第29話 冒険者登録
重厚な扉を押し開けた瞬間——音が溢れ出した。
笑い声。
酒杯のぶつかる乾いた音。
椅子が軋む音。
依頼の内容を巡って怒鳴り合う声。
熱気が肌にまとわりつく。
まるで建物そのものが呼吸しているようだった。
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そして——一瞬だけ、静まる。
視線。
無数の視線がレオンへ突き刺さった。
値踏みする目。
興味のない目。
警戒する目。
ほんの一拍。
それだけで十分だった。
次の瞬間、何事もなかったかのように喧騒が戻る。
誰も長く他人に構わない。
ここでは、それが普通なのだろう。
(……これが冒険者ギルド)
胸の奥が、わずかに熱を帯びる。
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受付カウンターへ向かう。
数人が列を作っていた。
前に立つ男は腕に包帯を巻き、血が滲んでいる。
その隣では別の冒険者が報酬袋を無造作に数えていた。
金貨の音。
現実の重さ。
ここは戦って稼ぐ場所だ。
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「次の方どうぞ」
澄んだ声。
カウンターの向こうに立っていたのは、淡い栗色の髪を後ろでまとめた女性だった。
無駄のない所作。
柔らかな笑み。
だが目は冷静だ。
「受付のリズです。本日はどういったご要件でしょうか?」
「冒険者登録をしたい」
リズの表情がわずかに引き締まる。
新人対応の顔だ。
「かしこまりました。では確認を。推薦人はいらっしゃいますか?」
「いる」
「お名前を」
レオンは一拍置いた。
「ドレイクだ」
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椅子が鳴った。
誰かが立ち上がる気配。
空気が変わる。
「……今、なんて言った?」
背後から低い声。
リズの目も僅かに見開かれていた。
「黒鉄のドレイク、ですか?」
「ああ。この街に入る時も、門番にここへ案内するよう伝えていた」
沈黙。
喧騒が遠くなる。
数人の冒険者が露骨にこちらを見ていた。
疑い半分、興味半分。
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リズが静かに口を開く。
「確認しますが——虚偽申告は登録停止となります。よろしいですね?」
「構わない。事実だ」
数秒。
やがてリズは小さく息を吐いた。
「……分かりました。推薦を受理します」
周囲がざわめいた。
「マジかよ……」
「ドレイクが推薦?」
「ガキだぞ?」
囁きが波紋のように広がる。
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「では登録試験へ進みます」
リズが書類を取り出す。
「基本測定の後、簡単な実技を行います」
その時だった。
「待てよ」
背後から声。
振り向く。
無精髭の男。
革鎧は擦り切れ、だが剣は使い込まれている。
視線が鋭い。
「ドレイクが推薦?笑わせるな」
男が近づく。
酒の匂い。
「ガキがハッタリかましてんじゃねえぞ」
空気が張り詰める。
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リズが冷静に言う。
「バルドさん、業務の妨げです」
「なら実技やらせろ。俺が相手してやる」
周囲がざわつく。
「おい、あいつCランク崩れだぞ…」
「新人じゃ死ぬぞ」
レオンは男を見る。
強い。
だが——恐怖はない。
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「構わない」
静かに言った。
バルドの口角が歪む。
「いい度胸だ」
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訓練場。
円形の空間に冒険者たちが集まる。
野次が飛ぶ。
「何秒持つかな」
「一撃だろ」
リズが確認する。
「危険と判断した場合、即座に止めます」
レオンは頷いた。
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「始め!」
バルドが踏み込む。
速い。
体重の乗った斬撃。
——だが。
見える。
レオンは半歩ずれる。
剣が空を裂く。
「……チッ!」
二撃目。
三撃目。
全て避ける。
最小限の動き。
ざわめきが止まる。
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(大振りだ)
灰牙狼の方が速かった。
宵喰いの方が恐ろしかった。
経験が、体を動かす。
呼吸を読む。
重心を見る。
そして——踏み込む。
一閃。
バルドの剣が宙を舞った。
次の瞬間。
刃は男の喉元で止まっていた。
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沈黙。
完全な静寂。
誰も動かない。
「……は?」
誰かが呟く。
バルドの額に汗が流れる。
「降参だ」
剣が床に落ちた。
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ざわめきが爆発する。
「嘘だろ!」
「今の見えたか!?」
「ガキじゃねえ……!」
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リズが息を整える。
「実技、合格です」
書類に印を押す。
「本日よりあなたはEランク冒険者となります」
カードが差し出された。
冷たい金属。
だが確かな重み。
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「Eだと……?」
「あり得ねえ」
囁きが広がる。
レオンはカードを見る。
ここが始まり。
まだ底辺。
だが——それでいい。
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胸の奥で、捕食者が静かに目を覚ました。
強者がいる。
狩るべき頂がある。
だからこそ、燃える。
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この日、ギルドの片隅で。
誰にも知られぬまま——
新たな捕食者が、牙を研ぎ始めた。
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