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食べた魔物の力を取り込む【捕食者】だった俺は、最弱の村から最強の料理人を目指す  作者: ヒサマル


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第16話 討伐隊、森へ

 夜明け前の空気は、刃のように冷たかった。


 まだ陽は昇らない。

 空は群青に沈み、村全体が息を潜めている。


 広場にはすでに討伐隊が集まっていた。


 誰も無駄口を叩かない。


 革鎧の軋む音。

 剣が鞘に収まる微かな金属音。

 弓弦を確かめる指の擦れる音。


 静かすぎる。


 それが逆に、この戦いの重さを語っていた。


 レオンは少し離れた場所から、その光景を見つめていた。


 父は中央に立っている。


 斧を背負い、地面に描かれた粗い地図を囲んでいた。


 松明の火が揺れ、父の影を長く引き伸ばす。


「もう一度確認する」


 低い声。


 だが不思議とよく通る。


 ざわめきが止んだ。


「川を越えてすぐの森。あそこが群れの巡回域だ」


 ガレスが頷く。


「数は読めんが、多い。主も近いと見ていい」


 父は一瞬だけ目を閉じ、風を読むように顔を上げた。


 そして言った。


「包囲はしない」


 何人かが顔を上げる。


「相手は森に慣れている。囲もうとすれば、逆にこちらが分断される」


 短い沈黙。


 誰も反論しない。


 経験に裏打ちされた判断だと分かるからだ。


「基本は迎撃。陣形を崩すな。深追いするな」


 一人の若い狩人が唾を飲む。


 父の視線が向いた。


「恐怖を感じるのは正常だ」


 静かな声だった。


「だが、恐怖に背中を押されるな。背中を見せた瞬間、死ぬ」


 空気が引き締まる。


 父は続けた。


「いいか。今日は狩りじゃない」


 一拍。


「——生きて帰るための戦いだ」



---


 やがて村長が前へ出た。


「……頼んだぞ」


 余計な言葉はない。


 父は短く頷いた。


 その時、人垣の向こうに母の姿が見えた。


 何も言わない。


 ただ父を見ている。


 父も気づいているはずだった。


 だが振り返らない。


 狩る者は、前だけを見る。



---


 出発の合図はなかった。


 父が歩き出す。


 それだけで隊列が動いた。


 足音が重なる。


 村の門を抜ける。


 外の空気はさらに冷たい。


 背後で、誰かが小さく祈る声がした。


 振り返る者はいない。



---


 森が近づく。


 黒い壁のようだった。


 陽が昇り始めても、その奥には光が届かない。


 父が手を上げる。


 列が止まる。


「ここから先は森の領域だ」


 誰も動かない。


 父はゆっくりと言った。


「……入るぞ」



---


 一歩踏み込んだ瞬間。


 空気が変わった。


 湿っている。


 土と腐葉土の匂いが濃い。


 音が吸われる。


 まるで森そのものが、侵入者を観察しているようだった。


 数歩進んだところで、父が再び手を上げる。


 全員が止まる。


「静かすぎる」


 ガレスが小さく答える。


「ああ……鳥がいない」


 本来なら朝の森は騒がしい。


 だが声がない。


 風が枝を揺らす音だけが響いている。


 若い狩人の喉が鳴る。


 父が言った。


「もう見られていると思え」


 その言葉に、背筋が冷える。



---


 ガレスがしゃがみ込んだ。


 地面を指でなぞる。


「新しいな」


 深い足跡。


 重い。


 しかも一つではない。


 周囲にも、いくつも刻まれている。


 父の目が細まる。


「巡回している」


 つまり——縄張りだ。



---


 さらに進む。


 やがて、異臭が漂ってきた。


 血の匂い。


 倒れていたのは鹿型の魔物だった。


 腹が裂かれている。


 だが半分以上残されていた。


「……妙だな」


 ガレスが眉を寄せる。


「普通はここまで残さねえ」


 父が答える。


「飢えていない」


 一拍。


「余裕がある群れほど危険だ」


 狩りを楽しむからだ。



---


 その時。


 バサッ、と音がした。


 全員が構える。


 だが飛び立ったのは一羽の鳥だった。


 緊張がわずかに緩む。


 若い狩人が息を吐いた。


 その肩に、父の声が落ちる。


「気を抜くな」


 直後。


 別の場所から鳥が飛び立つ。


 さらに奥でも。


 ガレスが呟く。


「……追われてるな、ありゃ」


 何かが動いている。


 こちらへ向かって。



---


 父が斧を握り直す。


 低く言った。


「円陣を組め」


 盾が外へ向く。


 槍が構えられる。


 弓が引き絞られる。


 沈黙。


 風が止む。


 次の瞬間。


 右手の茂みが——爆ぜた。


 灰色の影が跳ぶ。


「構えろ!!」


 牙が閃く。


 衝突。


 革が裂ける音。


 だがほぼ同時に、槍が突き出された。


 牙狼の肩を貫く。


 吠える。


 暴れる。


 父が踏み込む。


 斧が振り下ろされる。


 骨が砕けた。


 静寂。


 誰かが息を吐く。


 だが父は言った。


「一匹で終わると思うな」


 その言葉を証明するように——


 遠吠えが響いた。


 一本。


 また一本。


 さらに重なる。


 森が応える。


 包囲されている。


 ガレスが笑った。


「歓迎されてるな」


 父が低く命じる。


「陣を動かすな!!背中を預けろ!!」


 灰色の影が、木々の間に現れる。


 一匹。


 また一匹。


 さらに。


 数えきれない。


 父は一歩も退かなかった。


 斧を構える。


 その背中が、全員の恐怖を押し留めていた。


 牙狼が唸る。


 低く。


 殺意を孕んだ声。


 父が静かに言う。


「来るぞ」


 灰色の群れが、地を蹴った。


戦いが、始まった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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