第28話 黒鉄のドレイク
丘を越えた瞬間、それは現れた。
石を積み上げて築かれた巨大な外壁。
陽光を受けた灰色の壁は、まるで山の一部のように動かない威圧感を放っている。
思わず足が止まった。
(……でかい)
村の柵とは比較にもならない。
あれは「防ぐ」ためのものではない。
外界と内側を完全に分ける——境界線だ。
無意識に喉が鳴る。
自分は今、その境界へ近づいている。
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門前には長蛇の列ができていた。
荷を満載した商隊。
武装した冒険者の一団。
旅人。
行商人。
人、人、人。
ざわめきが絶えない。
怒鳴る声、笑う声、馬のいななき。
それらが混ざり合い、空気そのものを震わせている。
レオンは列の最後尾に並びながら、静かに周囲を観察した。
装備の質が違う。
剣一つ取っても、村で見たものより遥かに重厚だ。
鎧には無数の傷。
ここでは戦いが日常なのだと分かる。
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「次!」
門番の声が響く。
槍を持った衛兵たちの視線は鋭い。
ただ立っているだけで分かる。
強い。
門を守る者は、弱くては務まらないのだろう。
やがて順番が回ってくる。
門番の目がレオンを射抜いた。
「身分証は?」
「持っていない」
一瞬の沈黙。
「通行証は」
「持ってない」
門番の眉がわずかに動く。
後ろから笑い声が漏れた。
「おいおい、ガキが一人で来たのか?」
「夢見すぎだろ」
「ここは遊びに来る場所じゃねえぞ」
言葉が突き刺さる。
だがレオンは表情を変えない。
感情を揺らしても意味はない。
ここは村ではない。
規則が支配する場所だ。
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「推薦人はいるか?」
「……いない」
「なら通せん」
槍の石突が地面を叩く。
乾いた音。
それだけで拒絶を感じる。
これが都市。
力だけでは越えられない壁。
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「悪いが帰るんだな。身元不明の奴は入れない」
門番が次を呼ぼうと口を開いた、その時だった。
「待て」
低い声。
空気が変わる。
ざわめきが止まり、周囲の視線が一斉に流れた。
革鎧。
背に巨大な大剣。
馬車を共にした男——だった。
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門番の表情が引き締まる。
「……ドレイクさん?」
「今戻った」
短い返答。
それだけで十分だった。
周囲に小さなどよめきが走る。
「黒鉄のドレイクが帰還だと……?」
誰かが小さく呟く。
名だけで伝わる重さ。
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ドレイクはレオンを一瞥する。
「そいつは俺と同じ馬車だ。問題ない」
一瞬の沈黙。
門番はすぐに槍を引いた。
「……通れ」
後ろに並んでいた男たちが顔を見合わせる。
空気が変わった。
それだけで理解する。
この男は——強者だ。
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レオンは軽く頭を下げた。
「助かった。礼を言う」
「気にするな」
興味なさげに言うと、ドレイクは門番へ視線を向ける。
「そいつをギルドまで案内してやれ。推薦人は俺だと伝えろ」
門番が目を丸くする。
「お前がそこまで言うとはな……」
だが異論はない。
それほどの男なのだろう。
ドレイクはそれ以上何も言わず、踵を返した。
迷いのない歩き方。
人混みの中でも自然と道が開いていく。
背中が語っていた。
強者は、周囲に説明を必要としない。
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「……とんでもねえ幸運だぞ、坊主」
門番が苦笑する。
「あいつはこの街のBランク。黒鉄のドレイクだ」
その名を口にする声には、わずかな敬意が滲んでいた。
「普通なら門前払いだ」
槍を肩に担ぐ。
「ついて来い。ギルドまで案内してやる」
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門をくぐる。
その瞬間——世界が変わった。
音が押し寄せる。
金属を打つ甲高い響き。
商人の怒声。
子供の笑い声。
馬の荒い鼻息。
匂いも違う。
鉄。革。焼けた肉。香辛料。
空気が濃い。
生きている重さがある。
思わず息を吸う。
胸の奥が震えた。
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「ぼさっとするなよ」
門番が笑う。
「ここじゃ立ち止まってると轢かれる」
荷車が猛スピードで横を抜けていく。
反射的に避ける。
御者が怒鳴った。
「道を空けろ!」
村ではあり得ない勢いだった。
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視線を感じる。
振り向くと、耳の長い女が通り過ぎた。
音もなく歩く。
風のようだ。
「エルフだ。この街じゃ珍しくねえ」
さらに進む。
今度は灰色の肌をした大男。
腕は丸太のよう。
「ドワーフ。腕のいい鍛冶師が多い」
世界が、音を立てて広がる。
村にいた頃の常識が、小さく崩れていく。
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怒声が響いた。
「報酬が違うだろ!」
武装した男たちが睨み合っている。
剣の柄に手がかかる。
空気が張り詰める。
「止めないのか?」
「ギルドの管轄だ。外で刃傷沙汰になりゃ衛兵が動く」
つまり——争いは珍しくない。
ここは力の街。
生き残る者だけが残る場所。
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しばらく歩いた先。
それは見えた。
石造りの巨大な建物。
人が絶えず出入りしている。
壁に掲げられた紋章。
交差する剣と盾。
「……あれが」
「冒険者ギルドだ」
鼓動が速くなる。
ここに来るために旅をした。
本当の冒険が始まる場所。
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「案内はここまでだ」
「助かった」
「礼ならドレイクに言え」
門番はニヤリと笑う。
「だが覚えとけ。名前に頼るな。次は自分の名で通れ」
重い言葉だった。
レオンは小さく頷く。
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ギルドを見上げる。
巨大な扉。
溢れる冒険者。
強者の気配。
胸の奥で捕食者が静かに牙を研ぐ。
ここは狩場だ。
だが同時に——まだ自分は弱者。
それが分かる。
だからこそ、燃える。
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レオンはゆっくりと一歩踏み出した。
冒険者ギルド。
すべてはここから始まる。
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