第20話 少年の現在地
季節は巡り、冬の気配が完全に消えた頃。
森の空気は柔らかく、陽射しもどこか穏やかだった。
あの銀狼討伐から、五年が過ぎている。
レオンは十五になっていた。
---
「そっちは踏むな。毒草だ」
声をかけると、少年が慌てて足を引っ込めた。
「うわっ、本当だ……全然気づかなかった」
「葉の縁を見ろ。わずかに紫がかってる」
子供たちが感心したように覗き込む。
ここは村の外れ、森へ入る手前の浅い斜面。
山菜や薬草がよく採れる場所だった。
本来なら大人が同行する。
だが今は違う。
レオンがいる。
それだけで安心だと、村の誰もが知っていた。
---
籠の中にはすでに多くの山菜が入っている。
どれも状態がいい。
無駄がない。
「レオン兄ちゃん、なんでそんなに分かるの?」
少女が尋ねる。
レオンは少し考えた。
「匂いだな」
「匂い?」
「ああ。毒草は少しだけ苦い匂いがする」
実際には、それだけではない。
風の流れ。
土の湿り気。
葉の色の違い。
すべてが自然と頭に入ってくる。
捕食者の感覚だった。
銀狼を喰らったあの日から、世界は少し違って見えている。
---
ふと、レオンは顔を上げた。
風が変わった。
ほんのわずかに。
だが確かに。
「……静かに」
低く言う。
子供たちが動きを止める。
「どうしたの?」
「……何かいる」
耳を澄ます。
枝が軋む音。
重い。
人ではない。
次の瞬間——
茂みが爆ぜた。
黒い塊が飛び出す。
猪型の魔物。
大きい。
成体だ。
牙が陽を反射する。
子供の一人が息を呑む。
「ま、魔物……!」
「下がれ」
レオンの声は静かだった。
恐怖はない。
ただ理解する。
遅い。
直線的。
殺気が粗い。
負ける要素がない。
---
猪が突進する。
地面が揺れる。
普通の人間なら避けるのが精一杯。
だがレオンの視界では——遅かった。
踏み込む。
半歩だけ体をずらす。
牙が空を切る。
すれ違いざまに、短剣を振るった。
狙いは一点。
首の付け根。
骨の隙間。
刃が滑り込む。
血が噴き出す。
猪の巨体が二歩進み——崩れた。
地面が揺れる。
静寂。
子供たちが固まる。
「……え?」
誰かが呟いた。
「終わりだ。もう動かない」
それでも誰も近づかない。
理解が追いついていない。
やがて一人が叫んだ。
「すげええええ!!」
一斉に駆け寄る。
「一撃!?」
「今何したの!?」
「見えなかった!!」
レオンは苦笑した。
ただ急所を断っただけだ。
だがそれが難しい。
捕食者の感覚がなければ。
---
「村まで運ぶぞ」
「え!?これ!?」
「肉になる」
子供たちの目が輝く。
現実的だった。
レオンにとって魔物は脅威であると同時に、恵みでもある。
---
その帰り道。
子供の一人がぽつりと言った。
「レオン兄ちゃんって……もう大人より強いよな」
別の少年が強く頷く。
「うちの親父より強いかも」
「どうかなぁ」
レオンは即答した。
父達の背中を思い出す。
まだ遠い。
だが。
いつか届く。
---
村へ戻ると、すぐに騒ぎになった。
「また仕留めたのか!?」
「しかも一人で!?」
大人たちが笑う。
「もう若衆に混ざれるな!」
「いや、下手すりゃ俺たちより上だぞ!」
ガレスが腕を組む。
「動きに無駄がなくなったな。完全に狩る側の目だ」
父は何も言わない。
ただ一度だけ頷いた。
それが何より嬉しかった。
---
その夜。
猪肉を料理しながら、レオンは思う。
見える。
急所が。
流れが。
命の綻びが。
捕食者とは、力任せの存在ではない。
観察し、読み、断つ。
静かな狩人だ。
---
食事の後。
父がぽつりと言った。
「十五になったな」
「……うん」
「外を見たくなっている顔だ」
図星だった。
父は続ける。
「止めはしない」
胸が強く打つ。
「だが覚えておけ」
一拍。
「外は広い。強い奴はいくらでもいる」
レオンは頷く。
望むところだった。
---
その時。
村の門の方が騒がしくなった。
誰かが走ってくる。
「伝令だ!!」
全員の視線が向く。
息を切らした男が叫んだ。
「近隣の村が襲われた!!」
空気が凍る。
レオンの背筋を、冷たいものが走った。
父と視線が合う。
言葉はいらない。
理解した。
世界が、動き始めている。
少年はまだ村にいる。
だが運命は、すぐそこまで来ていた。
---
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひブックマークをお願いします。
評価や感想もとても励みになります!
次回もお楽しみに。




