第四話
出て行った王女を寝床から見送り、障子を閉めた後、おれは深く溜息をついた。
じいさん。
恋については、ばあさんや、母さんに内緒だぞ、と悪戯っぽく笑ったのはこういう事だったのか。
まあ、あの写真を見た時から、車を見た時、一緒に乗って教えてもらった時から。
じいさんをより大好きになった。
多分、俺が思っている事より、もっといろんなことがあったんだろう。
もう一度天井に目をやって暫く考え。
遺言と思って、彼女の願い叶えてみますか。
と、独り言をつぶやいた。
そう覚悟を決め、ストーカーに追い落とされて、打撲で痛めた体を休める為、寝相を整えながら深い眠りについた。
翌日、打合せが済み、いよいよ出発となった。
暖機を済ませ、エンジンが暖まり二、三回吹かすと、回転計が勢いよくレッドゾーンまで差し示し、同時に白いガスが勢いよくマフラーから噴き出していた。
ナビをさせる為王女は助手席に乗せるつもりで、暫く待っていた。
中々、来ない、何だか嫌な予感がした。
両手に抱えきれないほどの荷物を持って彼女は駆け寄って来た。
遅いぞ。
御免なさい、出かけるのに手間取って。
先日の、強気な態度とは打って変わっていたのも気になる。
何だかこの計画も行き当たりばったりの様がして、重ねて何だか嫌な予感しかしない。
打ち合わせも。
簡単な打ち合わせで、あまりにも大雑把すぎて心もとなかった。
待ち合わせの、古城に行って落ち合い、辺境の領地に移り住む。
たったこれだけ。
しかも、定刻に遅れる。
嫌な雰囲気だ。
後部座席に何だか一杯カバンやらなにやらを押し込んできた。
そして助手席には当然チョコンと王女が乗ってきた。
荷物は何かと思っていると、外出着や着物、髪飾りや装飾品ばかりだと言う。
おいおい、曲がりなりにも駆け落ちだろう、当座の生活を考えたら、生活用品的なもので、身軽でなかったら意味ねえだろう。
そう言うと、急に不機嫌になり、ふくれっ面で外をプイッと向いてしまった。
なんだか、普通に旅行に出かけるんじゃないかと錯覚してしまう、そんな出発だ。
おいおい、道案内大丈夫か?と、言うと、渋々地図を広げだし、ようやく出発する事になった。
暫くダートコースを走っていると、今度は乗り心地がどうの、ゆっくり走ってくれだの注文のオンパレードになった。
君のおばあさんはこの車でこの国を救ったんだろう、少しは感慨とか何かないのか。
そう思いながら、いいかげんうんざりしていると。
ルームミラー、サイドミラーに、黒い点が見えた。
空を飛んでいる。
それとサイレンを鳴らしながらあの時見た車両が追って来た。
追手か?警察か?
あの時見た羽の生えた警察官か?空は飛べるあいつらのものだろう。
この前見たパトカーらしきものは、こんなダートコースをまともに走れないだろう。
だから、飛んできたという訳か。
当然、空を飛ぶ速度は、地を這うこれにかなわないわけがない。
少しづつ大きくなってきた。
王女が屋敷を黙って、来た割には追手が早い。
よくよく聞いてみたら、父親に、王様に置手紙をして出てきたという。
それで遅れたとも。
開いた口が塞がらない。
駆け落ちを知らせて、どうするんだ。
と大声を出そうとした瞬間。
ドンドンと屋根から激しく叩く音がした。
空から、空飛ぶ奴が攻撃を入れて来た。
おいおい、空からあおり運転か、このやろ。
シフトレバーを握る手に力をいれ、クラッチを蹴り込み手首を切り返す様にミッションのギアを切り替え、シフトアップ。
同時にアクセルを床が抜ける程踏み抜いた。
ミッションがつながり、速度がドンと重力を体に加えると同時に、加速した。
続いて、ゴンと、速度が重力の鎖を絶ちきる衝撃をからだ全体で感じ、シートに自分自身の重力を加算された感触を己自身が体で受け止めた。
タイヤが地面を食い込み、土と砂と泥を巻き上げつつ。
車体フレームが心なしか歪んで居るように感じた。
林道に入って高さを取られない様にして、ヘアピンカーブを右に振り、タイヤの痕跡そのままに土を巻き上げ、左に振り、水たまりを踏み抜き、木々に水たまりの水をぶちまけ、森深く、走らせた。
助手席で、地図を片手に、上下左右に暴れている車内で、必死にナビをしている、彼女は、それなりに本当に必死なんだろう。
すこし、舗装された道になった途端パトカーが追い上げてきた、こっちの警察もやるもんだ。
だけど、俺のじいちゃん仕込みのドリフトについてこれるか、この。
と、正面のトンネルに入り空飛ぶ者を吹っ切り、中でより加速した、空飛ぶ奴は多分出口で待ち構えてるだろう。
ならば、と。
出口に向かってギアを上げ右左に微妙にハンドルを振りながら、後ろから近付いているパトカーの距離を測りつつ、出た。
瞬間。
やはり、待ち構えていた。
宙に浮いている羽の生えた警官の左の空間を捕らえ逆ハンを切った。
ドリフト、
しながら壁スレスレ、警官スレスレを通り抜けた。
後から来るパトカーは俺が視界から消え、待ち構えている宙に浮いた警官が急に出てきたものだから、それを避けるため一台は出口の壁に、一台は藪の中に突っ込んでそのまま動かなくなった。
まあ、死ぬことは無い、いい所打撲、悪くて肋骨の二三本ってとこだろう。
あ、この世界の彼等にも肋骨ってあるのかな?
などと、ルームミラーとサイドミラーに小さくなるそれらを見送りながら、そんなどうでもいい事が頭に浮かんだ。
空飛ぶ警官が二台のパトカーに駆け寄っているところを、ミラーで確認したところでカーブに差し掛かり、それらは視界から消えた。
助手席を見ると、王女は顔が真っ青になっていて、両足は、床に足を突っ張るように、はしたなく大きく開き、右手は持っている地図がグシャグシャになる位握り、左手は屋根に突っ張っていた。
大きく目が見開いたまま心ここに在らずだったので、おい!
と、声を何回かかけると気が付いた様に、居ずまいを正し何ごとも無かったかの様に、乱れた髪をとかし始めた。
車酔い大丈夫か?
と聞くと。
大丈夫です、何でもありません。
私はすべてを捨ててあの方の元に行くのです、これくらい何ともありません!
そう気丈に振舞う王女を見ていると。
なんだかんだ言っているが、俺にそんな勇気があっただろうか。
彼女を横目に見て。
それに引き換え俺は・・・。
いつも目を通していただき、誠にありがとうございます。目を通していただいている、それだけでも創作の力になります、誠にありがとうございます。




