表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食べた魔物の力を取り込む【捕食者】だった俺は、最弱の村から最強の料理人を目指す  作者: ヒサマル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/34

第31話 静かな森

 森へ踏み込んだ瞬間、世界が一段沈んだ。


 街道に満ちていた乾いた空気は消え、代わりに湿り気を帯びた冷たい空気が肺へ流れ込む。


 頭上では枝葉が幾重にも重なり、陽光を細く裂いていた。


 木漏れ日が地面にまだらな模様を描く。


 その中に立ちながら、レオンは動かなかった。


 まず聞く。


 それが森で生きる基本だ。



---


 土の匂い。


 若い葉の青さ。


 腐葉土の甘い香り。


 懐かしい。


 村の周囲の森と、よく似ている。


 だが——


(静かすぎる)


 違和感が喉の奥に引っかかった。


 本来あるべき音がない。


 小動物の走る気配。

 枝を揺らす鳥。

 遠くで響く羽音。


 森とは命の重なりだ。


 だが今、この場所には空白があった。



---


 ゆっくりと息を吐く。


 (まだ焦るな。)


 森の異常と決めつけるのは早い。


 自分はまだ冒険者になりたての新人だ。


 経験不足が恐怖を大きく見せているだけかもしれない。


 そう思考を整える。


 だが——胸の奥の感覚は消えなかった。


 捕食者の直感が胸のざわめきを掻き立てる。


 理由は分からないが、知らない森での行動。

 狩りをしていた森との共通点を探す。


 だが確実に、何かが違うと森の静けさだけが確かに感じている。



---


 慎重に森の中に足を進める。


 踏み込む位置を選ぶ。


 枝を踏まない。


 落葉を避ける。


 音を殺す。


 体が自然に動く。


 眠っていた感覚が、次第に研ぎ澄まされていく。


 視界が広がる。


 空気の流れが読める。


 匂いが層になって感じ取れる。


(……落ち着くな)


 不思議だった。


 危険を感じているはずなのに、徐々に心は静まっている。


 これが自分の本質なのだろう。



---


 腰の剣に触れる。


 剣を振れる位置を確認。


 すぐ抜ける。


 戦闘も問題ない。


 指先の力を抜く。


 緊張と恐怖は反応を遅らせる。


 灰牙狼の夜に見て学んだことだった。



---


 やがて小さな沢に出る。


 透明な水が石を撫でて流れていた。


 灰青草はこうした沢のほとりや森の半日陰に群生しているらしい。


 視線を落とす。


 森と沢の間の日陰を探す。


 そして歩き進めて数分でそれを見つけた。


 葉の縁が灰色に染まる草。


「……あった」


 膝を折る。


 指先だけで根元を掴む。


 慎重に引き抜く。


 料理人だった頃の繊細な手の動きが、こんなところでも役に立つとは思わなかった。


 保存袋へ入れる。


 もう一つ。


 さらにもう一つ。


 順調だ。


 順調すぎる。



---


 手が止まる。


 水面を見る。


 揺れていない。


 風がない。


 葉も動かない。


 森が、また止まっている。



---


 立ち上がる。


 耳を澄ます。


 やはり何も聞こえない。


 胸の奥の警鐘が、少し強く鳴る。


(引くべきか……)


 迷いが生まれる。


 だがまだ確証がない。


 撤退するには理由が弱い。


 新人が過剰に怯えて逃げ帰る。


 それは避けたい。


 だから慎重に進む。


 決して深追いはしない。



---


 数歩進んだところで、地面に目が止まる。


 足跡。


 小さくない。


 狼でも鹿でもない。


 もっと重い。


 しかも乱れている。


 方向がばらばらだ。


(これは逃げる跡だ……)


 四方へ散っている。


 動物が恐慌状態で逃げた時の痕跡。


 喉がわずかに乾いた。



---


 さらに進む。


 そして見つけた。


 鹿の死骸。


 倒れたまま、動かない。


 腹が裂かれている。


 だが妙だった。


 ほとんど食われていない。


 捕食ではない。


 殺しだ。


 しかも一撃。


 争った跡が少ない。


 つまり——圧倒された。


 そして死んでから、まだそんなに時間が経っていない。


---


 背中を冷たいものが走る。


 視線を巡らせる。


 木々の隙間。


 影。


 何もいない。


 それなのに周囲から異様な雰囲気を感じる。


(見られている……)


 確信に近い感覚である。



---


 そっと臨戦態勢をとり、剣の柄を握る。


 呼吸を落とす。


 音を消す。


 体温さえ隠すように。


 灰牙狼の夜が蘇る。


 本能が静かに叫んでいる。


ここは狩場だ。

しかも——自分のではない。



---


 その時。


 枝が鳴った。


 極小の音。


 だが耳が捉える。


 身体が反射的に振り向く。


 何もいない。


 風もない。


 だが確かにそこで音が鳴った。



---


 後退する。


 一歩。


 また一歩。


 視線は逸らさない。


 逃げない。


 間合いを測る。



---


 影が揺れる。


 次の瞬間——


 殺気が落ちてきた。


 頭上。


 反射だけで体が動く。


 横へ跳ぶ。


 直後、地面が爆ぜた。


 土が舞う。


 鼓動が耳の奥で暴れる。


 視線を上げる。



---


 黒い影。


 低い唸り。


 黄金の瞳。


 狼ではない。


 もっと重い。


 もっと大きい。


 そして——異様なほど静かだ。


 気配が薄い。


 まるで闇が形を持ったようだった。



---


 魔物がゆっくりと立ち上がる。


 四肢に無駄がない。


 筋肉が滑るように動く。


 一歩踏み出す。


 地面が沈む。


 重い。


 強い。


 直感が告げる。


灰牙狼より上だ。



---


 逃げるか?


 一瞬だけ考える。


 正解はそれだ。


 新人なら迷わず退くべき相手。


 だが。


 足は動かなかった。


 恐怖ではない。


 理解だった。


 背を向けた瞬間、狩られる。


 なら——向き合うしかない。



---


 ゆっくりと剣を抜く。


 刃が淡く光を弾く。


 呼吸が整う。


 視界が狭まる。


 余計なものが消える。


 世界に残るのは、自分と魔物だけ。



---


 魔物の瞳が細まる。


 品定めしている。


 捕食者の目。


 胸の奥で何かが熱を帯びた。


 恐怖と混ざる、高揚。


 理解する。


 自分もまた——捕食者だ。



---


 魔物の後肢が沈む。


 来る。


 空気が張り詰める。


 一瞬が永遠のように伸びる。



---


 そして。


 魔物が、消えた。


(速——)


 思考が追いつくより先に、影が迫る。


 戦いが、始まる。



---

ここまで読んでいただきありがとうございます!


「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひブックマークをお願いします。

評価や感想もとても励みになります!



次回もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ