第10話 はじめて命を仕留める
はじめまして。
本作は「料理×成長×捕食」をテーマにした異世界ファンタジーです。
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父は視線だけを向ける。
「行くぞ」
短い一言。
だがそこには、確かな信頼が含まれていた。
外へ出ると、冷たい空気が肺を満たす。
吐いた息が白く揺れた。
母が戸口に立っている。
厚手の外套を差し出しながら、レオンの肩に手を置いた。
「無理はしないで。父さんのそばを離れないこと」
頷くと、母は一瞬だけ強く抱きしめた。
その腕が、わずかに震えている。
怖いのだろう。
まだ子供の息子が、命のある場所へ向かうことが。
レオンは何も言わなかった。ただ小さく背を撫で返す。
やがて父が歩き出す。
振り返らない。
それが「狩る側」の歩き方だった。
村の門を抜けた瞬間、世界が変わった。
森へ一歩踏み入れる。
光が弱まる。
匂いが濃くなる。
音が遠ざかる。
捕食者の感覚が、静かに開いていく。
草を踏む振動。
葉の擦れる音。
遠くで羽ばたく鳥。
すべてが流れ込んでくる。
「息を浅くしろ」
父が囁く。
「狩りは力じゃない。気づかれたら終わりだ」
頷く。
心臓の音がうるさい。
それさえも獲物に届いてしまいそうだった。
しばらく進んだところで、前を歩くガレスが手を上げる。
全員が止まる。
草むらが揺れた。
現れたのは角兎。
灰色の毛並みを持つ、小型の魔物だ。
だが油断すれば脚を裂かれる。
父がわずかに腰を落とす。
次の瞬間。
槍が閃いた。
空気を裂く音。
角兎が跳ね、地面に転がる。
しかし——まだ息がある。
短い呼吸。
痙攣する脚。
父が振り返り、短剣を差し出した。
「やれ」
時間が止まった。
世界から音が消える。
レオンは動けなかった。
目の前にあるのは、確かに“生きている命”
温かい。
柔らかい。
恐怖が胸を締め付ける。
逃げたい。
だが、父の声が落ちる。
「目を逸らすな」
その一言が、背を押した。
震える手で短剣を握る。
料理とは、この先にある。
命を奪わなければ、皿は生まれない。
それが、この世界の理だ。
刃を突き立てる。
温かい血が手に触れる。
角兎の瞳が揺れ——やがて光を失った。
森が静寂を取り戻す。
レオンの指先が冷える。
だが目は逸らさなかった。
父が言う。
「それがお前の最初の獲物だ」
しばらくして、レオンは小さく呟いた。
「……いただく」
それは祈りだった。
料理人としての、本能的な言葉。
解体は父に教わりながら行った。
刃を入れる位置。
関節の外し方。
血の抜き方。
捕食者の感覚が、静かに導く。
迷いが消えていく。
ガレスが低く笑った。
「初めてでそれか……末恐ろしいな」
焚き火を起こす。
枝を組み、火を入れる。
炎が安定するのを待つ。
肉を串に刺す。
塩を振る。
余計なことはしない。
素材を信じる。
脂が落ち、炎が揺れた。
香りが立ち上る。
その瞬間——
視界が白く染まった。
【捕食者:生命理解 獲得】
鼓動が跳ねる。
触れただけで分かる。
この命がどう生き、どんな肉質を持ち、どんな火入れを求めているのか。
料理の最適解が、直感として流れ込んでくる。
父が肉を噛み、目を見開いた。
「……旨い」
ガレスが笑う。
「森でこの味は反則だ」
レオンも口に運ぶ。
温かい。
力強い味。
そして理解する。
自分はいま、循環の中にいる。
奪い、食べ、生きる。
それが世界だ。
帰り道。
父が静かに言った。
「今日からお前は守られる側じゃない。生きる側だ」
胸の奥で何かが変わる。
恐怖は消えない。
だが、それ以上に——進みたい。
村へ戻ると、母が駆け寄った。
何も言わず、強く抱きしめる。
その温もりに、ようやく実感が湧いた。
自分は、生きて帰ったのだ。
夜。
星空の下、レオンは拳を握る。
もっと命を知りたい。
もっと料理したい。
もっと強くなりたい。
その時——
遠くの森から、低く長い遠吠えが響いた。
空気が震える。
あれは、角兎とは比べ物にならない存在。
捕食者の本能が静かに告げる。
——次に喰らうべきは、あの強者だ。
レオンは顔を上げる。
恐怖より先に、昂揚が胸を満たしていた。
次に仕留めるのは、もっと強い命だ。
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