第11話 少年は、剣を振り続ける
はじめまして。
本作は「料理×成長×捕食」をテーマにした異世界ファンタジーです。
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気づけば、父の木剣を百回振れるようになっていた。
最初は十回で腕が震え、二十回で握力が抜け、三十回も振れば地面に倒れ込んでいたというのに。
朝露に濡れた庭で、レオンは静かに剣を振る。
空気を裂く音が、小さく鳴った。
まだ速くはない。
まだ重くもない。
だが——正確だった。
剣先がぶれない。
それだけで、父は何も言わなくなった。
認めているのだと、分かる。
息を整え、もう一度振る。
百一。
百二。
腕が熱を帯びる。筋肉が悲鳴を上げる。
それでも止めない。
止めれば、そこで終わる。
やがて背後から声が落ちた。
「百五十回だ」
父だった。
レオンは振り返らない。
ただ頷く。
数を増やされた理由は分かっている。
余裕が出てきたからだ。
最後の一振りを終えた時、腕は鉛のように重かった。
だが、倒れはしない。
父が近づき、剣を軽く叩いた。
「剣は力で振るな」
短い指導。
だがその意味は深い。
「力に頼ると、遅れる。隙ができる」
父は自分の剣を一振りした。
ほとんど動いたように見えない。
だが風が遅れて鳴る。
——速い。
「骨で振れ。身体で振れ」
それだけ言うと、父は斧を担いで去っていった。
背中が語っている。
見て盗め、と。
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朝食の席で、母が微笑む。
「また増えたの?」
「百五十回」
「……無理はしないでね」
心配そうに言いながらも、その目はどこか誇らしげだった。
パンをかじる。
温かいスープを飲む。
身体に染み渡る。
ふと、レオンは気づく。
以前より味が鮮明だ。
塩気の強弱。
野菜の甘み。
肉の旨味。
捕食者の感覚は、日常の中でも静かに研ぎ澄まされていた。
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午前は解体の手伝いをする。
今日は野兎だった。
刃を入れる位置に迷いがない。
関節を外す感触も、骨の向きも分かる。
父がちらりと見る。
「もう教えることは少ないな」
それは最大級の評価だった。
胸の奥が、わずかに熱くなる。
だが慢心はしない。
森は、慢心した者から死ぬ。
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昼過ぎ、井戸のそばで水を汲んでいると、背後から豪快な声が飛んだ。
「よう、料理坊主!」
振り向くと、ガレスが立っていた。
相変わらず傷だらけの男だ。
「剣の音が変わったな」
レオンは驚く。
離れていたはずだ。
「聞こえるんですか」
ガレスは笑った。
「長く生きてりゃ分かる。いい音だった」
少しだけ、嬉しい。
ガレスは桶を覗き込み、続けた。
「だが覚えとけ。剣が上手くなるほど、森は深くなる」
「深く?」
「ああ。強くなる奴は、強い場所に行く。自然とな」
その言葉は、不思議と胸に残った。
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午後、レオンは一人で薪を取りに向かった。
もちろん森の奥へは行かない。
境界の手前だけだ。
それでも十分に危険だと、もう理解している。
斧を振るい、乾いた枝を落とす。
その時だった。
ふ、と風が止んだ。
同時に、背筋を冷たいものが撫でる。
——来る。
反射的に振り向く。
茂みが揺れた。
現れたのは、犬ほどの大きさの魔物。
裂けた耳。鋭い牙。
牙犬だ。
単独なら脅威ではない。
だが油断すれば喉を裂かれる。
低く唸る。
距離は五歩。
逃げるか?
違う。
逃げれば背を見せる。
レオンは斧を構えた。
呼吸を浅くする。
父の言葉が蘇る。
——力で振るな。
牙犬が跳ぶ。
速い。
だが見える。
身体が勝手に動いた。
横へ半歩。
斧を振る。
鈍い衝撃。
牙犬が地面に叩きつけられた。
だがまだ動く。
レオンは迷わず二撃目を入れた。
静寂。
荒い呼吸だけが残る。
……勝った。
震えが遅れて来る。
怖かった。
だが——逃げなかった。
その時、視界の奥で文字が揺れた。
【捕食者:危険察知 小 → 中】
鼓動が強くなる。
理解する。
今、自分は確実に生き延びたのだと。
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解体し、肉を持ち帰ると、父が目を細めた。
「一人でやったのか」
頷く。
父は短く言った。
「判断がいい」
それだけだった。
だが十分だった。
ガレスが笑う。
「もう半分、狩る側だな」
半分。
その言葉が妙に現実的だった。
まだ未熟。
だが確実に近づいている。
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夕暮れ。
村の外れから森を見る。
以前より近く感じる。
その時——
遠くで遠吠えが響いた。
低く、長い声。
空気が震える。
レオンの本能が即座に理解する。
牙犬とは格が違う。
もっと重い。
もっと強い。
ガレスが呟いた。
「……灰牙狼だな」
父の表情が険しくなる。
「もうここまで来ているのか」
胸が高鳴る。
恐怖か。
違う。
これは——昂揚だ。
強い命が近づいている。
捕食者が、静かに目を覚ます。
父が言った。
「近いうちに、動くことになる」
討伐。
その言葉は出なかったが、分かった。
レオンは森を見つめる。
もう逃げる気はなかった。
剣を握る手に、力がこもる。
——次の戦いは、すぐそこまで来ている。
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次回もお楽しみに。




