
もう少し。
匂いが変わる瞬間を待つ。
——今だ。
野菜を入れる。
音が弾ける。
すぐに混ぜる。
火を入れすぎない。
水分を飛ばしながら、甘みを引き出す。
塩は最後。
たったそれだけ。
完成した皿を、母が口に運ぶ。
次の瞬間。
目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「どうして……こんな味になるの……」
それは驚きというより、理解できないものに触れた時の反応だった。
俺は確信する。
——もう誤魔化せない。
母は立ち上がり、俺の肩に手を置いた。
少し震えている。
「レオン。あなた、何を知っているの?」
核心に近い問いだった。
だが、答えようがない。
転生しました、などと言えるはずもない。
だから俺は、短く言った。
「……おいしく、なる」
それがすべてだ。
母はしばらく黙り——やがて笑った。
困ったように。
だがどこか誇らしげに。
「そうね……美味しくなるわね」
そして小さく呟いた。
「この子は、天才だ」
◇
その日の夕方。
父が帰ってきた。
いつも通り無口だが、皿を口に運んだ瞬間、動きが止まる。
「……なんだこれは」
怒っているわけではない。
純粋な驚き。
母が静かに言う。
「レオンが作ったの」
沈黙。
父の視線が、ゆっくりと俺へ向く。
もう一口食べる。
噛む。
飲み込む。
そして短く言った。
「……店が開ける」
前にも聞いた評価だ。
だが今回は重みが違う。
父は冗談を言わない男だからだ。
しばらくして、低い声で続ける。
「レオン。明日、肉を持って帰る」
試すつもりだ。
もっと難しい食材で。
望むところだった。
胸の奥で、静かに火が灯る。
料理ができる。
それだけで——生きている実感がある。
◇
その夜、視界の端に光が浮かんだ。
【捕食者:感覚補正 微→小】
わずかな進化。
だが確実な一歩。
理解する。
この力は、料理と共に育つ。
ならば磨くしかない。
料理人として。
どこまでも。
母は寝る前、俺の頭を撫でながら言った。
「きっと……この子は村を出るわ」
未来を予感する声だった。
俺は目を閉じながら思う。
——ああ、出るさ。
もっと多くの食材がある場所へ。
もっと多くの命が巡る場所へ。
料理人として、進むために。
小さな拳を握る。
まだ弱い。
だが炎は灯った。
もう、止まらない。
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次回もお楽しみに。




