第21話 焚き火の向こう側
翌朝、村の男たちが広場に集まり始めた。
それから隣村へ向かう先遣隊は、まだ若い顔ぶれが多かった。
トーマを先頭に、十数名。
正式な討伐隊ではない。あくまで状況確認と生存者の捜索だ。
だが誰もが理解していた。
ただの救助で終わるとは限らない、と。
「先遣隊、出発します!」
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隣村までは森へ続く道を歩きながら、トーマが振り返る。
「日が落ちる前にここまで来れりゃ上出来だな」
村から半日ほど進んだ距離。
開けた草地に出ると、彼は頷いた。
「よし、ここで野営する!」
その一声で、空気が少しだけ軽くなる。
緊張はある。だが同世代だけの遠征には、どこか高揚感があった。
自分たちは今、村の外にいる。
それだけで胸が少し熱くなる。
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「二人一組で薪集め!火は三つ起こすぞ!」
指示が飛び、全員が動き出す。
年齢は同じでも、トーマは自然と中心に立っていた。
レオンはその様子を少し離れた場所から見て、小さく息を吐く。
(頼もしくなったな……)
昔は一緒に川へ飛び込んで、よく大人に怒鳴られたものだ。
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やがて焚き火が灯る。
橙色の光が夜の帳を押し返し、小さな円を作った。
誰かが大きく伸びをする。
「はぁ……外で寝るの久しぶりだな」
「ちょっとワクワクしないか?」
「遠足じゃねぇんだぞ」
笑いが起きる。
だがその笑いの奥には、確かな自覚があった。
自分たちはもう、子供だけの場所にはいない。
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「で、飯はどうする?」
誰かが干し肉を掲げる。
「これでも齧るか?」
途端に不満が爆発した。
「固ぇんだよそれ!」
「顎壊れるわ!」
トーマが肩をすくめる。
「贅沢言うな。野営だぞ」
その時だった。
レオンが荷を下ろす。
「鍋、使っていいか?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間——
「使え!!」
歓声が上がった。
「待ってたぞ!」
「最初からお前に頼むつもりだった!」
トーマが笑う。
「お前がいると遠征の難易度が下がるな」
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レオンは手早く食材を取り出す。
昼間に仕留めた小型の魔物。
道中で摘んだ香草。
干し野菜。
鍋に水を張り、火にかける。
煮立つまでの間に肉を捌く。
刃が迷わない。
「相変わらず手際いいな……」
誰かが感心したように呟く。
レオンは答えない。
ただ集中する。
どこに旨味があるか。
どこに力が宿るか。
分かる。
捕食者の感覚が、静かに導いていた。
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香草を放る。
湯気が立つ。
匂いが変わる。
「うわ……もう腹減ってきた」
「まだかよ!」
焦れる声に、レオンは小さく笑う。
「もう少しだ」
塩をひとつまみ。
余計なことはしない。
素材が応える。
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「できたぞ」
椀が配られる。
誰もすぐには口をつけない。
湯気を見つめる。
そして。
一口。
沈黙。
次の瞬間——
「……は?」
「うっっっま!!」
爆発した。
「昼に仕留めた、魔物だよな!?」
「なんでこうなる!?」
トーマが吹き出す。
「これもう才能だろ」
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レオンも口に運ぶ。
その瞬間。
胸の奥で何かが微かに脈打った。
【捕食調理 発動】
視界の端に、ほんの一瞬だけ文字が滲む。
すぐに消えた。
誰も気づかない。
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「……なんかさ」
一人が首を回す。
「体、軽くね?」
「分かる。脚のだるさ消えてる」
「気のせいだろ」
笑いが起きる。
だがレオンは気づいていた。
疲労が、薄い。
(これが……レベル3)
静かな進化だった。
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鍋が空になる頃には、夜はすっかり深まっていた。
誰もすぐには立ち上がらない。
満腹と疲労、そして奇妙な高揚感が、その場に留まらせていた。
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「なあ」
寝転がっていた少年がぽつりと言う。
「俺たちさ……もう子供じゃねぇよな」
誰も笑わなかった。
代わりにトーマが頷く。
「ああ。今日ここにいる時点でな」
村の外で夜を明かす。
それは子供の領域ではない。
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「正直さ」
「ちょっと前まで森の入口でも怖かったのにな」
「お前だけだろ」
小さな笑い。
だがそこには照れがあった。
怖かった過去を認められる。
それが成長だった。
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「俺さ、帰ったら鍛冶屋に弟子入りする」
「決めたのか」
「ああ。武器作る側も悪くねぇだろ」
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「俺は店だな。保存食とか売るやつ」
「遠征する奴らが準備に助かるな」
夢が語られる。
大げさじゃない。
でも確かに未来へ続いている。
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「トーマは?」
「……村を守る側に回る」
短い言葉。
だが重い。
「親父が歳だからな」
跡を継ぐ覚悟。
その横顔はもう少年ではなかった。
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「レオンは?」
視線が集まる。
レオンは空を見上げる。
星が近い。
「……外に出るよ」
「やっぱりな」
トーマが笑う。
「そんな顔してる」
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「怖くないのか?」
「怖いよ」
一拍。
「でも、それより知りたい」
森の奥。
まだ見ぬ街。
強い魔物。
知らない料理。
世界は広い。
捕食者の本能が、それを理解していた。
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「レオンならやれる」
当然のように言われる。
誰も疑わない。
それが少しだけ、くすぐったい。
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「お前さ、冒険者より料理人で有名になりそう」
「あり得る」
「遠征に連れてく理由、半分それだしな」
トーマが頷く。
「実際助かってる」
料理で誰かを支える。
それも悪くない。
レオンはそう思い始めていた。
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火が小さくなる。
薪を足す。
ぱち、と爆ぜる音。
静かな時間が流れる。
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「俺たちさ」
トーマがぽつりと言う。
「もう始まってるんだと思う。それぞれの人生が」
誰も軽口を叩かなかった。
言葉の重みを、全員が感じていた。
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「帰ったら、少し誇れるな」
「ああ」
「ちゃんと外に出たって」
それは確かな一歩だった。
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その時。
風が、ふっと止んだ。
ほんの一瞬。
誰も気づかないほどの静止。
ただ一人——
レオンだけが、わずかに顔を上げる。
だが虫の声が遅い季節でもある。
そう判断し、視線を戻した。
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焚き火の向こうで、仲間が笑っている。
この時間が、少しだけ愛おしいと思った。
だから気づかなかった。
空の遥か上で。
通り過ぎたものがいた事を。
静かに旋回する影に。
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