第32話 黒い閃光
消えた。
確かにそこにいたはずの影が、視界から完全に消失した。
(どこだ——)
思考より先に本能が叫ぶ。
危険。
剣を横へ払う。
直後、凄まじい衝撃が腕を貫いた。
火花が散る。
骨が軋む。
押し込まれる。
もし反応が一瞬遅れていたら——首が飛んでいた。
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すかさずステップを踏み距離を取る。
呼吸をまず整える。
視線を巡らせる。
そして見つけた。
十歩ほど先の木漏れ日の狭間に、影がいる。
四足歩行の獣。
低い姿勢。
地面すれすれまで落とされた頭。
黄金の瞳だけが、鋭く光っていた。
毛並みは黒に近い。
だが輪郭が曖昧になるほどに薄暗い森と同化している。
(……黒豹、みたいだな)
思わずそう思った。
だが知っている動物とは何もかもが違う。
静かすぎる。
呼吸すら聞こえない。
そこに「いる」と分かるのは、ただ殺気だけだった。
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低い唸り。
吠えない。
威嚇もしない。
ただ狙っている。
完全な捕食者の目。
その瞬間、理解する。
今、この森が異様に静まり返っていた理由を。
小動物も鳥も——逃げていたのだ。
こいつから。
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後肢が沈む。
来る。
息を一息吐き、剣を構える。
次の瞬間、地面が爆ぜた。
黒い閃光。
速すぎる。
剣を横一文字に振りぬく。
しかし、魔物には触れず空を切る。
魔物が目の前から消える。
直後——背後からの殺気。
(まずい!)
反転と同時に後ろにステップ踏む。
爪が閃き、魔物が飛び掛ってくる。
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熱。
そして激しい痛み。
左肩が裂けた。
血が散る。
衝撃で体勢が崩れる。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
深くはない。
だが鋭い。
急所だけを正確に切り裂く一撃。
無駄がない。
(……今のも喉元を狙われた)
間違いなく殺しに来ている。
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距離を取る。
鼓動が跳ねる。
考えろ。
呼吸が浅くなる。
(逃げるか——?)
一瞬だけよぎる。
正解はそれだ。
新人が単独で挑む相手じゃない。
だが理解してしまう。
背を向けた瞬間、終わる。
逃げ切れる速さではない。
なら——向き合うしかない。
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血が腕を伝う。
温かい。
滑る。
だが握力は落ちていない。
痛みが逆に意識を研ぎ澄ます。
思考が静まる。
余計なものが削ぎ落ちる。
世界が、急に鮮明になる。
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(速い……だが)
観察する。
踏み込み。
筋肉の収縮。
重心の移動。
一撃離脱。
背後を取る。
急所狙い。
合理的すぎる狩り。
だからこそ——癖になる。
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影が揺れる。
フェイント。
右へ踏み込み、瞬時に軌道を変える。
(賢い……!)
だがもう目が慣れている。
剣を最短距離で振る。
毛が舞う。
浅い。
それでも初めて届いた。
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黄金の瞳が細まる。
空気が変わる。
獲物ではないと理解したのだ。
次は本気で殺しに来る。
背筋に冷たいものが走る。
それと同時に——胸の奥が熱を帯びた。
恐怖と混ざる、高揚。
(来い……)
自分でも驚くほど冷静だった。
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風が止む。
森が息を潜める。
時間が引き延ばされる。
そして。
消えた。
一直線。
迷いのない突撃。
喉狙い。
予測通り。
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半歩ずれる。
爪が頬を掠める。
間合いに踏み込む。
魔物と視線が交差する。
剣を渾身の力を込めて振る。
狙うのは一点。
頭ではない。
胴体でもない。
肉を捌く時、最初に刃を入れる場所。
魔物の首を狙う。
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一閃。
手応えあり。
深く、剣が魔物の首に食い込む。
だが魔物は止まらない。
レオンの身体目掛けて体当たりしてきた。
体当たりの衝撃で肺の空気が押し出される。
視界が大きく揺れる。
まだだ……倒れるな。
踏ん張れ。
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身体中に痛みが走るがまだやれる。
剣をまた構える。
魔物と睨み合う。
だが、先程からの首の出血により魔物の体勢が。
ガクッと崩れた。
ごの瞬間を見逃すわけにはいかない。
足を踏み出す。
剣を振りかぶる。
全力で刃を叩きつける。
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重い音。
巨体が地面に叩きつけられた。
動かない。
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距離を取る。
剣を構えたまま動かない。
荒い呼吸だけが響く。
数秒。
やがて理解する。
終わった。
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剣を下ろした瞬間、全身から力が抜けた。
膝が震える。
遅れて痛みが押し寄せる。
「はぁ……っ、は……」
ギリギリだった。
本当に。
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その時。
枝が揺れる。
鳥が鳴く。
小動物が走る。
風が通る。
森が、息を吹き返した。
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「……見たことのない魔物だ」
思わず呟く。
こんな捕食者が、街の近くにいるのか。
都市の外は、やはり甘くない。
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魔物に近づく。
まだ体温が残っている。
筋肉はしなやかで、美しい。
そして——
(……旨そうだな)
本能が静かに囁いた。
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レオンは剣を収める。
肩は痛む。
血も流れている。
身体中ボロボロだ。
だが立てる。
歩ける。
なら問題ない。
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巨体を見下ろす。
理解していた。
この一戦で。
自分はまた一歩——
捕食者に近づいたのだと。
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