第4話 三歳、初めての調理
はじめまして。
本作は「料理×成長×捕食」をテーマにした異世界ファンタジーです。
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その日、家の中はいつもより静かだった。
父は仕事。 母は洗濯のため、家の裏手へ出ている。
台所には——誰もいない。
そして。
鍋も、包丁も、火も。
すべて、そこにあった。
心臓が跳ねる。
(……今だ)
身体はまだ三歳児。 歩幅は小さく、足取りも不安定だ。
だが、それでも俺は台所へ向かった。
踏み台を引きずる。
ギィ、と床が鳴る。
一瞬固まる。
——母は来ない。
よし。
踏み台に登る。
視界が、一段高くなる。
そこには前世と変わらない景色があった。
まな板。 包丁。 鍋。 薪の火。
思わず、息が漏れる。
「……やっとだ」
声は幼い。
だが中身は、三十年火の前に立ち続けた料理人だ。
◇
まずは素材を確認する。
台の上に置かれていたのは、小型魔物の肉だった。
灰色がかった赤。
筋が多い。
脂は少ない。
そして——臭い。
(血抜きが甘いな)
袋越しでも分かる。
だが、逆に言えば処理次第で化ける肉だ。
俺は小さな手で肉を持ち上げた。
重い。
滑る。
危うく落としそうになる。
(……身体が追いつかないな)
だが問題ない。
料理は力じゃない。
技術だ。
包丁に手を伸ばす。
冷たい感触。
ぞくりと背筋が震えた。
——帰ってきた。
刃を握った瞬間、頭の中が静かになる。
余計な思考が消える。
世界が研ぎ澄まされる。
これが俺の領域だ。
◇
まずは血抜き。
本来なら流水が理想だが、この家では桶の水しかない。
ならば回数で補う。
肉に刃を入れる。
小さな手でも、角度さえ正しければ切れる。
赤い液体が滲む。
桶に沈める。
水がすぐに濁った。
(ほらな)
この工程を省けば、臭みは絶対に消えない。
二度、三度と水を替える。
やがて、濁りが薄くなった。
次は筋切り。
刃先で細かく入れる。
繊維を断つ。
火を通した時の硬さが変わる。
小さな身体に汗が滲む。
だが、不思議と疲れは感じない。
むしろ——楽しい。
料理をしている。
それだけで、胸が満たされる。
◇
火を確認する。
弱い。
薪の組み方が甘い。
俺は慎重に一本動かした。
空気の通り道を作る。
すると。
ボッ、と炎が大きくなる。
思わず笑った。
火は正直だ。
応えた分だけ、力をくれる。
鍋を置く。
油を少量。
熱を待つ。
まだだ。
まだ低い。
匂いで分かる。
油がさらりと動き始めた瞬間——肉を入れた。
ジュッ!!
音が弾ける。
香ばしい匂いが立ち上る。
それだけで、勝利を確信した。
表面だけ焼く。
旨味を閉じ込める。
ひっくり返す。
焼きすぎない。
あとは弱火で火入れ。
シンプルだ。
だが、この世界では誰もやっていない。
◇
焼き上がった肉を、小さく切る。
震える手で一切れ持ち上げる。
息を整える。
そして——口に運んだ。
噛む。
肉汁が広がる。
臭みはない。
繊維は柔らかい。
成功だ。
その瞬間。
視界が光に包まれた。
【捕食者 Lv1 起動】
【スキル獲得:夜目(小)】
世界が、少しだけ明るくなる。
輪郭がくっきりと見える。
——これが、スキル。
思わず笑みがこぼれた。
だが。
次の瞬間。
「……なにしてるの?」
背後から声がした。
凍りつく。
振り向くと、母が立っていた。
目を見開いている。
床には水。 桶。 切られた肉。
そして——包丁を握る三歳児。
沈黙。
やがて母が駆け寄る。
「危ないでしょ!!」
包丁を取り上げられる。
当然だ。
だが次の瞬間、母の動きが止まった。
鍋を見る。
肉を見る。
匂いを嗅ぐ。
そして、小さく呟いた。
「……美味しそう」
恐る恐る、一切れ口に入れる。
目が、見開かれた。
「え……?」
もう一口。
噛む。
飲み込む。
そして。
俺を見る。
信じられないものを見る目で。
「これ……あなたが?」
答えられない。
だが、目は逸らさなかった。
母はしばらく黙り込み——やがて笑った。
驚きと、少しの誇らしさを滲ませて。
「……この子、天才かもしれない」
胸の奥が、少しだけ熱くなった。
その夜、父も肉を食べた。
そして言った。
「店が出せる味だな」
店。
この世界にも料理屋はあるらしい。
なら——いつか。
俺はそこに立つ。
確信が芽生える。
捕食者。
この力は、戦うためだけじゃない。
料理を極めるための力だ。
小さな手を見つめる。
まだ弱い。
だが——もう、始まっている。
俺の料理人としての、二度目の人生が。
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次回もお楽しみに。




