第12話 見えない牙
はじめまして。
本作は「料理×成長×捕食」をテーマにした異世界ファンタジーです。
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最初に異変に気づいたのは、子供だった。
朝、村の外れで遊んでいた少年が、柵の向こうを指差して言ったのだ。
「羊がいない」
柵は壊されていなかった。
血の跡もない。
ただ、そこにいたはずの三頭が消えていた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
大人たちは顔を見合わせた。
そして誰もが、同じことを考えていた。
——森だ。
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その話を聞いた時、レオンの背筋を冷たいものが走った。
父は何も言わなかったが、すぐに斧を持って外へ出た。
レオンも後を追う。
柵のそばにはすでに数人の男たちが集まっていた。
ガレスもいる。
しゃがみ込み、地面をじっと見つめていた。
「争った跡がないな」
誰かが言う。
ガレスが低く答える。
「騒ぐ間もなくやられたんだろう」
つまり——一瞬。
レオンは地面に目を落とす。
わずかに残る凹み。
重い。
そして、深い。
父が呟いた。
「牙狼か……?」
ガレスが首を振る。
「いや、普通の牙狼ならもっと荒れる。群れで来るからな」
では何だ。
沈黙が落ちる。
その時、レオンの中の捕食者が微かに反応した。
匂いだ。
血ではない。
もっと薄い、だが確かに肉食の気配。
背筋が粟立つ。
——見られている。
思わず振り返る。
森は静まり返っていた。
だが、その奥に何かが潜んでいる気がしてならなかった。
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被害はそれだけでは終わらなかった。
三日後。
今度は見回りに出ていた若い狩人が、肩を裂かれて戻ってきた。
顔面蒼白のまま、震える声で言う。
「見えなかった……」
村長が眉を寄せる。
「どういうことだ」
「気配が……なかったんだ。振り向いた時にはもう飛びかかられてた」
静まり返る広場。
父が包帯を巻きながら尋ねる。
「数は?」
狩人は唇を噛む。
「分からない。だが……視線を感じた。囲まれていた気がする」
囲まれていた。
その言葉の重さを、誰もが理解した。
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その夜から、村の空気は変わった。
子供の外出は禁止。
夜の見回りは倍に増えた。
焚き火が絶えず燃える。
笑い声が消えた。
レオンは家の外で剣を振りながら、森をちらりと見る。
暗い。
昼間よりも、ずっと深い闇。
父が言った。
「振るな。今日はここまでだ」
珍しいことだった。
父が自分から鍛錬を止めるなど。
それだけ状況が悪い。
家に入ると、母が小さく息を吐いた。
「……森が近くなっている気がする」
その言葉は、不思議なほど的確だった。
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数日後。
ガレスが戻ってきた。
顔色がいつもより険しい。
父が問う。
「見たのか」
ガレスは頷いた。
そして静かに言った。
「灰牙狼だ」
空気が凍る。
普通の牙狼より、一回り大きい上位種。
知能が高く、連携して狩る。
そして何より——執念深い。
「群れか」
「ああ。だが妙だ」
ガレスは続ける。
「本来なら、もっと奥にいるはずだ。ここまで下りてくる理由がない」
理由がない。
その言葉が不気味だった。
父が低く言う。
「……追われている可能性は?」
一瞬の沈黙。
ガレスが小さく笑った。
「考えたくはないがな」
つまり。
灰牙狼より上がいるかもしれない。
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その日の夕方。
レオンは井戸へ向かう途中、ふと足を止めた。
風が止んでいる。
いや——違う。
音が消えている。
鳥の声も、虫の音もない。
捕食者の感覚が警鐘を鳴らす。
次の瞬間。
遠吠えが響いた。
低く、長く、腹の奥に響く声。
初めて聞いた時より、はるかに近い。
心臓が強く打つ。
恐怖。
だが同時に、理解する。
あれが群れの主だ。
ガレスが家から飛び出してきた。
「聞いたか……」
父も空を睨んでいる。
短く言った。
「もう時間がないな」
村長が、その夜すぐに大人たちを集めた。
広場に灯る松明。
重い沈黙。
やがて村長が口を開く。
「これ以上、被害を出すわけにはいかん」
誰もが分かっていた。
次に来る言葉を。
「——討伐する」
空気が張り詰める。
それは狩りではない。
戦いだ。
村を守るための。
父が静かに立ち上がる。
ガレスも頷いた。
レオンの胸が高鳴る。
怖い。
だが逃げる気はなかった。
むしろ——
捕食者が、静かに飢えている。
遠くの森から、再び遠吠えが響いた。
闇の奥で、何かがこちらを見ている。
そしてレオンは直感する。
この戦いが、自分を次の段階へ押し上げるのだと。
——灰牙狼が、ついに動き始めた。
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