第17話 群れの牙
最初の衝突は、一瞬だった。
灰色の影が地を裂くように走る。
「前!!」
槍が突き出される。
鋭い穂先が牙狼の肩を貫いた。
だが止まらない。
そのまま盾に食らいつく。
衝撃。
男の体が後ろへ弾かれる。
「支えろ!!」
後列が即座に押し返す。
連携は完璧だった。
討伐隊は弱くない。
むしろ強い。
普通の魔物なら、この時点で崩れている。
だが——
牙狼は退かない。
横から別の個体が跳んだ。
槍を避ける。
低い姿勢。
喉を狙う軌道。
父が踏み込む。
斧が唸る。
骨が砕け、灰色の体が地に沈んだ。
だが刃を引き抜くより早く、次が来る。
休ませない。
それが群れの狩りだった。
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遠吠えが重なる。
右。
左。
背後。
ガレスが吐き捨てる。
「ちっ……数が多い!」
木々の間を影が滑る。
視界の端に現れては消える。
試している。
陣形の綻びを。
恐怖の匂いを。
父の声が落ちる。
「目で追うな。気配を追え」
言葉に従い、視線が揺れる。
その瞬間。
左の茂みが爆ぜた。
若い狩人が反応を遅らせる。
牙が脚に食い込んだ。
絶叫。
「引き剥がせ!!」
斧が叩き込まれる。
血が飛ぶ。
だが男は立てない。
骨まで届いている。
父が即座に叫ぶ。
「後ろへ引け!二列目が埋めろ!」
空いた場所に盾が滑り込む。
陣形は崩れない。
だが。
確実に削られていく。
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ガギンッ!!
嫌な音が響いた。
見ると——槍の穂先が消えている。
牙狼の顎に、噛み砕かれていた。
男の顔が凍る。
「武器を捨てろ!下がれ!」
父が怒鳴る。
その一瞬の迷いを、牙狼は見逃さない。
跳ぶ。
だがその軌道に——剣が閃いた。
ガレスだ。
首筋を断つ。
血が噴き出す。
「呆けるな!!戦場だぞ!!」
怒声が飛ぶ。
男の目に光が戻る。
だが恐怖は消えない。
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次の瞬間。
右翼が歪んだ。
一人が足を取られる。
倒れる。
二匹が同時に跳んだ。
間に合わない。
そう思った瞬間——
父が地面を蹴る。
速い。
斧が横薙ぎに走る。
一匹の顎が砕ける。
もう一匹の体が宙を舞った。
父が男の前に立つ。
「立て!!」
怒鳴りではない。
叩き起こす声。
男は震えながら立ち上がる。
父が背中を押す。
「下がるな。背中を見せるな」
その一言で、目の色が変わる。
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だが。
遠吠えが響いた。
今までと違う。
低い。
重い。
森そのものが震えるような声。
全員の動きが、ほんの一瞬止まった。
ガレスが呟く。
「……主だ」
姿は見えない。
だが分かる。
いる。
どこかに。
見ている。
その遠吠えに応えるように——
群れの動きが変わった。
速い。
鋭い。
迷いが消える。
まるで刃だ。
「押されるぞ!!」
盾が弾かれる。
槍が折れる。
また一人、肩を裂かれた。
血の匂いが濃くなる。
牙狼がさらに興奮する。
父が歯を食いしばる。
理解していた。
これは削る戦いだ。
長引けば終わる。
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「前へ出るぞ!!」
父が吠える。
「このままじゃ食い破られる!!」
円陣が、じり、と動く。
一歩。
また一歩。
押し返す。
討伐隊は強い。
だがその時だった。
影が落ちる。
若い狩人の肩に、牙が深く突き刺さった。
肉が裂ける音。
絶叫。
父が叩き落とす。
だが血が止まらない。
ガレスが叫ぶ。
「もう一人運べ!!」
後方へ下げる。
戦える者が減る。
輪が狭くなる。
呼吸が荒い。
腕が重い。
恐怖が体力を削る。
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木々の奥で、何かが動いた。
大きい。
明らかに他と違う。
銀の毛並みが一瞬揺れる。
黄金の瞳。
父の背筋に冷たいものが走る。
目が合った。
ほんの一瞬。
だが理解するには十分だった。
あれが——主。
次の瞬間、姿は消える。
ガレスが低く笑った。
「見てるだけかよ……趣味が悪い」
父が吐き捨てる。
「狩りの見極めだ。危なくなれば、あいつが来る」
つまり。
まだ余裕がある。
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牙狼が再び跳ぶ。
止まらない。
終わらない。
父は理解した。
これは歓迎ではない。
試験だ。
討伐隊に、主と戦う資格があるかどうか。
息を吐く。
斧を握り直す。
視線を前へ。
低く言った。
「まだ倒れるな……」
一拍。
「ここからが本番だ」
灰色の影が迫る。
牙が閃く。
森が唸る。
そして討伐隊はまだ知らない。
本当の絶望が、この直後に現れることを。
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