第19話 灰牙狼を喰らう夜
銀の巨体が動かなくなっても、誰もすぐには近づかなかった。
荒い呼吸だけが森に残る。
血の匂いが濃い。
父は斧を地面に突き立て、それを支えに立っている。
肩から血が滴る。
脇腹も裂けている。
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「隊長!」
ガレスが駆け寄る。
「立てますか」
「……立てる」
だが声は重い。
村の男たちが周囲を警戒する。
牙狼の残党は散った。
だが恐怖は消えていない。
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レオンは斜面から駆け下りていた。
足が震えている。
戦場に入ってはいけない。
分かっている。
だが父が膝をついた瞬間、体が勝手に動いた。
「父さん!」
父が振り向く。
その目は、まだ鋭い。
「……見てたか」
「うん」
短い言葉。
それだけで、胸が熱くなる。
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討伐した灰牙狼を討伐隊で運ぶ。
大人数人がかりでも重い。
だが誰も文句を言わない。
これは証だ。
自分たちが生き残った証。
村に戻ると、悲鳴にも似た歓声が上がった。
「倒したのか……!」
「本当に……?」
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母が父に駆け寄ってくる。
血を見て顔が青くなる。
「無事だ」
「無事じゃないでしょう!」
涙声。
だが父は笑った。
「勝った」
それだけで、村の空気が変わる。
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その夜。
焚き火がいくつも灯る。
灰牙狼の肉は巨大だ。
全員が食べられる。
レオンは自然と解体に加わっていた。
刃を入れる。
筋肉の密度が違う。
通常の牙狼よりも、はるかに強靭。
(火を入れすぎれば硬くなる)
慎重に切り分ける。
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父が隣に立つ。
「焼けるか」
「やる」
焚き火の前に立つ。
静かになる。
皆、見ている。
レオンは深く息を吸う。
肉を火に乗せる。
脂が落ちる。
炎が揺れる。
焦らない。
耳を澄ます。
焼ける音。
匂い。
肉の縮み。
裏返す。
余熱を使う。
休ませる。
切る。
肉汁が溢れる。
木の皿に豪快に盛り付ける。
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「できた…」
料理を父に渡す。
父が一口噛む。
ゆっくりと咀嚼する。
そして目を細めた。
「……美味い」
村がどっと沸く。
次々に配られる。
「柔らけぇ!」
「なんだこれ……!」
酒が回る。
笑い声が響く。
泣きながら食べる者もいる。
今日、生きている証。
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レオンも肉を口に運ぶ。
濃い。
牙狼とは別格の旨味。
野性の強さがそのまま舌を打つ。
飲み込んだ瞬間。
体の奥が熱を帯びた。
鼓動が強くなる。
視界が一瞬揺れる。
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【捕食者 Lv2 → Lv3】
【成長条件達成】
【新特性解放】
【持久力補正(微)】
【反応速度補正(微)】
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世界の輪郭が、わずかに鮮明になる。
呼吸が深くなる。
血の匂い。
炎の揺れ。
村人の心音。
(……強くなった)
だがそれ以上に。
胸の奥に広がる感情がある。
皆が笑っている。
守れた。
戦いから。
みんなで。
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夜が更ける。
家の中。
母が父の傷を縫う。
「無茶ばっかりして……」
「隊長だからな」
「だからって」
レオンは黙って見ている。
父が視線を向ける。
「森は、恵みと脅威だ」
一拍
「強くなれ。」
森へ。
もっと奥へ。
強くなる道へ。
迷いはなかった。
「うん」
母が一瞬、目を伏せる。
だが泣かない。
「強くなりなさい」
小さな声。
「でも、生きて帰りなさい」
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森の奥
闇が広がる。
灰牙狼の体に刻まれていた爪痕を思い出す。
あれは、牙狼ではない。
もっと大きい。
もっと深い。
森の奥。
そこに何かがいる。
捕食者の本能が告げる。
——銀狼は頂ではない。
レオンは拳を握る。
「俺は、捕食者だ」
強いものを喰らい、強くなる。
守るために。
いつか、森の奥へ踏み込むために。
焚き火の煙が夜空へ昇る。
少年の目に、炎が宿っていた。
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